第2話 這い寄る混沌


 マカオ内にある大型カジノ店前。 


 周辺施設の電気は消え、暗闇に満ちる。


「「――――」」


 そこで衝突し、火花を散らすのは、刃と刃。


 杖に仕込まれた細身の刀を扱うのは、千葉一鉄。


 元総理大臣であり、隠密部隊『滅葬志士』の総棟梁。


 彼から課されていた任務はジェノ・アンダーソンの暗殺。


 棟梁という立場に身を置きながら、それを途中で放棄した形。


 ゆえの、衝突。隠密部隊のトップとしての私刑が執行されている。


(これでいいんです、これで……)


 アミは起こるべき事象を一人で受け止め、覚悟を決める。


 不利と分かっていながらも、通さなければならない意地がある。


『……総棟梁の呪縛から解放されたい。一緒に倒していただけませんか』


『あぁ、任せとけ。……その代わり、終わったら僕を手伝えよ』


 そこで思い返されるのは、ラウラと交わした約束。


 本来なら三人で倒す予定だった。でも、断りを入れた。


 自分で蒔いた種は自分で刈り取るべき。責任は自分にある。


「刃に迷いが見える。そんなに身体障害者の太刀筋が怖いか!」


 一鉄は杖刀を強く弾き、距離が遠ざかる。


 彼の杖は元々、負傷した右足を補助するもの。


 高速の足運びは不能。剣士としては致命的だった。


(まともにやっても勝ち目はありません。ここはやはり……)

 

 視線は自ずと、一鉄の足元に向く。


 思考は弱点を狙う方向に傾こうとしていた。 


「――超原子拳アトミックインパクトっ!!!」


 その狭間に響いてきたのは、ジェノの声。

 

 右拳にセンスを集め、地面に打ち付けている。


 至ってシンプルな技でありながら、破壊力は抜群。


 舗装された地面は砕け、半球体状の大穴が出来上がる。


 身体強化を得意とする肉体系の力を遺憾なく発揮していた。


「ご助力感謝しますが、今ので倒せるほど、あの方は……」


 アミは反射的に後退し、大穴から距離を取る。


 破壊力はあっても、直撃しなければ、威力は半減。


 常人相手ならまだしも、総棟梁が相手になると厳しい。


「右足の傷はブラフ。思考を指定するための罠です。乗っちゃいけない」


 しかしジェノは、別の角度から物事を見ていた。


 視線の先には、穴から大きく跳躍する一鉄の姿が見える。


 とても右足に不自由があるようには見えず、軽やかに動いていた。


「前提が間違っていたわけですか。でしたら少し、工夫せねばなりませんね!」


 判明した事実もさることながら、心が上向くのを感じる。


 ジェノがもたらす不思議な力。彼と手を組めば、あるいは――。


「挨拶はこのぐらいにしておいてやろう。勝負はルールに沿うべきだからなぁ」


 希望が見えたところで、一鉄は刃を杖に納める。


 意味深な言葉を残し、夜の歓楽街へと消えていった。 


 ◇◇◇


 バチンと音が鳴り、電源はショート。


 ザ・ベネチアンマカオ内は停電していた。

 

 視界は最悪。非常灯の赤光が淡く見えるだけ。


 客はパニック状態で、ワーキャーとわめいている。


(強盗……いや、刺客っすか……? いや、どっちにせよ……)


 メリッサは地面に左手を当て、警戒を続ける。


 センスの目視はできずとも、多少の動きは掴めた。


 影の掌握。半径10メートル程度の距離なら読み取れる。


 意思の力じゃなく、先天性の特異体質を鍛えた賜物だった。


「――――」


 そこで感じ取るのは、音を殺した延髄蹴り。


 殺意マシマシで、まともに食らえば一発アウト。


(前のうちなら、やられてたっすね。でも――)


 メリッサは素人を気取りつつ、反撃に転じる。


 動きを悟られないよう動かすのは、右手の人指し指。


 背後に迫り来る蹴りに対し、ちょこんと軽く触れていった。


「………………」


 ガコンと音が鳴り、控えめの灯りがついた。


 非常電源が作動。必要最低限の電力が供給される。


 自ずと襲撃者の正体と、その結果が明るみになっていく。


「少しは成長したみたいね。今のが通用してたら捨ててたよ」


 相手は蓮妃レンフェイ。放たれた蹴りは、地面に粘着。


 白い糸が張り付き、その威力を殺し切っている。


 右手は糸の生成。特異体質による能力の一つだった。


「格上気取りはやめろっす。パンドラの件、忘れたわけじゃないっすよね」


 メリッサは荒々しい歓迎をする戦友に対し、食い下がる。


 互いにしか分からない身内ノリ。ダンジョンエピソードの一つ。


「次、同じこと言ったら脊髄抜き取るよ。イイね?」


「襲った理由を素直に明かすなら、黙っててあげるっすよ」


 ピクリと眉を上げる蓮妃に、メリッサは忌憚なく言い返す。


 ちゃっかりと条件付き。弱みが有効なら、断ろうにも断れない。


「……はぁ、仕方ナイね。心して聞くよ」


 すると、彼女は妙な前置きを挟み、話を勿体ぶる。


 パンドラの件がまだ有効なのは確定。脅し文句に使える。


 内容はどうせ大したことない。そう思いつつ耳を傾けていった。


「この勝ち金があれば入場できる賭場がアルよ。リターンは最上位級悪魔の使役権。リスクは命をベッドすること。ようは、倍プッシュってところね。生きて帰れるかはギャンブルの腕次第。……乗るか、乗らナイか?」


 内容はあまりにもシンプルであり、リスキー。


 手に届く安心を手放す覚悟を決めないといけない。


 ただ成功すれば、最上位級の自宅警備員がついてくる。


 リスクリターンを天秤にかけ、思考を吟味し、結論に導く。


「乗――むむっすっっ」


「乗らせてもらうよ。案内しな」


 バシッと決める場面だったのに、上手く決まらない。


 現れたマルタに手で口を塞がれ、いい場面を横取りされていた。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る