第十七話 招かれざる客

「!」


 アルははっとして顔を上げ、玄関の方向を見た。


 このボロ宿の周囲に張っていた、侵入者感知の罠。遺跡で賊が使っていたものと同じ、魔力の糸を誰かが踏んだ感覚があったのだ。


「お客さん?」


「あぁ。だが、このボロ宿に俺以外の客など来るはずがない。おそらく、侵入者だろう」


「…ね、あたし、一応ここの主人なんだけど。地味に酷くない?」


 そんな間の抜けたやりとりを二人がしていると、


「聞け!我々は、帝国技研である!」


 外から、男性の野太い大声が響いてきた。


「ここに潜む冒険者よ、用件は分かっているであろう!今すぐに出てこい!」


「帝国技研?ホントに?」


 帝国技研とは、帝国技術研究機関の略称である。


 古代遺跡から発掘された遺物を回収し、そこに隠された失われた技術ロストテクノロジーを解析・研究、最終的には軍事利用に漕ぎつけることを目的とする連中だ。


 手近な小窓からちらりと顔を出して、玄関前を確認するアルとハルニア。


 門と玄関の間にある庭の中心には、黒をベースに所々金の意匠を施した制服…帝国技研の制服を着た男たちが数人、1人の大柄な男を先頭にずらりと並んでいた。


 短い魔導銃を手に持った者、剣を腰に佩いた者も混じっており、その武装も、帝国正規のものに相違ないように見える。


「うわ、ホンモノだ」


 嫌そうに眉をひそめた後、ハルニアはアルをむすっとした顔で睨み、


「アル。あんた、つけられたわね?」


「…らしいな」


「はぁぁ。よりにもよって、こんな面倒そうな連中に…」


 こめかみに手をやってハルニアが呻くと同時に、外に居並ぶ連中のリーダーと思しき大柄の男が、再び声を張り上げる。


「冒険者!早く出てこい!古代人オルトニアの子とともに隠れているのは、分かっているのだぞ!」


「っ!やっぱり、目的はユキちゃんね…」


「構わん。こちらから出向く手間が省けた」


 忌々しげな表情のハルニアと違い、アルの反応は淡泊だ。 

 彼は傍らでオロオロしているユキの腕を掴むと、そのまま玄関に向けて歩き出した。


 突然引っ張られる形になったユキが『ひゃっ』と短い悲鳴を漏らして、アルの顔を不安げに見上げる。


 その様を見て、ハルニアが眉尻を上げて、


「ちょっとアル!怖がってるじゃないの、もっと優しく…」


「ハルニア」


「なによ」


「…分かっているだろう。こいつと俺たちとの関係は、ここまでだ」


 ユキの腕を引いて歩きつつ、ハルニアに背を向けたままアルは言った。


「必要以上に情を持つな。判断が鈍る」


「…。あんた、本当にそれでいいの?」


 ハルニアのその問いに、アルは一瞬立ち止まって、


「…」


 結局は何も答えることなく、戸惑うユキを連れて歩き去っていった。

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