第十二話 目覚め
と、その時である。
『ん…んぅ…?』
ベッドの上に横たわる少女がもぞりと身じろぎした後、うっすらと目を開けた。
「あら、起きたみたいよ」
「…そうか」
二人の目の前で、少女はゆっくりと身を起こす。
『…』
その目の色を見て、アルとハルニアは思わず息をのんだ。
「…やはり、瞳の色も黒か」
今までは目を閉じていたので分からなかったが、少女の瞳は、彼女の髪と同じく真っ黒だった。
夜の海の底を思わせるその色は、じっと見ていると吸い込まれそうな錯覚に陥るほどに美しい。
改めて見れば、黒い髪もまた、千年以上生きているとは思えないほどに艶やかだ。
肩甲骨あたりまで伸びる長髪が、露出した首元に掛かって、白くすべすべした肌の上でえも言えぬコントラストを描き出していた。
だがどういうわけか、少女の目には生気が宿っていなかった。ぼうっとしていて、焦点も定まっていない。小さな口も半開きで、白い歯がわずかに覗いていた。
「んー?もしもーし?」
少女の目の前でハルニアが手を振るが、無反応だ。ただぼーっとベッドの上に座っているだけである。
「おーい!」
少し大きめの声で呼びかけて、軽く肩を揺すってみるハルニアだったが、やっぱり反応がない。
「ダメね、聞こえてないのかしら」
肩をすくめるハルニアに、アルは難しい顔で言った。
「…そもそも、俺たちの言葉をこいつは理解できるのか?」
「あ」
当然、理解できるはずがない。
古代人の言語と現代の言語とでは、文字も文法も、おそらくは発音の仕方も全く違う。
古代語に関しては、古文書から有益な情報を引き出すために国中の学者が必死に研究を進めているが、現代に比べ文字の種類が圧倒的に多い上、一つの単語に複数種類の意味が含まれることがほとんどであり難解である為、進捗はあまり芳しくないという。
となれば当然、古代人側から見た現代の言葉もまた、自分たちの言語とは全く違うワケの分からないものになるはずである。
アルとハルニアがどれだけ声をかけても、少女には意味不明な音の羅列にしか聞こえないだろう。
「そっかぁ。言葉は通じない、か」
「残念そうだな」
「そりゃあだって、旧世界がどんなだったのか、ちょっと聞いてみたいじゃない?」
冗談っぽく笑うハルニアの言葉に、アルは大真面目に眉をしかめて答える。
「やめておけ。その手のことについては、下手なことを知ると命を狙われかねん」
「冗談よ。世の中、有益な情報は自分だけが知っていれば良いって連中ばかりだもの。自殺志願者じゃああるまいし、そんなことしないわよ」
「…そうか。ならばいい」
とそこで、アルはあることに気が付き、「む…」と小さく唸った。
細い鎖を介して少女の胸元にぶら下がる奇妙な八面体のペンダント。
それが、アルとハルニアが会話をするたびに、チカチカと意味ありげに光っていることに気が付いたからだ。
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