第4話 一同集結


 ザ・ベネチアンマカオ地下108階。裏カジノ。エントランス。


 広大な地下空間に集まっていたのは、個人。派閥。集団。組織。


 指がなかったり、刺青があったり、痛々しい傷跡が見えたりした。


 普通や常識から逸脱した人達。反社会的な匂いがプンプンしてくる。


「わーお。無法者アウトローの大人気コンテンツみたいっすね」


 メリッサは額に手を当て、観察し、集団を一括りにする。


 むさ苦しく、淀んだ空気を感じるも、それがむしろ心地いい。


 自分と似たような経路を辿る面々に、早くも親近感が湧いていた。


「気取った言い方するねぇ。ただの社会不適合者の集まりだろ」


「人のこと言えないんじゃないですかね。俺たちも同じ穴のむじなですよ」


「概ね同意しますが、入場できた時点で上澄み。気を抜いてはなりませんよ」


 マルタ、ジェノ、アミは遅れて黒塗りの扉から入ってくる。

 

 実力はともかくとして、高額な入場料をペイできる財力はある。


 そう考えれば、アミの言い分は正しい。汚い金でも指標にはなった。


「……イイ心構えね。ここからは我も予測がつかナイよ」


 最後に入ってきた蓮妃は、そう締めくくる。


 聞いていたのは、触りの部分だけだったらしい。


(命と悪魔が絡むのは確定として、問題はギャンブルの内容っすね)


 適当なスペースに足を運び、屈伸運動をして、勝負に備える。


 一世一代の大博打。その先にあった大舞台に、ワクワクが高まる。


「よぉ、お揃いのようだな。来ると思ってたぜ」


 そこで声をかけてきたのは、無精ひげを生やす、短い黒髪の中年男。


 黒いロングコートに身を包み、図々しいと思う距離まで近づいてくる。


 見覚えのある顔だった。二日前の王位継承戦に参加していた面子の一人。


「ルーカスさん! 来てたんですね!」


 真っ先に反応したのは、親交があるジェノだった。


 適性試験と王位継承戦。この両方で、行動を共にした。


 ある時は敵で、ある時は味方。一貫して、裏表がある人物。


 目的や企みは不明。胡散臭いおっさん、という印象が拭えない。


「あぁ、駄目っすよジェノさん。適性試験で裏切ったのを忘れたんすか」


 メリッサは両方に居合わせた経験を元に忠告する。


 良くも悪くも、ジェノは人を信じ過ぎる傾向があった。


 適性試験ではプラスに働いても、ギャンブルではマイナス。


 得意分野である以上、価値観を少し寄せてもらう必要があった。


「でも、最終的には上手くいったでしょ。今回もそうなるに決まってる」


 ただジェノは、一度こうと決めたら考えを変えない。


 しかも、成功体験があることで、より強固になっている。


(そんな綺麗事が通用する場所じゃないんすけどね……)


 メリッサは口を挟まず、押し黙る。


 少し後ろめたいことがあったせいだった。


 命がベッドされることは、彼にだけ伝えてない。


 伝えたのは勝った時の報酬。悪魔の使役権のことだけ。


 詳細を話せば、反対されるのは、火を見るより明らかだった。


「あぁ……悪いが今回、手を組む気はないぜ。パートナーは一人で十分だ」


 ルーカスは振り返り、顎をしゃくった。


 その先にいたのは、白スーツを着た赤髪の男。


 右肩には、茶色毛のニワトリをポツンと乗せていた。


「ベクターさんか……。用心棒として、あんなに心強い人はいないでしょうね」


 実力をその目で見たのか、ジェノは高く評価する。


 ベクターは、イギリス王室における第三王子だった。


 王位継承戦の当事者であり、王にはなれなかった人物。


 他人を頼らず、孤高に挑戦するタイプだと、聞いていた。


 ルーカスと手を組んでいるのは、恐らく、第三回廊区の件。


「そういうわけだ。敵になれば容赦しねぇから、今のうちに覚悟しておけよ」


 挨拶だけのつもりだったのか、ルーカスは踵を返す。


 わざわざ引き止めるような理由もなく、見送ろうとした。


「……待ちな。何か知ってることがあるなら、情報を落とした方が身のためだよ」


 そこで声をかけたのは、マルタだった。


 声色は異様に低く、威圧的な印象を受ける。


 関係性は不明。理由がないと答える義理はない。


「はぁ……。あんたには世話んなったし、断れねぇわな。いいぜ、教えてやる」


 しかし、意外にもルーカスは快諾。


 二人の間に何かあるのは明らかだった。


(他人の因縁には興味ないっすけど、これは都合がいいっすね)


