第3話 降魔
メリッサたちが勝負に乗る宣言をした数分前。
ザ・ベネチアンマカオ地下。裏カジノ。降魔の間。
そこには五つの祭壇があり、大量のケーブルが見えた。
魔術的な要素は少なく、極めて科学的な要素で構成される。
「……」
そこに現れたのは、丸眼鏡をかけた冴えない男。
白衣を着て、無精ひげを生やし、ボサボサの黒い髪。
辺りを警戒しつつ、壁際に置かれた配電盤にたどり着く。
「必要なのは生贄でも、解釈は自由。……そうだろ? 悪魔ども」
男は配電盤のケースを開け、虚空に語る。
鋭い視線を向けた先には、大量のブレーカー。
それを何の迷いもなく、上げる上げる上げ続ける。
電力変換器の重々しい駆動音が鳴り響き、電源は確保。
マカオ中の電力は五つの祭壇へ余すことなく注ぎ込まれた。
「「「「「………………」」」」」
バチリと目に見えるほどの放電が走り、収束。
煙が立ち込める中、祭壇に現れたのは五匹の悪魔。
男性が三匹に、女性が二匹。背丈や年齢層はバラバラ。
あくまで人間基準で見れば、下は十代から上は八十代の顔。
共通点は額に二本の黒角、背中に二枚の黒羽根、臀部に黒尻尾。
「さぁ、代償は払った! 次は俺の願いを叶えろ!!!」
男が語った瞬間、バチンと音が鳴り、停電。
暗闇に満ちた室内には、血液が飛び散っていた。
◇◇◇
停電より数十分後。ザ・ベネチアンマカオ内。
「で、どこに行けば、ギャンブルが出来るんすか」
非常灯が照らされる階段を下り、メリッサは語る。
その背後にはマルタ、ジェノ、アミ、蓮妃の姿があった。
「馬鹿だねぇ……。どう考えても降りた先だろ……」
「それより問題は、どこまで降りるか、じゃないですか」
「数十階は降りた気がしますが、今はどの辺りなのでしょうか」
それぞれが疑問を差し挟み、視線は蓮妃に向けられる。
ここまで詳細な説明はなし。階段を降りろと言われただけ。
見えないゴールに対し、不平不満が募りを見せる頃合いだった。
「地下108階よ。進行度は三割程度ね。辛いなら、帰ってイイよ」
当の本人は、つらっとした表情で淡々と語る。
途方もない数字を前に、蓄積された疲労感が体を襲う。
「……設計者も馬鹿だねぇ。どんな意図があるのか聞いてやりたいよ」
「煩悩の数とかじゃないですか。詳しい内容や起源までは知りませんけど」
マルタとジェノは状況を受け止め、淡々と反応している。
降りる階数は問題じゃなく、その意味に関して探りを入れていた。
「帝国の仏教由来ですよ。煩悩を構成する要素を分解すれば、108個になるのが一般的です。前提となるのが六根と呼ばれる『眼、耳、鼻、舌、身、意』から感じる苦悩。意思の力の起こりでもありますね。そこに掛け合わされるのは、感情の『好、悪、平』と『染、浄』。好きか嫌いかどちらでもない基準で物事は判断され、汚いか綺麗かで、さらに分別されます。次に掛け算されるのは、『過去、現在、未来』の三つの時間軸。人の悩みが生まれるのは時間がある前提ですからね。まとめると、六根の6×感情の『好、悪、平』の3×『染、浄』の2×『過去、現在、未来』の3。それらを計算すれば、108になるわけです。見る角度を変えれば、意思の力は煩悩の塊そのものであるとも言えますね」
得意分野なのか、アミは饒舌に語り出す。
宗教には興味ないものの、納得はできる内容。
「あー、意思の力を毛嫌いしてた理由、多分それっすわ」
感覚的に好き嫌いで処理していた内容。
意思の力に縋るものを否定していた意味。
その答えが、詰まっているような気がした。
◇◇◇
ザ・ベネチアンマカオ地下108階。
そこに降り立つのは、千葉一鉄だった。
300メートルほどの高さから飛び降り、無傷。
杖の音を鳴らし、黒塗りの大扉を前にして、語る。
「煩悩の数を超えた先には、更なる煩悩が待っている。……下らんジョークだ」
上部に見える108と刻まれた文字を見つめ、扉を開いた。
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