第8話「メガネ女子」初日
「これでよし」
「姉ちゃん、いきなりメガネなんてどうしたの?うちの家系でいきなり視力が悪くなるとは思えないんだけど、それって伊達?」
レンズを入れるということで、メガネは一週間後にメガネ屋さんで受け取ることになった。その間の一週間、隣の席の目黒君との仲は特に進展することはなかった。
進展がなかったのは、私がメガネ女子ではなかったからだ。だが、今日からは違う。一週間がたち、メガネを受け取った私はさっそく家からメガネをかけていくことにした。
朝、玄関を出ようと靴を履いていたら、弟にメガネを指摘された。
弟も例に漏れず、中学生になっても片目2.0でメガネ知らずの人生を歩んでいる。家を出ようと靴を履いていたところで面倒な弟だ。
「レンズは一応、紫外線カットとブルーライトカットが入っているよ。度は入っていないから伊達と言われれば伊達だけど、これは私の恋にとって必須アイテムだから。これがあれば、目黒君も私のことを見てくれるはず……」
「目黒君?ああ、家で話していた転校生のこと?また姉ちゃんは性懲りもせず、メガネをかけた男を好きになったの?」
「別にメガネをかけていたら誰だっていいわけじゃないし。それに、好きになったのは日好先生くらいで、他の人は」
「いやいや、自分の従兄を好きになるとかありえないでしょ。でも、確かにメガネが似合うしねえ」
「とりあえず、余計なこと言わなくていいから。あんただって、今の彼女はメガネをかけているでしょう?人の事、とやかく言える筋合いじゃ」
「はいはい。頑張ってくださいな」
自分のことを言われて、詮索されるのが嫌だったのか、弟は急に興味をなくしたかのように私に手を振ってきた。
「いってきます」
「いってらっしゃい。そのメガネ、似合っているわね。お母さんもメガネを買おうかしら?」
「いいと思うよ。今の時代、目も焼けるっていうし、サングラスとかいいかもよ」
母親がキッチンから出てきて、玄関から見送りに現れた。当然、母親もメガネをかけたことがない。その母親に似合っていると言われたら、身内からのひいきだとしてもうれしいものだ。目黒君も、私のメガネ姿に似合っているよと声をかけてくれるだろうか。
「おはよう!」
「おはよう!メガネ、さっそくかけているんだね。転校生君に何言われるか、気になるねえ」
朝、教室に入ると、珍しく親友のみさとがいたので挨拶する。みさとは私のメガネ姿にすぐに気づいてくれた。目黒君のことを話題にされて、妙に緊張してしまう。私だって何を言われるのかドキドキしているのだ。心を落ち着かせて自分の席に着くが、隣の席は空席で、まだ目黒君は登校していないようだ。
「みさとはどうして教室に?今日は部活の朝練はなかったの?」
「ううん。なんか、体調悪い人が出て急遽中止になった」
朝から運動していたら、体調も悪くなるものだ。5月中旬だというのに、すでに気温は高くなっている。私なら、朝練なんてしたくない。
「おはよう……。あれ、日好ってメガネかけていたっけ?」
「日好さん、目が悪くなかったよね?伊達メガネ?」
「なんか、知的に見える……。ああ、でも日好さんってもともと成績よかったもんね」
みさとと話していたら、続々とほかのクラスメイトが教室にやってくる。その中に目黒君の姿は見えない。体調でも崩したのだろうか。昨日は普通に登校していた気がする。
「もしかして、仁美の好き好きオーラに嫌気がさして不登校になったとか」
「不吉なこと言わないでよ」
親友が笑えない冗談を言ってくるが、まったく笑えない。もしそうだとしたら、私はこれから、目黒君への好意を隠して生きていかなくてはならない。それはきっと難しいだろう。そうなれば、目黒君は最悪の場合、転校してしまう可能性がある。
「まあ、好き好きアピールされて不登校なんてありえないけど。ほら、ようやくお待ちかねの転校生君のお出ましだ」
しばらく待っていたら、教室のドアを開けて目黒君が入ってきた。声をかけようと口を開いたが、その前に目黒君と目が合った。
「日好さん……」
目黒君は私の顔を見て驚いた様子を見せた後、顔をしかめた。これはあまり良い流れではない。親しい人間が髪を切った場合、大抵は「髪切った?似合うよ!」などとお世辞でもほめるのが普通だろう。それなのに、隣の席のクラスメイトがメガネをかけただけで、その不機嫌さはいかがなものか。
「目黒君、調子でも悪いの?そんなに仁美を睨んでどうしたの?」
私が言葉を失っている間に、親友のみさとがフォローしようと声をかける。しかし、目黒君は彼女の言葉を聞かずに、ずんずんと隣の自分の席を通り越して、私の顔をじいと見つめてくる。
「な、なに?に、似合ってい」
「どうしてメガネをかけた?視力は良かったはずだろう?」
不機嫌そうな顔をされては、正直にメガネを購入してかけ始めた理由を説明するしかない。それにしても、メガネ越しににらまれるとドキドキしてしまう。
「ま、前に話した、でしょう?目黒君はメガネの苦労を知ってほしいって。だから、私が『メガネ女子になります!』って宣言したのは覚えてる?それをじ、実行しているだ」
「もういい、好きにしろ」
説明は途中だというのに、目黒君は興味を失ったかのように私の話を遮った。自分の席に座って教科書などをリュックから取り出し、机の中にしまっている。
「これは脈ありかもよ」
「そうかなあ」
自分の席に座っていたみさとが私の席の方に振り向いて、意味深に笑っている。今のどこを見ていたら、脈ありだと言えるだろうか。
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