第11話 獣畜達の最後の晩餐
伏鳴市(ふしなりし)、俺が育った街。
人口は150万人を超えたと一昨年話題になった地方都市だ。
住み育った俺からすると、そこそこ自然があり、そこそこ栄えてもおり、そこそこ住みやすい、かつ不便さを抱擁している「住むと引っ越さなくてもいいかな」と思わせてくれるのがこの伏鳴市だ。
風見浜大学を筆頭に、高校と全国的に有名な部類に入る教育機関を有しており、新幹線が通るか通らないかの話を聞いた事がある。
そんな市内の駅前に広がる商店街、そこに今俺はいる。
陰湿な性格の大学教授の叔母が右に
殺し屋日本ランキング3位の小さな女の子が左に
何故かは知らないが成り行きで商店街を練り歩く事になった。
傍から見たらハーレムを形成しているどこぞのマンガの主人公に見えるだろう。
確かに花鈴は目立つ、かなり目立つ。
それはそうだろう、身内のひいき目を抜いても綺麗、と言われる容姿をしている。
少し垂れ目がちだが目元にあるほくろが妖艶に見えるらしく、ぽってりとした唇が生徒たちからすると「そそる」らしい。
身内の俺からするとその口から何度嫌味な事を言われた事か…とうんざりするが、見る人から見れば魅力に見えるのだろう。
それに何よりその自己主張の激しい体のラインだろう。
以前酔っぱらった花鈴に「肺活量の検査」と言いながら伸し掛かられた事があった。
マンガであれば「柔らか…」と吹き出しに出るのだろうが、俺には「苦…重…死…」と途切れ途切れにかろうじて脳裏に言葉が浮かんだ。
兎角花鈴は「見た目」で得をするタイプなんだろうな…そう思いながらちらりと右側を見る。
左は…
うん、やはり相変わらず小さく、そして歩く度にサラサラと揺れる金色の髪が視線を掴んで離さない。
そして何よりその色白さだ。昼に見るとより透明感のある肌質をしている、重苦しいマントを羽織っているからかより白さが強調される様だ。
口元のスカーフも最初こそ戸惑ったが慣れてくるとミステリアスな雰囲気を醸し出すのに一役買っている気がする。
だが…その薔薇の枝のように細い手も足も、とんでもない筋肉量が詰め込まれていると思うと素直に褒められない…
先日戦った男との戦闘を見て分かった、戦いのセンスが云々と言うレベルではなく、まさに戦いの為に研ぎ澄まされた剣先…というにふさわしいのではないかと振り返っていた。
こんな二人に囲まれて、それがハーレムだろうか?甚だ疑問ではある。
「時にえくぼ、お腹は空いていないかい?」
「…うん、おなか、空いたかもしれない」
「ふふ、素直でいじらしい、ではお肉を食べようか?この商店街に美味しいステーキ屋さんがある」
そう問いかけるとふるふる、と歩きながら首を振る。
「お肉は好みではない、とするとお寿司はどうだ?ここは港も近いし直送の新鮮な魚が食べられるよ」
そういう花鈴の問いかけにも首を振る。
そして一言
「…パンがいい」
それをキョトンと聞く俺と花鈴。
次の瞬間、花鈴は俺を押しのけえくぼへと抱き着いた。
花鈴は平均的な女性からするとかなり背の高い方だ。
170㎝ある花鈴がえくぼを抱き上げるとまるで赤ちゃんを抱きかかえる母親のように見えた。
「…!!あぁ、なんて可愛らしい…私の中で眠っている母性本能をダイレクトに刺激してくる!こんな生物と巡り合えるなんて…!」
えくぼにぐりぐりと頬ずりをする花鈴の姿を見て俺は内心ひやひやしていた。
花鈴、お前が今抱きかかえているそれは爆発物、剣山のボール、柄の部分まで切れ味抜群のナイフ…!
俺がアワアワしている様子に気づいたのか花鈴が振り返る。
「フ、見てみろえくぼ、羨ましそうに陰獣がこちらを見ているぞ。」
「な…!誰が陰獣だ!人聞きの悪い。第一初対面なんだから少しは遠慮しろよ、えくぼも困ってるじゃないか」
「………」
そういうと花鈴が抱きかかえたえくぼを見る。
えくぼは宙に浮いたまま、花鈴をじっと見ながら
「…花鈴…」
とつぶやいた。
花鈴の母性ダムの決壊はいとも簡単になされる。
人目もはばからずに奇声をあげ、更に頬ずりを強めた。
「私のっ!名前をっ!呼んだっ!」
ぐりぐりぐりぐり…
えくぼはまんざらでもない様子で、ただひたすら花鈴からの頬ずり攻撃を受け入れる。
あれ…嫌じゃないのか?
