第十五話 初めての言葉

 

「さ、あったかいうちに、食べて食べて!」


 とろりと溶けたバターがのったパンに、半熟のスクランブルエッグ、しっかり焼けた厚切りのベーコンが一枚に、野菜のソテー、冷たい水。


 簡単ではあるが美味しそうな料理が机に並び、それらを前に椅子に座った少女の喉がごくりと鳴る。


 それでもまだ警戒心が残っているのか、少女はそわそわしながらもアルとハルニアの様子を伺っており、すぐには食べ物を口にしようとはしなかった。


 だがアルが特に何を気にするでもなく黙々と食べ始め、ハルニアもまたにこりと微笑んでパンを口に入れて見せると、少女もスプーンを手に取りスクランブルエッグを一口分掬い、恐る恐る口元へと運んだ。


 そして、


『~~~~!』


 少女はぱぁっと表情を綻ばせると、先程までの警戒心はどこへやら、一心不乱に料理をぱくつき始めた。


 よほどお腹が減っていたらしい。パンも、スクランブルエッグも、野菜のソテーも、厚切りのベーコンも、ものすごい早さで少女の胃袋へと消えていく。


 時折のどに詰まらせて、慌てた様子で水の入ったコップに手を伸ばしているのもお約束だ。


「ふふっ、おいしい?…って、聞かなくても分かるか。気に入ってくれたみたいでよかった」


 少女を見つめるハルニアの穏やかな横顔に、アルが厳しい視線を向けて、


「ハルニア。それぐらいにしておけ、俺たちは―…」


「分かってるわよ、言われなくても」


 ハルニアは濃藍の髪を片手で弄って耳にかけ、軽く息を吐いて言った。


「だけどね。この子にだって、優しくしてもらった記憶の一つぐらいは必要でしょう」


「…後で辛くなるぞ」


「大丈夫よ。そういうの、割り切れる方だから」 


「…。そうか。ならいい」


 ぶっきら棒にそう言って、アルは少女へと目を向ける。


 そして、少女が首から下げたペンダントがチカチカチカチカと激しく明滅していることに気づいて、眉をひそめた。


 ふと気が付けば、少女の目は虚ろで、またも生気を失っているように見える。


 食事の手も止まって、少し俯き気味でぼーっとしている状態だ。


 さっきまで目を輝かせて食事を頬張っていたはずだが、突然様子が変わってしまった。


「あれ?お腹いっぱいで眠くなっちゃった?」


 ハルニアが声をかけるが、無反応だ。


「どうしたんだろ?」


「…分からん」


 アルとハルニアが顔を見合わせたその時、少女がゆっくりと顔を上げた。その目には再び、生気が戻っている。


 彼女は目の前の皿に少しだけ残ったパンを見つめて、


「ゴハン、オイシイ」


 そう、ぼそりと言った。

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