賭博師メリッサ
木山碧人
第七章 マカオ
第1話 ノーモアベッド
中国広東省に位置する、特別行政区マカオ。
有名な観光地の一つであり、特色はカジノ産業。
中国本土で禁じられる賭博も、ここでは合法になる。
カジノの店舗数、収益、訪問者数はアジアトップクラス。
東洋のラスベガスと呼ばれ、破産していった者は数知れない。
そんな事実を知りながら、一攫千金を夢見て挑戦する愚者がいた。
「「…………」」
テーブルには、裏向きでトランプカードが配られる。
プレイヤー側に二枚。バンカー側に二枚ずつ置かれた。
――種目はバカラ。
二桁以上の数字は切り捨て。下一桁の数字の勝負。
合計の数字が9に近い方が勝ち、勝つ側を当てるゲーム。
賭けられるのはプレイヤー側、バンカー側、引き分けのタイ。
払い戻しは、賭けた金額の約二倍。タイの場合のみ、九倍になる。
(……この勝負に勝てば、うちの人生が変わる)
手に汗を握り、勝負を見守るのは、紫髪の女性メリッサ。
髪は短く、クセがあり、半開きの口からはギザ歯が見える。
黒スーツに身を包み、視線はプレイヤー側のトランプに向く。
賭けたチップは全財産。マーチンゲール法により期待値は最大。
「プレイヤー来いっす!!!」
メリッサは異様な熱と期待を込めて、願望を口にする。
それに釣られるように、背後にはギャラリーが集まっていた。
数人ではなく、数十人規模。超高額ベットの行く末を誰もが見守る。
「……」
一方で、運命を握る黒服の男性ディーラーは冷静だった。
素肌は黒くて、ガタイは良く、スキンヘッドの頭をしている。
アフリカ系の特徴と一致する。少なくとも、中国系ではなかった。
その手は淡々とトランプに伸びる。一切の迷いなく、カードをめくる。
「そんな……嘘っすよね……」
現れた数字を見て、メリッサは結果を悟る。
片方のハンドは最も強い数字『9』を示している。
その手はナチュラルと呼ばれ、出た時点で勝敗は決まる。
追加カードを引くことはなく、逆転する可能性は一切なかった。
「……コングラッチュレーション。このチップは全部アンタの物だ」
返ってきたのは、倍になったチップ。
現金換算にして、一億ユーロ相当の額になる。
住居を構えるには十分な資金。人生史上最高の爆勝ち。
「いよおおおおっしゃあああああ!!!! マカオ討ち取ったりぃ!!!!」
大量の脳汁が分泌され、隅々の神経まで行き渡る。
それがマカオの初陣であり、最高のスタートダッシュだった。
◇◇◇
ザ・ベネチアンマカオ内にある換金所。
カウンターには、黒服を着た中国系の女性。
黒髪に赤メッシュが入り、女豹のような目つき。
首を何度も横に振り、こちらの要望を拒否している。
「換金できない……? なんでなんすか!!!」
メリッサは机をバンと叩いて、抗議する。
「誠に恐縮ですけれドモ、住所不定の未成年に払い戻す義務はありませんネ」
女性が見せてきたのは、提示していたパスポート。
独特の訛りと共に、返却され、隠した事実を指摘される。
「はぁ……!? 何を根拠に……っ!!!」
今まで、パスポートの偽造を見抜かれたことはない。
いくつかの国の入国審査を潜り抜けた実績もちゃんとある。
中身も見た目も完璧。パスポート番号による紐づけも行っていた。
「――――」
すると、女性の周囲から威圧感が増していく。
目には見えない何か。本来なら、見当もつかない。
だけど、理解できる。偽造を見破られたのには種がある。
(――意思の力。それも感覚系ってところっすね)
人間の生命エネルギーとイメージを操る力。
意思の力と呼ばれ、体に纏う光をセンスと呼ぶ。
系統は三つ。肉体系、感覚系、芸術系に分別される。
感覚系は特に繊細で、些細な変化を見逃さないのが特徴。
恐らく、読心能力。触れた物体の情報を読み取る力に長ける。
「凄んだって、意味ねぇっすよ! うちの金を返すっす!!」
メリッサは全てを承知の上で、道化を演じる。
知識を理解できても、目えないものは見えない。
だからこそ、嘘だとしても真に迫ることができた。
「
返ってきたのは、母国語。残念ながら、理解できる。
