第十三話 バッドコミュニケーション!!
「…何だ?」
アルの右手が無遠慮に少女の胸元に伸びて、指先がペンダントに触れる。
その瞬間であった。
突然、少女の身体がびくりと震えて、瞳に意志が戻ってきた。
少女はハッとして目の前の紅髪の青年の顔を見て、自分の胸に向かって伸ばされた手に視線を落とすと、黒真珠のような瞳を見開いて大慌てで後ずさった。
それから件のペンダントを両手でぎゅぅっと大事そうに握りこんで、アルとハルニアを交互に見やる。その目には明らかに怯えの色が浮かんでいた。
「こら!このむっつりスケベ!」
―ゴスッ!
アルの後頭部に、鋭いチョップが突き刺さる。
呆れ顔のハルニアからの一撃である。
「…痛いぞ。何をする」
「何をする、じゃないわよ」
むっすりと顔をしかめて抗議の目線を向けるアルだが、ハルニアは片手を腰に、もう片方の手の指をアルの鼻先に突き付けての説教モードだ。
「いくら相手が
「…俺にそんなつもりはない」
「あら、そんなつもりがなかったら何をやってもいいっての?んなわけないでしょうが。そんなんが許されたら世の中セクハラし放題よ!」
「むぅ」
「ったくあんたはいつもいつも…女心をもっと考えなさい。デリカシーよ、デ・リ・カ・シ・ィ!」
指を突き付けたまま迫ってくるハルニアに、今度はアルが数歩分後ずさる。
彼はハルニアからすっと視線をそらして、
「…善処する」
「はぁ…分かればよろしい」
「…」
ハルニアからため息一つとともに許しを得たとたん、アルの目線が再び少女の胸元へと向かう。
そこではやはり、八面体のペンダントがチカチカ瞬いていて、
「…。アル?女の子はそういう視線、案外気が付くわよ?」
ハルニアがじとっとした目でアルを睨む。
これ以上勘違いで説教されてはたまらないと、アルは慌てて首を横に振った。
「違う。…こいつのペンダント、さっきからなぜやたらと光っているのか、気にならないか?」
「んんー?まぁ、気になるっちゃ気になるけど…」
ハルニアの視線が少女に向くと、少女はビクッとした後、小さな体をさらに縮こまらせてハルニアの顔を見上げた。
「あぁ~、もう。あんたのせいで、めちゃくちゃ怯えちゃってるじゃないの、可哀そうに」
「…俺のせいか」
「当然でしょう?会ったばかりでいきなりセクハラしてくる奴を、誰が信用するってのよ。こういうのはね、第一印象が大事なの」
こほん、と咳ばらいを1つ。
それからハルニアは少女へと向き直り、少し姿勢を屈めて少女に目線を合わせると、にこりと微笑む。
「こんにちは。…いや、はじめまして、かな?ずっと眠っていたみたいだけど、気分はどう?」
少女は身を硬くしたまま、ハルニアの顔を不安げに見つめている。
小さな口がもごもごと動いて何か言葉を発するが、何を訴えているのかは、アルにもハルニアにも聞き取れない。
「うーん、やっぱ言葉は通じないわよね」
ハルニアは苦笑しながらもベッド上の少女に少し近づいて、今度は身振り手振りを交えながら、
「ね、そのペンダント、面白い形ね。少し見てみたいんだけど、触ってもいいかな?」
ペンダントを指さし、それから右手を差し出す。
少女は硬い表情のまま、きつく握りこんだ両手をペンダントから放すことなくふるふると首を横に振った。
「うん、分かった。そのペンダント、あなたの大切なものなのね」
優しげな笑みを浮かべて、ハルニアは少女の頭に向けてゆっくり手を伸ばす。
目をぎゅっと閉じて首を竦めた少女の頭と、その黒髪を、ハルニアの細い指先がさわりと撫でた。
「大丈夫、大丈夫。あなたの大切なものを、無理やり奪ったりなんかしないわ」
閉じていた目をそっと開けて、少女がおっかなびっくりハルニアの顔を見る。
対するハルニアは、優しく微笑んだままに少女の頭をそっと撫で続けた。
ハルニアが少女の頭を撫でるたびに少しずつ、少女の硬く縮こまった身体と表情とがほぐれていく。
春の日差しを前に、氷が溶けるように。
アルにとっては、何か魔法を使っているのだろうと考えるほどに、不思議な光景であった。
―ぐぅぅう…
突然、その場に盛大に腹の音が鳴り響いた。
少女が頬にパッと朱を散らして俯いて、ハルニアがくすりと笑って言った。
「ふふ、千年間眠ってて何も食べてないんだもの、お腹が空いてて当然よね」
『…』
おずおずとハルニアの顔を見上げる少女の目からは、怯えの色が大分消えている。
「うん、待ってて。何か作ってきてあげる」
そう言って部屋を出ていこうとするハルニアを、
「おい、待て」
アルは慌てて呼び止める。
「なに?」
「…余計なことをするな。情が移る」
「あら」
アルに向けて、くるりと振り返るハルニア。
「いいじゃないの、ご飯ぐらい。あんたも食べるでしょ?朝ごはん」
「それはそうだが…」
「あたしも丁度お腹空いてきたところだったし、二人分も三人分も手間は大して変わらないわ」
ハルニアはそう言って部屋のドアを開けると、まだ何か言いたげなアルを残して去っていった。
「移るだけの情があるんだから、もっと素直になればいいのに」
去り際にぼそりと零されたその言葉は、アルには聞こえていないようであった。
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