まぁ殺し屋とはいえ日本ランク3位、自身に害があるかどうか雰囲気、第六感、肌で感じるものなのだろう。
花鈴を放って俺は埒のあかない時間を断ち切ろうとした。
「あーもう分かったって、愛でるのはそれくらいにしておいてどこか店に入ろうぜ。えくぼはパンがいいなら…そうだ、商店街抜けた先にパンケーキ屋があっただろ、とりあえずそこで作戦会議、いいな?」
「ふん、童貞なのにパンケーキ屋を知っているとは破廉恥だな」
…もうこいつには好きなだけ言わせておこう。
しばらく商店街を歩くと目当てのパンケーキ屋がある。
今はブームも下火になり大分落ち着いてはいるが賑やかな時は二時間待ちの行列が出来ていた。
外観だけではなく内装もまさにメルヘン、そんな可愛らしい店にセクシーな女性1,マント姿の少女1,そして陰獣呼ばわりされる男1が入店した。
店員の制服はとても可愛らしく、店の中では女子高生らしきアルバイト店員があくせく動き回っていた、俺達を見つけると声を掛けてくれたが…
「あ、いらっしゃい…ま…」
目が丸くなる、確かにこの店にはあまり似つかわしくないご一行だよな、と納得しつつも三人で、と短く伝える。
笑顔を絶やさないように…と考えているのが手に取る分かるような笑顔を浮かべ、席へ案内してくれる。ようやくこれで一息つける…
「ふぅ、外で食事をするのも久々だな、さぁえくぼ、好きなものを好きなだけ食べてくれ、遠慮はいらない」
「…わ、ぁ…」
メニューを渡されるえくぼ、スカーフを通り越して表情が一気に明るくなるのを感じる。
青い目がパァっと輝き、メニューに載せてある色とりどりのパンケーキに心奪われる少女の姿がそこにあった。
花鈴は、というともう言葉にならないようだった。母性ダムが決壊し麓にある母性村は母性洪水に飲み込まれてしまった様だ。
ビクビクと声にならない声を上げながら痙攣している。
陰獣はどっちだよ…と言いかけたがまた揉めそうなので喉の辺りで止めておいた。
「それじゃ…俺は普通のパンケーキにしようかな、それとコーヒー」
「ハァ…ハァ…何もいらない…えくぼだけで…いい…!」
「…この、白くてフワフワした、これがいい…」
そういうとトルネードソフトふわふわパンケーキセットを指さす。
「あぁ…いいんだぞ、全て暁の奢りなんだからな」
「おい!!待てよ、こういう場合は年長者が出すんじゃないのかよ!」
焦りながら突っ込む俺に冷たい視線を浴びせながら
「私に頼みがあるんだろう?頼みを聞いてやるがそれなりの対価を払う、それは当然の事だろう、それにえくぼに払わせるつもりか?陰獣で鬼畜か貴様は」
く…と至極真っ当な事を花鈴に指摘され俺は泣く泣く店員を呼び注文をする。
店員にメニューを伝えると出された水を一口飲み、本題に入った。
「その、頼みって言うかさ、まぁ色々あって今はえくぼと一緒にいるんだけど…生活に必要なもんがあんだろ?その…女の子だからさ、だからえくぼと一緒に選んでほしいんだよ」
そういうと花鈴は
「フフ、そういう事だろうと思ったよ。私に買い物を頼むなんてそれ以外ないだろうからな。いいよ、それに姉さんにもヒミツにしてやろう」
「ほ、本当か?」
「あぁ、だが条件がある」
ぎく、とさっきまでの喜びは一瞬でどこかに去ってしまった。
こいつが条件を出してくるのは大抵ろくでもないことばかりだ…だが今は背に腹は代えられない。
「な、なんだよ…」
そういうと花鈴はグイ、と半身を俺の方に乗り出す。
「えくぼを定期的に私のところに連れてこい、そして…愛でさせろ!!」
顔を至近距離、いやほぼ零距離まで近づけにやりと笑う、その笑顔はもう女性の笑みではなく肉食獣が歯を見せる行為にほぼ等しいと感じた。
あまりの迫力に俺も言葉に詰まる。
ちら、とえくぼを見ると…
…まだメニューを見て顔を輝かせている…
だがそんなえくぼを見てふとあの戦闘シーンが脳裏をよぎる。
…あんな世界でこれまで一人で戦ってきたんだ、せめて、普通の生活を楽しむくらいはいいよな…花鈴だってめちゃくちゃな女ではあるが、それでも一定の常識があり、何よりえくぼを大層気に入ってるようだ、無碍にはしないだろう。
俺はため息を吐くと頷きながら言った。
「分かったよ、えくぼ、花鈴が定期的にえくぼと遊びたいんだって、いいかな?」
そういうとえくぼはメニューから目を逸らし、隣に座る花鈴をじっと見上げる。
しばしの沈黙、そして
「…いいよ、遊ぼ」
スカーフ越しでも分かる笑顔を花鈴に向けた。
そして花鈴の意識は遠い彼方へと旅立っていった。
鼻血を垂らしながら。
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