そういう風に脳みそをいじられてる。未知の言語は大得意。
(意味は分かるっすけど、分かったとて、割と詰んでるんすよね……)
悪口に悪口を返しても、何の意味もない。
問題は、チップを換金してもらえるかどうか。
身分偽造が事実である以上、雲行きは怪しかった。
「――――」
そんな時、肩を優しくポンと叩かれる。
相手は大体予想がつく。共にマカオに来た同行者。
「生憎っすけど、ジェノさんでもこれは……」
振り返り、もう一人の身分偽造の未成年者を思い浮かべる。
どのみちパスポートを見せることになり、結局、結果は同じになる。
「久しぶりねー、メリッサ。ここは我に任せるよ」
しかし、現れたのは、予想に反した人物だった。
黒髪のお団子ヘアで、赤のチャイナドレスを着る女性。
出身は中国。適性試験の地で、共にダンジョンを攻略した仲。
「――
現れた人物の名をメリッサは口にする。
これが幸運でもあり、不運の始まりでもあった。
◇◇◇
9月3日。午後十時を回った頃。
ザ・ベネチアンマカオの入り口付近。
日は沈んで、建物のネオンが辺りを照らす。
「五分で終わるって言った割に遅いな、メリッサ……」
青い制服を着たジェノは、入口を見つめている。
それらしい人影はなく、帰ってくる様子はなかった。
「仕方ない。ギャンブルには興味ないが見てくるよ」
そこで口を挟んだのは、モノクロのシャツワンピースを着た女性マルタ。
白色の長い髪の毛に、若々しい見た目をしてるせいか、よく似合っている。
そんな後ろ姿をぼーっと見ていると、気付けば、カジノの中へと消えていた。
「少し嫌な予感がします。ご警戒ください、ジェノさん」
次に言葉を発するのは、青のセーラー服を着た女性アミ。
ややクセのある紫色の髪で、腰には堂々と刀を帯びている。
空港での手荷物検査を誤魔化し、持ち込んだ方法は一切不明。
刀の認識を阻害する、結界めいた力を使ってるのかもしれない。
「考え過ぎじゃないですか。大丈夫ですよ、きっと――」
ジェノは根拠もない言葉を口にしようとする。
しかし、その予想に反し、歓楽街には異変が訪れる。
「「――――ッ!!!」」
バチンと音が鳴り響き、突如、ネオンの灯りは消えていた。
周辺施設の灯りは全てアウト。辺りは暗闇と化し、悲鳴が上がる。
観光客の声だ。人は未知の現象を前にすると、混乱するようにできている。
(……カジノで何かあった? いや、ともかく)
ジェノは起きた現象を受け止め、体に銀光を纏った。
意思の力。もとい、センスと呼ばれる光のエネルギーだ。
身体に纏うだけで、暗闇の中でも辺りを見通すことができる。
「……」
周囲を入念に見渡しても、異変という異変は見当たらない。
逃げ惑う観光客の姿や、カジノスタッフが慌てる様子が見えただけ。
(停電しただけ……? いや、狙いはカジノのお金かな……)
仮説を立てるも、上手くハマったような感じがしない。
もっと別の陰謀が渦巻いているような気がしてならなかった。
そんな引っかかりを感じながらも、ジェノは辺りの観察を続ける。
(あれ……? なんで、アミさんはセンスを纏ってないんだ?)
そこで気になったのは、同行者が取った行動。
普通なら真っ先にセンスを纏うはずが、何もしてない。
腰の刀に手をかけて、目を閉じ、何かを待っている感じがした。
(そうか……もしかして……)
行動の意味を察し、ジェノはセンスを消そうとする。
恐らく停電は、同じ意思の力を扱う存在をあぶり出す罠。
「「――――っっ!!!!!」」
直後、ガキンという音が鳴り響いた。
衝突し合ったのは、細身の刃と太身の刃。
アミが刀を振るって、奇襲を食い止めていた。
火花とセンスを散り、襲撃者の顔が明らかになる。
現れたのは、杖に仕込まれている刀を振るう中年男性。
逆立てた短い黒髪に、黒スーツ姿をしている見覚えある人。
「任務を放棄するとはぁ、いい度胸をしているな、アミぃぃぃ……ッ!」
帝国の元総理大臣。千葉一鉄が、マカオの闇を明るく照らしていた。
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