第2話  修司、住み始める!

 修司は何度もため息をつく。

 元々、幼い頃から崩壊した家庭で育ったため、人間関係を築くのは苦手だった。

 友人や知人は極めて少ない。営業をやっていたのが嘘みたいだ。

 だが、不思議と“仕事”に関することだけは話すことが出来た。

 意識の問題なのかもしれない。修司は仕事のことは大事だと考えていた。

 ところが、プライベートとなると上手くいかない。

 話しかけられると、ついキョドってしまう。

 どうやら、そのキョドり方がキモいらしい。

 学生時代から、独りでいることが多かった。

 数少ない友人には、修司とは無縁そうな人気者もいた。

 だが、その友人は、単に“誰にでも優しい”だけの人だった。

 他の友人は、修司と同じように“居場所の無い”似た者同士だった。

 そんな数少ない友人達とも、もう何年も連絡をとっていない。

 引っ越し直前に届いた“同窓会の案内”は破って捨てた。

 修司は、今の自分を恥じていた。同窓会で、元クラスメイトに会わせる顔が無い。

 修司は、癒やしと暖かさに飢え続けていた。誰かに、そばにいてほしかった。

 

 今日から住むのは、ここの8畳1間。

 他の部屋は家賃が1ヶ月に5万円なのだが、この部屋だけは1万5千円だった。

 何故、こんなに安いのか?それはこの部屋が“いわくつき物件”だからだ。

 不動産屋から“男の幽霊が出ますよ”と忠告されたが、思い切って引っ越して来た。

 金銭面の問題の方が重要だからだ。

 会社は辞めていた。

 営業として、それなりの成績だったが、前述の通り勤めていたのがブラック企業だった。

 粗悪で高額な商品を売るために、嘘をつかなければいけない。

 もう、嘘をつくのは2度とごめんだった。


 “相手を騙してでも売ってこいよ!”


 上司の怒鳴り声が、言葉が、耳を離れない。

 会社を辞めてなお、まだ嫌な悪夢を見続けているようだった。

 時間が経つのを待とう。時が過ぎれば、きっと何もかも忘れられるだろう。そう思う修司だった。

 

 引っ越しは半日で終わった。

 最低限の荷物しか無かったからだ。

 カップラーメンをすすり、少しの間、テレビを見たりパソコンをいじっていたが、風呂に入って早めに寝た。

 

 苦しくて、修司は目を覚ました。

 胸が苦しい。何か、重い物が乗っている。

 気のせいか、息づかいが聞こえるような気がする。

 修司は焦った。“これが幽霊か?”と思った。

 胸がドキドキする。嫌な鼓動だ。

 誰かが、胸の上に乗っている?

 苦しいが、何故か身動き出来なかった。金縛り状態だった。

 動けない。誰が乗っているのか?見えない。

 永遠に、その苦しさが続くのかと思えた。

 どのくらい時間が経ったのだろう?長かったのか短かったのかわからない。

 やがて、スッと身体が楽になった。修司はホッとした。

 そして、いつの間にか修司は眠ってしまった。

 

 朝、起きたら何も無かった。

 “夢だろうか?”修司はしばらく考えた。

 “いや、夢じゃない”昨夜のことはリアルに思い出すことが出来る。

 だが、やがて考えるのをやめた。

 考えても仕方がない。本当に幽霊だったとしても、この部屋を出て行くという選択肢は無いのだから。

 それに、夜に寝苦しいくらいならギリギリ我慢できる。もっと怖い現象を想像していた。

 朝になったおかげで、恐怖感は消えて冷静になっていた。

 

 修司は電灯を点けた。

 電灯が点いて、そして、消えた。

 “?”

 もう一度、点ける。また、消える。

 何度か繰り返して、修司は電灯を点けることを諦めた。

 当たり前だが、昨日は普通に点けることも消すことも出来た。

 これもポルターガイストなのだろうか?

 だとしたら、随分と地味な嫌がらせだ。少しイラッとした。

 カーテンを開いて、朝陽を室内に呼び込む。

 ……つもりだったのだが、陽光は建物によって防がれてしまっていた。

 陽当たりが、すごく悪い。

 “まあ、月に1万5千円だからなぁ”

 薄暗い中、修司は朝食を用意した。

 朝食は、レンジで温めるご飯と卵。

 チンしたご飯を丼に入れて、生卵と醤油をかけて食べる。

 お茶は大きいペットボトルから湯呑みに注いで飲んだ。

 それだけの朝食だった。朝食に10分もかからなかった。

 

 食事が終わると、修司はパソコンの前に座った。

 ネットの求人サイトで仕事を検索する。

 退職金も出なかったので、早く収入を得なければいけない。

 とはいえ、何時間も検索を続けるわけでもなく、やがて修司は横になった。

 睡魔が襲ってきた。丁度良い。睡魔に身を任せる。

 

 突然、誰かに左腕を引っ張られて、一気に目が覚めた。


 「おい、おい」


 思わず言葉に出してしまった。

 まるで、誰かに引っ張られているかのようだった。

 正確には、袖を引っ張られていた。服が破れそうだ。

 ズルリと引きずられる。

 このまま真っ直ぐ引きずられたら玄関だ。“出て行け”ということだろうか?


 「いい加減にしてくれ」



 声を出しながら、腕を思いっきり引っ張る。ようやく修司は見えない何かから解放された。







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