第3話  修司、怪奇現象に慣れる!

 修司は、少し家を出たくなった。修司は粗品を幾つか袋に入れて外へ出た。ご近所回りだ。同じアパートの住人に挨拶をしなければいけない。今日は日曜だから丁度良いだろう。修司は、隣の部屋の玄関チャイムを鳴らした。


 “ピンポーン”


 「はいー!」


 出てきたのは、普通の年配の主婦だった。良かった。差別ではないが、修司は年配であれば女性とも普通に話すことが出来る。挨拶で挙動不審になることは避けたかった。ちょうどいい。それは、とても失礼なことなのだが。


 「201号室に引っ越して来た相沢と申します。よろしくお願いいたします」


 言いながら、粗品を手渡す。


 「201号室!?」

 「はい。201号室です」

 「そうですか。あの201号室ですか。こちらこそ、よろしくお願いします。オホホホホホホホ。それじゃあ」


 バタンと、戸が閉められた。素っ気ない女性だった。やはり、201号室というのが良くないのだろうか? まあ、不動産屋から忠告されるくらいだ、ご近所で有名になっていてもおかしくない。下の部屋でも、お婆ちゃんが出て来たが、さっきと同じように素っ気ない態度をとらえた。修司は少し寂しかった。粗品が余ったので、全ての部屋に挨拶に行こうと思い、修司は挨拶回りを続けた。若い男性も、201号室と聞いたら態度が変わった。年配の男性も同様の反応だった。修司は寂しくなった。


 昼食は近所の牛丼屋ですませて帰った。


 「ただいま…」


思わず声に出してしまった。コトンと、何か音がしたような気がした。

 

 電灯は、普通に点いた。夕食は、またカップラーメンですませた。修司は、風呂に入ってまた早く寝ようとした。電灯を消すと、今度は電灯が点いた。電灯を消す。点く。消す。点く。何度か繰り返して、修司は電灯を消すことを諦めた。

 

 何故か、そんなに怖いとは思わない。ただ、また妙にイラッとする。ベッドの上に横になると、今度はキッチンからプラスチックのコップが飛んで来た。流石に、ポルターガイストに慣れかけていた修司も驚いた。スプーンも飛んで来た。いろいろな物が飛んでくる。修司は焦った。だが、やがて気付いた。飛んでくる物はプラスチック製や金属製、つまりワレモノは飛んでこないのだ。茶碗などが割れたら困るのだが、最低限の配慮をしてくれている気がした。修司は冷静になってきた。実害が無いのなら慌てることはない。


 修司はベッドの上で半身を起こしていたが、横になった。すると、金属のスプーンが修司の頭に当たった。痛かった。実害があった。“フォークじゃなくて良かった”と思った。だが、明日、後片付けをすることにして修司は寝た。ポルターガイストも、落ち着いたようだった。修司が寝転がっていると、フッと電灯が消えた。

 

 “やれやれ、今夜はぐっすり寝かせてもらえるかな”そう思いながら眠った。ところが、寝かす気は無かったらしい。また胸が苦しくて目を覚ました。だが、今回は“その内おさまる”ということを知っている。誰かが胸の上に乗っているような重みに耐えた。やがて、胸が楽になった。やっぱり、この現象は長く続かないのだ。“今日は、もう終わったな”修司は眠った。



  修司は引っ越してから2度目の朝を迎えた。起き上がると、スグに足を引っ張られた。目指せ、玄関。と、それでは困る。正確には、寝間着のジャージの裾を引っ張られている。脱げてしまいそうだ。


 「もう、勘弁してくれよ」


 思いっきり足を引っ張ったら、身体の自由が戻った。いつの間にか、怖くはなくなった。たった2晩で随分と訓練されたものだ。だが、この部屋に入居した者が引っ越したという、その気持ちもよくわかった。そこで、修司は、この状況を楽しむことを考えてみた。なんと、普段はマイナス思考の修司が、この現状を明るく受け入れようと思ったのだ。修司本人にも、“何故、自分がこんなにプラス思考になれたのか?”わからなかった。“せっかく引っ越したのだから、楽しまなければ損だ”という気持ちが大きくなっていた。確かに、この状況は非現実的で、滅多に味わえない特別な環境と言える。だったら、特別な環境を味わいたい。


 修司は見えない何かに話しかけてみた。


 「今、仕事を探してるんだ。求人サイトを見るけど、気が散るから邪魔しないでくれよ! 早く仕事を探さないと困るんだ!」


 それからしばらく、ネットサーフィンに時間を費やした。1社応募して、寝転がった。そして気づいた。“邪魔されなかったな…”と。“邪魔するなと言ったから気をつかってくれたのかな?”と、思った瞬間、襟を掴まれて引っ張られた。やっぱり、玄関に向かいたいようだ。


 「やめろ、やめろ!ちょっと待て」


 修司は勢いよく立ち上がって、見えない何かを振りほどいた。


 「そんなに、僕に出て行ってほしいのかよ」


修司はため息をついて、


 「あんたは、僕を追い出したいのかもしれないが、僕には今、他に行くところが無い。我慢して同居してくれ」


独り言のように話しかけた。


 「生活が安定したら、引っ越すから」


すると、またコトンと音がした。



 “通じたのかな?”何故か、思いが通じた気がした。ここの幽霊は、意外に話のわかる幽霊なのかもしれない。修司は話し合いの出来る幽霊で良かったと思った。転職に成功したら、こんな事故物件なんか引っ越してやるさ。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る