第2話 怪人シルクハットの罠 変身失敗!恥辱の女戦闘員服

次の日の早朝、百合のベットの上にクロがスッと現れた。


「百合起きて、怪人の気配がするよ」

「うぅぅ…ちょっと…待ってください…」


クロの緊張感のある態度とは対照的に低血圧のせいでなかなか起きられない百合。

クロもこれはいつものことなので毛布を口で咥えて引きはがそうとする。


「ほら急いで。まだ出現はしてないけどそのうち被害が出るよ」

「わかってます…でも本当にちょっと待ってください…寝起きだと急に立ち上がれないんです…」


百合は少しストレッチをしてからやっとベットから降りた。すこしふらつきながらパジャマを脱ぎ、外着に着替える。

クロはため息をついていた。


「いつも思うんだけどここで変身してからいけばいいんじゃないの?一度着替えなくても…」

「それじゃあ私が魔法少女ってバレちゃいます!変身の時なんかすごい光が出るんですよアレ!ここに住めなくなっちゃいますよ…恥ずかしくって…」

百合はよろつきながらも外着に着替え終わり、眼鏡をかけた。

クロはそんな百合の言い分が理解できずため息をつきながら転移魔法を発動させた。


そして怪人の気配がする場所まで転移した。

ここは商店街の路地裏。

まだ早朝だということもあり誰もいない。


「ここら辺だよ。かなり気配がする…百合!身構えて!」

「はい!」


すると何もない空間からズルっと何かが出てきた。怪人シルクハットだ!


「おやおや…バレてしまいましたね。相変わらず鋭い嗅覚をしていますね猫さんは」


怪人シルクハット、敵の幹部の一人。その名の通り赤いシルクハットをかぶっている。白い仮面、赤いマント、白い手袋をしていて実体はなくふわふわと宙を浮いている。

魔力が非常に高いのだが、他の怪人と違い人々を襲うわけでもない。

魔法少女の前に現れては消えたり、組織の本部に急に現れては何もせずに消えたいったり。

しかし危険度が高いことは確かだ。

神出鬼没で毎回仕留めきれないでいた。


「魔法少女ミルキィフリル。いえ、変身前なので"百合さん"とお呼びした方がよろしいですか?」

「そんな安い挑発には乗りませんよ。それに今日の私は一味違いますからね。覚悟してくださいね」


百合は自慢げに新しい変身アイテムのアイマスクを取り出した。


「またいつもの破廉恥な衣装に変身するのですか?」

「破廉恥…くぅ!」

「そしてそれが噂の新しい変身アイテムですかぁ、ほうほう」

「え?なんで知って…」


百合は動揺する。この変身アイテムを使うのは初めてのはずなのにシルクハットはこれのことを知っている様子だった。


「百合!敵の言葉に惑わされないで!」

「は、はい!変身!トランスマジカル!」


百合は高らかに叫んだ!


しかし百合の目に不穏なものが入った。

そうシルクハットが不敵な笑みを浮かべてるのを。

そして聞いた。彼から口から出た言葉を。


「本当にいいんですか?ふふふ、"理想の自分"に…なれるのでしょうかねぇ?」


百合はの光のベールに包まれる。



変身中は光のベールに包まれ、外からは誰も干渉できない。


(なんなんでしょうか彼のあの態度は?なにか企んでいる?でも今は彼は何もできません。集中…)


しかし百合の脳裏にシルクハットの言葉とあの不気味な笑顔がよぎる。


百合の変身が始まる。

今着ている服が変身衣装に変化していく。


(そう…イメージです…素敵な自分のイメージを…)


百合は目をつむり強く念じる。

顔以外を何かタイトなものに包まれた。


(な、なんでしょう?全身タイツ?スパイスーツみたいなものでしょうか?生地はフリース…っぽいですね?)


次に膝上まである履物と、手には肘まである手袋状のものを身に着けた。


(これはサイハイブーツ…え?長手袋…ですか?)


続いて体をピッチりした何かで覆われた、首にモコモコの何かがついている。


(え…え?待ってください!これレオタードじゃないですか!?さっきから変ですよ!)


百合が異変を気づき始めてももう遅い。


『"理想の自分"に…なれるのでしょうかねぇ?』


シルクハットのあの言葉とともにあの不気味な笑顔が百合の脳裏から離れない。


「待って!こんなの違います!むぐぅ!」


百合の頭は何かマスクのようなものにすっぽり覆われた。


光のベールが消えていく。

そこには異様な姿に変身してしまった百合が現れた。



「ふふふ、驚きましたねぇ。それがあなたの理想の姿なんですか?」

「ミルキィ!?こ、これは…」

シルクハットはニヤニヤ笑い、手をポンポンと叩いている。

クロは百合の異様な姿に困惑している。


一番困惑しているのは百合本人だが、敵の目の前ということもあり気丈に振る舞って見せた。

「クロ!どうなっているの?おかしいんだけど?話が違うんじゃないの?」

「い、いや…こんなはずじゃ」

クロは申し訳なさそうにうつむいてしまった。


「おやおや仲間割れですか?みっともないですよ?」

「うるさい!」


百合はシルクハットに回し蹴りを入れた。

しかしひらりと躱されてしまう。

その瞬間百合は自分の足が白のブーツに包まれているのが見えた。


(いったいどうなってるんですか!?私はどんな衣装を着ているんでしょう?)


手を見てみると白の長手袋に覆われている。ますます困惑するばかりだ。


そんな百合の目の前にシルクハットがズイっと近寄ってきた。百合はまるで反応できなかった。


(まずい!距離をつめられて!逃げないと!)


