第十四話 気まずい時間

※この回には、無駄に細かい魔導銃に関する設定解説が含まれます。該当箇所は印をつけて区切ってありますので、「んなもん興味ねーよこんちくしょう!」って方は、読み飛ばすことも可能です。



 さて。


 ハルニアが朝食を準備している間、部屋に残されたアルと古代人の少女であったが、二人の間には気まずい空気が流れていた。


 なにせ、少女からすれば、アルは初対面でいきなりセクハラしてきたやべぇ奴である。


 ベッドの端で追い詰められた小動物のごとく縮こまり、じっとこちらを見つめる少女の視線には、警戒と怯えとが過分に含まれていた。


 遺跡で出会った時点から今まで、少女が纏っている衣類は青く薄い謎の生地でできたガウン一枚だけだ。


 極めて薄着であり、細く華奢な身体の線がしっかり出てしまっている上、所々肌も露出している。


 13か14歳程度の見た目である少女をどうこうするような趣味はアルにはないが、今の状況を他者が見れば、アルはその手のアブナイ性犯罪者に思えるかもしれなかった。


 アルは少女をじろりと見やり、


「おい」


 ただ声をかけただけで、びっくーん、と面白いほどに震える少女。


 ハルニアの言う通り、大分怖がられているようだ。


「そんな目で見るな。別に、とって食おうとしているわけじゃない」


『…』


 当然、アルの言葉を理解できない少女はビクビクしているだけである。


「…言葉が通じんのは面倒だな。まったく」


 ……とはいえ、高い金を受け取って売ろうとしているのは事実。こいつにとっては、俺はそこらの人買いどもと同じか。


 それならば、警戒され怖がられるのも当然だと言える。


 アルはため息を吐くと、少女との関りを避け、魔導銃の分解整備を始めることにした。


 広い机の上に分解に必要な工具や、汚れをふき取るための布、整備に必要なグリス等を並べていく。


 続けて壁に立てかけていた魔導銃を手に取り、工具を使って銃身とレシーバーの連結を担っていたビスを外し、レシーバーを握って銃身を軽く引っ張った。


 かぽっと軽い音とともにレシーバーから銃身が分離し、アルは銃身を机の上に置くとレシーバー部分の分解にかかる。


 ここで、彼が扱う魔導銃について、改めて軽く説明しておく。



 魔導銃は、かつて古代人が扱っていた火薬が爆ぜる衝撃で鉄の礫を飛ばす武器―…銃を原型に設計された魔道具だ。


 杖などと同じく魔力を投射するための武器であり、その構成パーツはざっくり三つに分けられる。


 まずは、今まさに机の上で分解されているレシーバーだ。


 銃の見た目では胴体にあたるこの部分は、内部に使用者の魔力を封入、圧縮するための魔力チャンバーを有しており、魔導銃の心臓部とも言える最重要パーツである。


 次に、先程取り外された銃身。バレルとも呼ばれる。


 見た目はただの金属製の筒だが、このパーツはレシーバーから放出された魔力を銃口に向けて誘導、加速し、銃口に取り付けられたアタッチメントを介して、攻撃魔法として適切な形に成形して射出するという大事な役目を担っている。


 最後に、魔導銃のお尻の部分にあたるストック。このパーツの役割はシンプルで、使用者が狙いを定める際、肩に押し当てて銃身がぶれないよう固定するためのものだ。


 銃身がぶれると照準が逸れてしまうため、ストックの有る無しによって命中精度が大幅に変わってくる。


 こいつの存在を初めて考案したであろう古代人の技師は、きっと天才だったに違いない。


 アルが使う魔導銃の名称は、マルニ工房製MSR-12型。


 形状としては、古代世界において『ライフル』…特に、『ボルトアクション・ライフル』と呼ばれたものに酷似した魔導銃だ。


 帝国の魔導銃開発における黎明期れいめいきに設計されたものであり、最新鋭の魔導銃と比べると型式としては少し古い。


 実際、整備性は悪く、使用感にもクセがあるためうまく扱うには慣れが必要な銃である。


 とはいえ、実射性能は最新鋭のものと比べても申し分なく、扱いに慣れさえすれば今も第一線で戦える魔導銃と言えた。



「…む」


 整備を進めているうち、アルはふと視線を感じ、少女のいる方向をちらりと見やった。そこには、怖がりながらも少しだけ身を乗り出して、アルの手元を覗こうとする少女の姿があった。


 ……こういうものに興味があるのか。


 古代人は魔法が使えなかったと聞く。こうした魔道具も存在しなかっただろうから、珍しいのだろう。 


 こちらが視線を向けていることに気づかれると少女が怖がるため、アルは見ていたことがバレないよう、すぐに視線を分解中の魔導銃に戻した。 


 泥や砂の汚れを布で拭き落としたり、内部の細かなギアに欠けがないか確認しグリスを塗りなおしたりするその手元を、少女が無言でじっと見続ける。


 そんな奇妙な時間がしばらく続いた後、


「二人とも、ご飯できたわよー!降りてらっしゃーい!」


 階下から声が響いた。溶けたバターの香ばしい香りが二階にまで漂ってきて、食欲が刺激される。


 アルは分解整備中の魔導銃に埃などが被らないよう、清潔な布を机全体に覆いかぶせると、少女に顔を向けて言った。


「降りるぞ。食事だ」


 手招きしてみるが、少女は何も答えず、ただ恐々とアルの姿を見つめるのみ。


 アルはそれ以上何も言うことなく歩き出し、部屋を出るためにドアを開けた。とたんに美味しそうな匂いがさらに部屋の中に飛び込んできて、少女のお腹が再びぐぅと音を上げる。


 彼女は一瞬だけ戸惑う様子を見せたが、結局はふらふらと誘われるようにしてベッドから降りると、アルを警戒しながらも後をついて来始めた。


 どうやら、空腹と美味しそうな匂いとのダブルコンボには勝てなかったらしい。


 いつの時代も、美味なる食事は偉大である。

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