第3話 ストレンジ・ハウスメイト
「あ…あぁ…」
何か脳内で処理しきれない程の事が起こると言葉が上手に紡げない事を今日知った。
と同時にむせ返る程の血の香りが部屋中に充満している事に気づく。
「あっ…だ、だいじょぶ、れすか…あのっ傷…」
ふと色々聞く前に心配の言葉が浮かんでくる、それはそうだ。
あんなに派手な大怪我を負っていた女の子、心配しないはずがない。
「…平気、慣れてる」
あ…声…
女の子の発する声を改めて初めて聞いた気がする。
青い目と同様に澄んで聞き取りやすい声、声から察するに大人…ではなさそうだ。
ただゆっくりとした喋り方も相まってなんだか人を穏やかにさせる声だと感じた。
それと同時にドグン、と俺の心臓が大きく跳ねる。
ようやく意識が覚醒してきた、そして俺の部屋で目覚める直前の記憶も一気に蘇ってきたのだ。
裏路地、怪我、大男たち、殴られた、月…そして…
「そ、そういえばあいつらは…」
「…?」
不思議そうに首をかしげる女の子、口元にスカーフをしているが目でクエスチョンマークを俺に投げかけてくる。
「あの大男たちだよ!俺、殴られて、でも、えっ、そういえば…君…」
「とっくに排除完了してるけど…」
「は、はい…じょ…」
ごくり、と喉がなる。
意識が鮮明にあの時の事を思い出させる。
人の首が割れ、血が噴き出し、生命を失い力なく倒れる人間…
うっと思わず胃から込み上げるものがあった。
「…だいじょぶ…?」
「だいじょうばないよ!あれ…一体なんだったんだよ!君は一体…」
「私は、えくぼ」
「え、く、ぼ…」
えくぼと名乗る彼女はじっと俺を見つめる、だがまだ脳内でははてなの洪水が止まる事はなかった。
「え、えくぼ…ちゃんって言うの?えっと、君は何であそこに…」
「罠にかかっちゃった」
「罠って…あそこ繁華街だよ、そんな罠なんて…それに怪我…」
「ん…だいじょぶ、ちゃんと止血処置は終わった」
すっとえくぼが脇腹を見せる、痛々しい傷、その上から大きなガーゼを張っているが血がにじみ出て、黒く乾燥してしまっている。
「こんなの…すぐに病院にいかないと!」
「だめ、民間の病院にはいけない」
「民間…」
一般人との会話では到底聞く事が出来ないワードセンス、はっきりわかった、えくぼは…普通の子じゃない。
「あか、つき…」
ぎょっとした、どうして俺の名前を!?
いや、そもそも俺の部屋にえくぼがいる事自体おかしな話だ。
「な、なに…なんで俺の名前を知ってるの…」
「身分証を確認した、私が運んだから…」
「あ、ありがと…じゃなくて!どうして俺を運んでくれたの!?」
えくぼがすっとスカーフを取る。
思わず脳内のクエスチョンマークが全て吹き飛んだ。
小さな鼻に薄ピンクの唇、そして裏路地では気づかなかったが真っ白な肌は透明感が溢れ、まさにテレビや雑誌に出ていてもおかしくない様な造形だった。
そして一番目を引く金髪、短くボブに切られた髪は月明りに照らされている時とはまた違った輝きを放っている。
なんて愛らしい、人形のようだ、という陳腐な言葉が浮かぶ、それくらいの美少女が俺の部屋にいた。
やっぱり俺の目に狂いはなかった、あのブルーアイズ、こんなに深く青い目の女の子が可愛くないはずがない。
……いや待て!待て待て待て!
