第5話  修司、出逢う!

「えええええー!」


 修司は一気に部屋の隅まで後ずさりした。


「どうかしましたか? 姿を見せろと言ったのは、あなたですよ」

「お、お、お、女-!?」

「はい、女です」

「僕は、男の幽霊だと聞いていたんだ-!」

「そんなことは、私の知ったことではありません」

「女だとわかっていたら、引っ越して来なかったぞ-!」

「そんなに私が嫌ですか? 私、そんなに醜いですか?」

「そんなことない、美人だ、大美人だ」

「だったら、どうして?」

「僕は、女性恐怖症なんだー! 美人であればあるほど怖いんだ!」

「そう言われましても、困ります。私、地縛霊ですから、このアパートから離れられないんですよ」

「え! 離れられないの?」

「そもそも、私の方が先に住んでたんですよ」

「何年前の話だよ」

「5年くらい前です。6年前かな?」

「君が嫌がらせをして、引っ越して来た住人を追い出していたのか?」

「当たり前です、こっちが住んでいるのに、知らない人が引っ越して来たら嫌じゃないですか」

「でも、君は死んでいるんだろう?」

「はい、死んでいます。死んでいるという自覚はありますよ、ご心配なく」

「とにかく、このままだと僕が落ち着かない」

「では、また姿を消しましょうか?」

「いや、もう“いる”ってわかってるから、姿を消されても、いつ見られてるかわからなくてソワソワすると思う」

「じゃあ、もう、どうしようもないですね。同居しましょう」

「同居-!?」

「はい、同居です」

「困る、困る、困る、困る! 僕は女性恐怖症だって言ってるだろ? ましてや君みたいな美人、意識してしまって落ち着かないよ」

「じゃあ、こうしましょう」

「どうするの?」

「私が女性恐怖症のリハビリを手伝ってあげます」

「いやいや、いいよ。僕はこのまま朽ち果てていけばいいんだから」

「家庭を持ちたいとは思わないんですか?」

「家庭は持ちたい」

「じゃあ、女性恐怖症を治さないとダメじゃないですか」

「そうだけど」

「あ、そうだ、まだお名前を聞いていませんでしたね。私、佐倉弥生っていいます」

「僕は、相沢修司」

「……修司さんって呼びますね」

「まあ、いいけど」

「私のことは、弥生と呼んでください」

「弥生さんね」

「じゃあ、まずは」


 弥生は修司の横にピッタリとくっついて座った。途端に、這うように逃げる修司。


「いきなり何をするんだよ」

「この程度のことでも、そんなに怖いんですか?」

「怖いよ。トラウマを抱えてるから」

「どんなトラウマですか?」

「若い頃、婚約者の浮気がわかって婚約破棄したんだ。おかげで、僕は恥ずかしくて会社も辞めた。あの、裏切られていたとわかった時の心の傷を思い出すんだ。女性と一緒にいると、古傷をえぐられるような感じがして心が痛いんだ。婚約者が美人だったから、美人であればあるほど怖いと思ってしまう」

「大丈夫です、今日から私がリハビリ相手になりますから」

「なんで君はそんなに明るくて前向きなの?」

「修司さんが優しくて誠意のある良い人だと知っているからです」

「そんな……ああ、でも、同居しないといけないのが現実か……」

「そうです、一緒に頑張りましょう。心の傷なら私にもあります」

「そうなの?」

「はい、傷を舐め合いましょう。よろしくお願いします」

「……よろしく」


 弥生と握手しようとしたら、修司の手が弥生の手をすり抜けた。


「あれ? どういうこと?」

「あ、私、生き物は触れないんです」

「そうか、ちょっとホッとしたよ」



 2人の同居が始まった。







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