シルクハットはどこからともなく大きな鏡を取り出し、百合の目の前に置いた。


「見せてあげますよ、あなたの可愛い姿をね♪」

「これが今の…わたし…!?」


そこには信じられない光景が映っていた。

全身は黒いタイツで覆われている。

先ほど目に入った足には白のサイハイブーツ、手には肘上まであるサテンの白の長手袋をはめている。

そして体の曲線を際立たせるようなピンクのレオタードを着せられている。しかも所々にフリルがあしらわれていて首にはモコモコの白いファーまで付けられているのだ。

極めつけはフリース製の白い全頭マスク。

切れ長の閉じた目、大きく裂けた口…まるでシルクハットの仮面のようなデザインのマスクを被っているのだ。そして頭にはピンク色のツインテールのウィッグが付けられている。

百合の専用武器の刀はいつもと同じなのだがそれが逆に衣装とのミスマッチ間を増している。


百合はあまりにも恥辱的な自分の姿に動けなくなってしまった。


(これが私が望んだ姿?…違います!そんなの違います!これじゃまるで敵の戦闘員みたいじゃないですか!)


そう、今の百合は敵の下級女戦闘員のようなの恰好をしていたのだ。



そんな百合の耳元でシルクハットがささやいた。

「ミルキィフリル。あなたは私たちの仲間になりたかったのですか?」

「違う…違う!黙れ!お前の罠だろ!シルクハットォ!」


百合はパンチをシルクハットに繰り出した。

しかし精彩を欠いていてまるで当りはしない。


「ふふふ、罠など仕掛けていませんよ?」

「うるさい!そんなわけないわ!」

「私はただその変身アイテムの"特性"を知っていてあなたの"潜在意識"に語り掛けただけです」

「特性だと!?なぜ貴様が知っている!」

「まぁまぁちょっと落ち着いて聞いてください」

「くっ!離せ!この!」


百合の腕はシルクハットの手で押さえられ、足もマントで絡められて身動きが取れなくなってしまった。


「ミルキィ!やめろ!ミルキィを離せ!うぐぅ!」


クロはシルクハットに飛びついたがマントに簡単にからめとられてしまった。

そんな百合の耳元でシルクハットがねっとりとした声で囁く。


「私が以前からあなた方の本部に入り込んでいたのは知っていますよね?」

「黙れ!離せ!」

「そこで知ったんですよ。今回の変身アイテムについてね」

「くっ!そこで変身アイテムに罠を仕掛けたんだろ!」

「そんなことしませんよ。私にそんな力もありませんし。でもね、アイテムの"特性"と"誰"に使用されるかは知ることができました。だから今日ここに来たんです。あなたに会うためにね?」

「ふぅ…ふぅ…どういうことだ!」


拘束されて息を切らす百合の顔の前にシルクハットは自分の顔を極端に近づけた。


「私はあなたが変身した姿が恥ずかしいと思っていることを知りました」

「ふぅ…ふぅ…」

「そして新しい変身アイテムがあなたの潜在意識に強く影響を受けることをね」

「それが…どうしたっていうの?」

「だから変身する前にわざと意味深な言葉をかけてあなたの潜在意識に植え付けました。私という怪人のイメージをね」

「だから何?」

「そして知っています。私はあなたの本質的な姿を」

「はぁ?あなたに何がわかるのよ!」


シルクハットがにやりと笑う


「変身時はあえて凛々しく強い女性を演じていますよね?」

「!…な、なんのことかしら?はったりだわ!」


シルクハットは百合を言葉で追い詰めていく


「ふふふ…震えてますよ。かなり無理をしているようですねぇ」

「な、なにを言って!」

「他の魔法少女が弱いから頑張っているらしいじゃないですか」

「違う!魔法少女は私の意志で…!」

「本当はいつも怪人と戦うのが怖いのに」

「そんなこと…ないわよ!雑魚ばっかりで…!」

「あなたは本当は優しく穏やかで」

「…うるさい」

「戦いなんて望まない」

「うるさいうるさい!」

「気の弱い女性であることもね」

「うるさい!!!」


ずけずけと確信をつき心に入り込んでくるシルクハットの言葉に百合はうつむいてしまった。


「うるさい…」

「そんなか弱い女性を御すのは実に容易いですよ?実際にあなたは私の策にハマってこんな恥ずかしい姿になってしまいましたねぇ…ふふふ♪」

「………」


シルクハットは百合とクロの拘束を解いた。

百合はその場にへたり込んでしまった。


「ちがう…私は…」

「ミルキィ!ミルキィ!あいつの言葉なんか聞くんじゃない!しっかしりて!」


クロが必死になって百合に訴え掛ける。

しかしそんな黒の言葉も今の百合には届かず、百合の変身は解けてしまった。

戦意を喪失してしまったのだ。


「あらあら?今日は終わりですか?でも沢山面白いものが見れましたよ♪」


シルクハットはうつむく百合の顎に手をかけクイッとあげて自分の方に向けさせた。


「次はどんな破廉恥な恰好になってくれるんですかね?とても楽しみです♪ね?一条百合さん♪」


そう言い残すとシルクハットはズズッとどこかに消えてしまった。


「はぁ…はぁ…うぅぅ…」


百合は泣き出してしまった。

せっかく作って貰った変身アイテムを使いこなせない不甲斐なさ。敵を前にして折れてしまったヒーローとしての自覚のなさ。そして強い自分を演じることで隠してきた本当は弱い自分に対して…


「百合…」

そんな百合にクロはなにも言葉をかけてやることができなかった。

「クロさん…ごめんなさい…私…わたし…うぅぅ…」


早朝の商店街の路地裏で百合のか細い泣き声が静かに響き渡っていた。

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