 なんとなく得をしたような気分で、メリッサは耳を傾ける。


 他人が落とした小銭があれば、排水溝でも拾うのがモットーだった。


「個人を抜きにすれば、デカい勢力が四つある。ロシアンマフィアと帝国ヤクザとイタリアンマフィアと中国マフィアだ。それぞれのボスを筆頭にして、精鋭揃い。かなりの肝入り案件みたいでな、人数も規模も統率力も段違いだ」


 ルーカスは次々と視線を送り、おおよその規模感が分かる。


 服装の統一感から見ても間違いない。嘘はついてなさそうだった。


「雑魚の数はいいから、それぞれの頭の特徴を教えな」


 こういった状況に慣れているのか、マルタは必要な情報を的確に尋ねる。

 

「まずは、ロシアンマフィアの頭、マクシス・クズネツォフ。薄茶色の髪に、軍服を着た筋骨隆々で金色の義手をつけた男だ。元特殊部隊GRUで、元殲滅者エリミネーター。冷静で頭が切れるが、怒らせたら手がつけられねぇほどの癇癪持ち。単純な戦闘力だけなら右に出るものはいねぇだろうな。殲滅者エリミネーター時代は、さっさと恩を返して脱退。故郷のロシアに帰って、マフィアをまとめ上げ、右腕を切り落とした神父への復讐を企んでいるらしい。ここで悪魔の使役権を得て、少しでも勝率を上げたいんだろうな」


 最初に紹介されたのは、見覚えのある顔だった。


 適性試験にいた、隻腕の戦士といった印象を受ける人。


 義手は組織のもの。恐らく、『あの人』が作った試作品の一つ。

 

「次に、帝国ヤクザ。鬼道組組長、閻衆。赤髪リーゼントの鬼だ。二メートルぐらいあるデカい図体をした野郎だな。鬼道組の元若頭で、過去に鬼龍院みやびって鬼と抗争して、当時の組長が死亡。長らく消息を絶った後、最近、組長に繰り上がったらしい。その間に何があったかは不明だな。実力も知らねぇし、何が狙いなのかも見当がつかねぇな」


 次に見えたのは、大柄の黒い二本の角を生やした鬼。


 こっちは全く知らない人だった。見るからに肉体系の図体。


「……」


 それを見て、ジェノは軽く息を呑んでいる。


 何か勝手を知っているような反応を示していた。


 ただ、会話が途切れるからあえて何も言わない感じ。


「次にイタリアンマフィアの頭、バグジー・シーゲル。赤髪アフロの道化服を着たピエロ男だ。適性試験の時、ギルドマスターだったやつよ。実力も目的も背景も不明。ただ、配役から考えて、組織の構成員の中でもトップクラスだろうな」


 今度は分かる人物だったけど、名前を聞いたのは初。


 直感的だけど、明らかにヤバそうな匂いがプンプンしていた。


 頭の中だけなら、このバグジーというピエロが一番手練れな気がする。


「最後に中国マフィアの頭、シェン・リー。黒の辮髪に、黒のチャイナ服を着た細身の男だ。七星螳螂拳の使い手で師範。兄貴……パオロ・アーサーの元師匠だな。背景を聞いても茶を濁されるだけだったから、それ以上の詳細は知らねぇな」


 最後のは知らない人物だけど、既視感があった。


 パオロ・アーサーは王位継承戦に参加し、同じ服だった。

 

 関係があるのは明らか。というよりも、関係した人物しかいない。


「なるほどねぇ……。悪くはない情報だった。礼は言っとくよ」


「あいよ。そっちはそっちでよろしくやれよ。もう手は貸さねぇからな」


 マルタは軽く感謝を述べ、ルーカスは去っていく。


「あの……」


 ようやくジェノは口を挟もうとするも、その時は訪れた。


 バチンと非常灯が消え、一か所にスポットライトが集まる。


 照明が当たったのは、広大な地下空間の中央に位置する場所。


 ボワンと煙が立ち上がり、現れたのは、十代前半の小さな悪魔。


「――静粛に! これより、冥戯黙示録のルールを説明するぞい!!」


 フィールドグレー色の軍服と制帽を被った幼女が取り仕切っていた。

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