第十八話 帝国技研、襲来 ①

「ヌッヒョッヒョッヒョ、抵抗せずに出てくるとは、良い心がけですネ、冒険者ァ」


 アルとハルニアがユキを連れて外に出ると、先程集団の先頭で声を張り上げていた男とは別の人間が、前へと進み出てきた。


 帝国軍内部における階級規律は絶対で、上官を差し置いて下士官が勝手に発言することは許されない。


 つまりはこの男、この場で一番か…そうでなくとも、それなりに階級の高い人間であるに違いなかった。


 その喋り方、声色は、聞く者の耳にねっとりと張りつくような粘度を伴っていて、とても気持ち悪い。


 …否、気持ち悪いのは喋り方だけではない。


 帝国技研の制服こそ着ているが、軍人とは思えないほどにひょろ長い手足と胴に、ブツブツ肌のあばた顔が乗っている。


 にまぁっと嫌らしい笑みとともに覗く歯は不揃いで、所々金色のものが混じっていた。軍人というよりは、年中引きこもりの研究員のように見える。


「ワタシはゲフィス、栄えある帝国技研の技術少尉デス」


 その男はゲフィスと名乗り、得意満面かつ蔑むような視線をアルへと向けた。


「この場において最も階級が高いのは、尉官であるこのワタシ。よって、ワタシの発言には絶対服従、一切の反論は許しまセン。いいデスね?冒険者ァ」


「…わかった」


「ヌヒョヒョ、素直でヨロシイ」


 ……こいつがゲフィスか。


 面識こそなかったが、アルは他の冒険者からの噂により、その男についてある程度知っていた。


 帝国技術研究機関所属の技術少尉・ゲフィス。 


 コネとカネ、そして口八丁で出世してきた政治家タイプの軍人で、自分自身ではほとんど何もせず、部下の成功は自分のもの、失敗は部下のものとして処理する、いわゆるクズ上司だと聞いたことがある。


 技術研究機関所属でありながら、時折部下を率いて魔物や賊徒の討伐も行っているようだが、その目的は治安維持などではない。


 魔物や賊徒に敢えて小さな村落を襲うよう仕向けたのち、ある程度被害が出た後に駆けつけて討伐する。


 人々が彼らに感謝し要求を断りづらくなったところで、金品による見返りを求めたり、村に見目のいい娘がいれば身体を差し出すよう強要したりする。


 己の内にある出世欲、金銭欲、そして色欲…それらを満たすためなら何でもする男。それが、このゲフィス技術少尉という男に関する周囲の評価であるようだった。


「それでェ?そこにいるのが、例の古代人オルトニアの娘ですかァ」


 そんなゲフィスのぬっちょりと絡みつくような視線を受けて、ユキが『ひっ』と小さく悲鳴を上げて後ずさる。


 ゲフィスは、そんな彼女の頭から足の先までをじっくりと舐めまわすようにして見たのち、ニチャア、と口端を釣り上げて笑って、


「黒い髪に黒い目…いいデスねェ、実に美しい。部下の報告を信じて、追跡させた甲斐がありましたヨ」


「っ…この子を、どうするつもり?」


 ゲフィスの視線からユキを庇うようにして、ハルニアが一歩、前に出る。


「ヌヒョヒョ、もちろん、我らが帝国のために色々と協力して頂くのデスよ。そうですねェ、まずは交配実験あたりからですか」


「交配実験って…あんたたち、まさか…」


「いやね、アナタも気になりませんか?現代の人類である我々と、一度滅んだはずの古代人オルトニアとの間に、果たして子が成せるのかどうか」


「………。最低」


 彼らがユキに何をするつもりなのか理解したハルニアは、ゲフィスを睨みつけて吐き捨てるようにそう言った。


 アルもまた、奥歯をグッと噛んで眉間に皺を寄せている。


「ヌッヒョッヒョッヒョッ」


 そんな二人をあざ笑い、ゲフィスは続ける。


「カァン違いしてもらっては困ります。生き残った古代人オルトニアが1人だけでは、何かあって死なれた時に研究が行き詰りますからねェ。スペアの確保は最優先事項なのデスよ。まぁ最も―…」


 そこで一度言葉を切り、その男は再びニチャリと笑った。


「滅多にお目にかかれない古代人オルトニアの娘がどんな具合なのか、個人的に興味があるのもまた事実ですがねェ、ヌッヒョヒョッ」


 ゲフィスに熱のこもった視線を向けられて、ユキの小さな右手が、ハルニアが履くロングスカートの裾をキュッと掴む。


「ハルニア?…アル…?」


 彼女はハルニアと、続けてアルに、縋るような視線を向けた。その顔は白く、肩は小さく震えている。


「くっ!」


 耐えかねたハルニアが、アルをキッと睨みつけて、 


(アル! あんた、ホントにこんな奴らにこの子を売り飛ばす気なの?)


「…」


(お金は他の手段でも稼げるし、この子が普通に生きてく方法もきっとあるわ。これじゃ、あたしたちは…!)


「黙っていろ…!」


(アル!)


 ハルニアの、小声ながらも必死の抗議を振り切って、アルはゲフィスに向けて一歩踏み出し、口を開いた。


「……報酬だ。十分な額の金がもらえれば、こいつは渡す」


 その表情は、身の内を激しく蝕む痛みに耐えるような、苦り切った表情であった。


「ほう? 報酬とナ」


 だが、そんな彼に対してゲフィスから返ってきた答えは―…


「なァぜそんなものが貰えると考えているのデス? 下賤な冒険者ごときが」


 全く予想もしていなかったものであった。

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