第十一話 報告と迷い

「で?さすがに、事情は説明してくれるわよね」


 二階の空き部屋の1つに入り、ベッドに少女を寝かせた後。


 当然というべきか、アルは追って部屋に入ってきたハルニアに問い詰められることとなった。


 魔導銃を近くの壁に立てかけ防具を外しながら、アルは僅かなあいだ考えを巡らす。


 ……ハルニアとは長い付き合いだ。信頼もできるし、部屋を借りる以上何も説明しないわけにもいくまい。


「…分かっている」


 かくして、アルは少女と出会った経緯を事細かに語って聞かせた。


 だが話しながら、アルは思う。


 この話、いささか荒唐無稽こうとうむけいすぎやしないか、と。


 仮に誰か他の冒険者が「遺跡の奥で古代人オルトニアの生き残りを見つけた!」と嘯いていたら、周囲も自分も嘘八百と笑い飛ばすところである。


「そっか」


 だが、話を聞き終わったハルニアは盛大にため息をついて、


「はぁぁ~。あんたが変なモノ持ち帰ってくるのにも慣れてたつもりだけど、まさか古代人オルトニアを、それも生きたまま連れ帰ってくるなんて考えてもみなかったわ」


「…信じるのか」


「ま、あんたの言うことだからね。信じるわよ」


 あっさりそう言って苦笑するハルニアを見て、アルは内心驚いていた。


 そんな彼の心の内を知ってか知らずか、ハルニアはベッド上に横たわる少女に目をやり、


「とはいえ、古代文明が滅んだのって千年以上前なんでしょ?この子、そんなにおばあさんには見えないわよね」


「あぁ」


「髪も肌も滅茶苦茶キレイだし…どう見ても13とか14とか、あたしたちより年下よね。古代人は不老不死なのかしら?」


「…古代文明にはまだまだ謎が多い。未解明技術の山の中に、不老不死が一つぐらい混じっていても、別に驚かん」


「へぇー。ほんと、古代文明ってのは底が知れないわね~」


 言いながらハルニアは、少女の枕元、ベッドサイドへと腰を下ろす。


「ねぇ、アル」 


「なんだ」


「あんた、これからこの子をどうするつもり?」


「…」


 腰回りのベルトを外し、ポーチの中身を丁寧に机に並べていたアルの手がつと止まる。


 彼はしばし黙考したのち、静かに、抑揚のない声で言った。


「…遺物として、帝国に売り渡す。こいつを手元に抱えていても、厄介ごとにしかならん」


「ふぅん。ま、妥当な判断よね。生きてる古代人オルトニアの存在なんて隠してたら、あちこちの国の面倒な連中に目を付けられるの確実だし」 


 私もまだ死にたくはないもの、と肩をすくめるハルニア。


 アルの判断は非情とも言えるものだったが、それを咎めるような様子は全くない。


「でもさ、1つ気になるんだけど」


「なんだ」


 再び作業を進める手を動かし始めたアルの背に向け、ハルニアがくすりと微笑む。


「遺跡の奥で古代人の生き残りを発見しました、なんて話、帝国のお偉いさんたちが信じるかしら?」 


「…」


 アル、再びの黙考。


「現物がここにある。この黒い髪…見れば信じるだろう」 


「あら?髪なんて染めれば誰だって黒くなるし、魔法で変えることもできるのよ?私みたいな幻惑術師が近くにいれば、簡単にね」


「…」


「あたしだって、あんたの言葉じゃなかったら、この子が古代人オルトニアの子だなんて信じてないし、他の人がこの子を見ても、本当のことになんて気づかないんじゃないかしら」


「……何が言いたい?」


 小さくため息をついて作業の手を止め、アルがじろりとハルニアを見やる。


「ふふっ」


 そんな彼の視線を、ハルニアは艶っぽい笑みを浮かべて受け流し、


「さっき、この子をどうするつもりかって訊いた時、即答しなかったでしょ」


「…それがどうした」


「迷ってるなーって思って。あんたにしては珍しく」


「…」

 からかうような口調で指摘された内容に対し、アルは否定も肯定もせずに押し黙る。


 紅い目を相手から反らして伏せ、むすっと不機嫌そうに黙り込むのは、指摘されたくないことを指摘された時の彼のクセだ。


「別にバカにしてるワケじゃないのよ?だって、あたしも思うし。ちょっと可哀そうだな、って」


 そんな彼にフォローを入れて、ハルニアもまた、そのアメジストの瞳を伏せて物憂げに息を吐いた。


「帝国じゃ人身売買は禁じられてるから、この子を売り渡すなら”人間以外のモノ”として扱う必要がある。この子はこの先、人として扱われることがなくなるのよね」


「あぁ」


「それって、ちょっと可哀そうじゃない。だから思ったのよ。この子が普通の人として、今の時代を生きていける道もあるのかな?って」


「…バカなことを」


 そんなハルニアの言葉を、甘いことを言うなとアルは一言で切り捨てる。


 そして、まるで自分に言い聞かせるような口調で続けた。一言一言、吐いて床に捨てるように。


「こいつを俺たちが助けるということか?そんなことをしても、俺たちには何の得もない。ただ、無駄なリスクと手間を抱え込むだけだ」


「えぇ、そうね」


「…話は終わりだ。こいつは遺物として売る」


 もう話すことはないとばかりに、アルは荷物整理の作業を再開する。


 その背中に向け、


「全く、素直じゃないんだから」


 軽く肩をすくめ、ハルニアは小さな声でぼそりとぼやいた。

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