そういう話じゃない、今自分の女性を見る目なんてどうでもいい。
だがえくぼはその愛らしい口元の口角を上にあげた。
「…ハンカチの、お礼だから」
あぁ、もうどうでもいい、全てどうでもいい。
瞬間、俺の心と脳内はえくぼの笑みのおかげで春の日差しが降り注ぐ花畑にいるような、そんな穏やかな気持ちが胸の中を満たした。
間違いない、俺が生まれてきて出会った女の子の中でTOP1、№1、世界1、ぶっちぎりで一番可愛い女の子だ、そんな女の子が目の前に、俺の部屋の中にいてくれる。
なぁ暁、それでいいじゃないか、それ以外の事は大した問題じゃない、そう、彼女が深手を負っているのも、それを追撃してきた輩を見た事もない速さで打ち倒したことも、全てどうでも
「よくない!!!!ダメダメダメ!!危ないわホント、危なすぎる」
…パニックに陥り思考が口から洩れてしまった。
危なく可愛さに絆(ほだ)されるところだった。
きょとんとした表情で俺を見つめるえくぼ。
一旦ここは冷静に、現状をまとめよう、そして速やかに今後の事を考えなければならない。
深呼吸をしながらえくぼに向き合う。
「えーと、それじゃ一旦整理しよう、俺はあそこを偶然通りかかった、えくぼはその時何かの…考えたくないけど、罠にかかって怪我を負っていたと」
こくり、とえくぼが頷く
「それで俺が手当をしようとしたらその罠をかけた相手が追いかけてきて、それを返り討ちにしたと。」
こくり、とえくぼがまた頷く。
「その後俺の身分証を確認して、俺を引きずってアパートまで持って帰ったと。」
こくこくこく、何度も頷くえくぼ。
「あははははは」
思わず笑い声が出ていた。
その様子を見て初めは目を丸くしていたえくぼだが釣られて一緒に笑い出す。
「いしししし」
笑い方が変わっている、まだ知り合ってすらいない俺とえくぼだが、なんだかえくぼらしいと思える笑い声をしていた。
僕とえくぼは一緒にしばらく笑いあった。
その後、俺はゆっくりとベッドに倒れる。
「どういう事ーーーーーーーーーーー!!!!意味が分からないっ!!完全に思考が遠くに置いて行かれてるっ!!!!」
「あかつき…泣かないで」
「泣いてはないけどっ!!でもっ!!あまりの急展開!多少の事なら分かるよ?でも展開が富〇急のアトラクション並みなんだよ!情緒も落ち着かないよ!!」
「どう…どうどう…」
「ありがとう!でも大型の動物を落ち着かせるやつだからそれ!」
一気にまくしたてる、これまで平坦な人生を歩んできた俺には今夜の出来事は少々刺激が強く、思考回路に火花を散らす程度にはパニックになっているようだ。
ひとしきり騒ぐと気持ちが冷静になる。
えくぼもそれを見越してか黙って俺の醜態を見つめていた。
そして口を開く。
「…私は仕事で暗殺をしてる」
「あ、あんさつって…」
「それで、罠に掛けられた、だから怪我をした、でも死んでないから大丈夫」
「そんな事…漫画の中だけの話じゃなかったんだ」
「ん…」
「えくぼは…つ、強いの?」
「…自分じゃ分からない、でも日本ランク3位」
「えっあっすご、日本ランク3位は相当だよ」
にし、とまたスカーフの下でえくぼが笑う
一々可愛い…でも…彼女は暗殺者だ、人の命を奪う職業、しかも…日本ランク3位
俺の中の本能が起きた瞬間から肩を揺さぶりこう叫ぶ。
こいつはヤバい、関わっちゃダメだ。
平穏な日々は浸かっていると退屈に感じる、が。
一旦そこから抜け出せば毎日精神を削り疲弊しても途中で止められない、立ち止まる事は何があっても絶対に許されない事だ。
『平穏を捨てる』とはそういう事だと自分でも分かっていた。
自分でも説明が出来ない汗がじんわりとにじみ出てくる。
もうダメだ、警察に通報…まではしなくとも、少なくても俺のテリトリーからは出て行ってもらおう。
脳からの伝令が神経を時速30キロ程度のゆっくりとしたスピードで口へと進む…
到達前にえくぼが言った。
「今日から、ここに住む」
…伝令はハンドルさばきを間違えガードレールに衝突、俺の口には届く事はなかった。
「あ、え、な…で…」
「あかつきに、お礼がしたいから」
もちろん美少女からのお礼は大歓迎だ。
これが実は知り合いの娘で、紆余曲折あって今日から同棲生活!だったらとんでもなく喜ばしく、華々しい毎日が来るのであろうが今は違う。
待っているのは血だ、血と土煙、そして銃弾や刃が飛び交う毎日が容易に想像できた。
断れ、今すぐ、出て行ってもらえ。
俺の本能がそう叫ぶ、喉が枯れる程。
そうして脳から即座に拒否の伝令が出された、さっきは失敗したが今度は違う、新幹線程のスピードで、神経を伝い口へ『出て行って』が走り出した。
と、口から出る直前。
幼く細い体が俺に重なる。
ぎゅっと、抱きしめられる。
哀れ拒否の伝令は途中で車体確認の為に停車してしまったのだった。
ふわっと甘い香りと奥に血の臭いが混ざり合った、今まで嗅いだことのない得も言えぬ香りが俺の鼻孔をくすぐる
「ありがとう」
「ありがとう、私に生まれて初めて、やさしくしてくれて」
耳元で優しい毛並みのまだ大人になれていない声が響いた。
俺は抱きしめ返す。
そうしてこう言った。
「あぁ!これからよろしく!えくぼ」
何故だか涙が一筋、零れ落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます