十三話 家族ということ

楓がスカイサイクルに向かったから東屋に行ったはいいんだけど……。

おばあちゃんとなに話せばいいのか分からない!?

偶にしか会わないっていうのもあるけど、会話の内容がまったく浮かばない。

お母さんのようにノリが良いのかも知らないから、どんなテンションで接したらいいのか……。

クラスメイトだったら、なにも気にせずに話しかけられるんだけどな〜。

いや、待って?

そもそも無理して話しかける必要がそもそも無いんだ。

なんで最初から気づかなかったんだろう。

しかもお母さんもいるわけだから、変に心配する必要もないよね。

お母さんと一緒にいるときは沈黙が気にならないのに、おばあちゃんといるときに気になるのはなんでだろう。

おそらく永遠の課題なんだろうなぁ。

「なっちゃん、喉乾いてない?」

さっきまでスマホを見ていたお母さんから急に声をかけられる。

「うん。喉カラカラだよ」

私が振り回した側だけど、ちょっとだけ疲れていた。

そして、今日はいつもと比べて暑い気がする。

水分補給も大事だよね。

熱中症にならないためには。

「よしわかった、暇つぶしに飲み物買ってくるからなにがいい?」

今の気分的には……、

「体にピースな飲み物がいい!」

遠回しに言ったけど、伝わっているはず。

「お母さんは飲み物いる?」

母さんは、辺りをボーっと見ているように見えるおばあちゃんにも言った。

「私はいいよ。ありがとう」

「それじゃあ行ってくるねー」

バッグを持ち、買いに行くお母さんを見送る。

おばあちゃんと二人っきりになってしまったけど、どうしよう。

楓が戻ってくるまで、適当にニュースでも見ていよう。

やっぱり世界の相違点を詳しく知ることが重要なんだよ。

そうしてスマホを取り出そうとしたのも束の間。

「ねえ楓ちゃん」

おばあちゃんが私に話しかけてきた。

どんなことを話してくるのか、私は無意識に身構えていた。

なぜ身構えたのかはわからない。

「そんなに身構えなくても大丈夫だよ」

おばあちゃんが、苦笑している。

「どうしたの? おばあちゃん」

「楓のことを聞きたいなって思ってね」

いや、唐突すぎるね。

その話ならお母さんに聞けばいいのでは?

「楓ちゃんは、楓の妹ちゃんだったよね」

「うん、そうだよ」

私はただシンプルな受け答えと相槌を打つだけ。

この場では私は楓の妹という設定。

私のことを知られるのが怖いんじゃない。

私を拒絶されるのが怖い。

「楓はちゃんと、お兄ちゃんしてる?」

おばあちゃんの質問に、なんて答えればいいのだろう。

「してる……と思う。優しいし、頼りがいがあるよ」

これは嘘をついていないはず。

……頼りがいあったっけ。

「それはよかった。楓は昔から人に優しい子だから」

私の世界のおばあちゃんは、私のことをどう思っているのか気になった。

「そういえば、楓ちゃんって楓に本当、似てるわ」

「そうかな」

言われた言葉に驚いてしまったが、なんとか平常心を保つことができた。

下手な反応をすると不自然だから。

「お顔もそうだけどね、楓と楓ちゃんの本質が似ていると思うわ」

「兄妹だからじゃないかな」

設定とはいえ、楓はお兄ちゃんという感じはしない。

どちらかというと、腐れ縁の幼馴染の方が近しい。

うーん、形容しづらい。

「ああ見えて楓は、人に気遣ってしまいがちだから、妹の楓ちゃんが支えてあげて」

「うん!」

私に対して気遣ってもらったことそんなに無い気がするけど――――――――

――――――――そういえば初めて会ったときに楓はずっと気遣ってくれていたっけ。

私がちゃんと楓のことを見ていないだけで、楓はずっと気遣ってくれていたのかも。

……私のことちゃんと見ていてくれたんだ。

胸の奥がじんわりと熱くなっていく、そんな感覚がした。

「楓ちゃんはおじいちゃんに会ったこと無かったんだっけ?」

また急に話題が変わったなと思ったら、おじいちゃんのことだった。

そういうおばあちゃんは、少し淋しげに見えた。

私は、会話をしていくうちに自然体へと戻っていた。

「うん無いよ」

この世界のおじいちゃんには会ったこと無い。

「本当に優しい人でしたよ。おじいちゃんに対してできなかったことも多いけどね」

「そんなことないよ」

気づいたら声が出ていた。

私の空いてしまった口はもう塞ぐことはできなかった。

心のブレーキが壊れたかのように。

無意識に私は次の言葉を紡いでいる。

「おじいちゃんが言っていたよ、おばあちゃんにはいつも感謝してるって。家事もそうだけど、隣にいてくれることが何より嬉しいって。あっ……」

我に返った私は、両手で口を抑えてしまう。

おばあちゃんは、呆気にとられた顔をしていた。

おじいちゃんに会ったことが無いって言っていたのに、いきなりこんなことを言われたら、そんな反応をするのは無理もない。

「いや、これはその」

私は視線をそらす。

言い訳をするにもできない。

自分のことを話すか、なんとか誤魔化すかの二択になってしまった。

どちらに転んでも、きっとダメ。

罪悪感がどちらにも残りそうな気がする。

「楓ちゃん」

私は視線を上げて、おばあちゃんを見る。

「ありがとう。それが嘘だとしても、とても嬉しいよ」

私の心配は杞憂に終わった。

「おじいちゃんがそんなことを。私には恥ずかしくて言えなかったのかな」

おばあちゃんの目は涙を浮かべている。

嬉しそうな顔を見れただけで伝えた甲斐があった。

結果オーライなのかな。

私はとあることを考えてしまった。

……おばあちゃんに私のことを話しても信じてくれるんじゃないかな。

おじいちゃんのことを、疑いもなしに信じてくれた。

だから、私のことを話しても大丈夫。

楓に相談したら、安易な発想だと言われだろう。

けど私も、おばあちゃんのことを信じてみたい。

……よし。

私が話せる範囲で、話せることを全部伝えよう。

「ねえ、おばあちゃん」

「どうしたの? 楓ちゃん」

反応された瞬間、私は固まってしまう。

決心はついたものの、言う勇気が私には不足していた。

決心と勇気は別なのだと思い知ったのだ。

……どうしよう、言いたいのに言えない。

その時、誰かが背中を押してくれるようなことを言ってくれた気がした。

『楓ちゃんなら大丈夫』

この声は、どこかで聞いたことがある。

もしかして、おじいちゃん?

でも私の世界のおじいちゃんではないということは感覚的に理解できる。

幻聴だとしても、嬉しかった。

……ありがとう、おじいちゃん。

「おばあちゃん、実は私、楓なの」

「知っているよ。名前が楓だよね?」

言い方が悪かった。

今度はわかりやすく言おう。

「違うよおばあちゃん、私と今あそこで必死に自転車を漕いでいる楓は同じ人なの」

「容姿がってことかな? 髪型を同じにしたら見分けがつかなそうよね」

「それはさっき話したよ!」

言っていることが本当に理解できていないのか、それとも事実を受け入れたくないのか。

「私は、楓の妹でもなくて、私も楓その人なの」

おばあちゃんは、数秒の間固まってしまう。

反応を待っていると、理解したような顔をした。

「わかったよ楓ちゃん。要は同一人物ってことね」

「そう。そうだよ、おばあちゃん」

伝わってよかった。

それにしても、動揺しないところに生きてきた年数の違いを感じる。

「じゃあ楓ちゃん、あなたは何者なの?」

難しい質問がきた。

名鳥楓と言ってしまえばそれまでだけど、そういうことじゃない。

「私はこの世界の人間ではないよ」

「この世界?」

「私は楓から見て、本来ここにいてはいけない存在なんだよ」

そう、私はこの世界の住人、人間ではない。

私がいた本来の現実でもない。

でも最近は、もう一つの世界、現実と思えてきた。

「それは大変だね。あ、ということはさっきのおじいちゃんの言葉」

おばあちゃんの中で点と点が全て繋がったように見えた。

「私の世界のおじいちゃんが言っていたんだ」

おばあちゃんが静かに何度も頷く。

「きっとこの世界のおじいちゃんも同じことを思っていたよ」

ついに、おばあちゃんの目から透明の粒が溢れる。

その粒をハンカチで拭う。

私はそれを見ていることしかできなかった。

「おばあちゃんが楓と私が似ているって言っていたけど、合っていたんだよ。私びっくりしちゃった」

この雰囲気に水を差すような発言なのかもしれない。

でも私はもっとおばあちゃんと話したくなった。

「私もね、初めて見たときから薄々思っていたけどそんなことはないと思ってた」

勘が鋭すぎてなんていうか、すごいの一言しか出てこない。

エスパーなのかな。

「楓ちゃんの世界に帰る方法はあるのかい?」

「今は私にも楓にも分からないよ」

探してみようとするけど、手がかりが何一つない。

捜索したとしても、見つかる確率はゼロに等しいと思う。

「そっか。もし帰ることができたらおじいちゃんにこう伝えてほしいな」

――――――――私もあなたに会えてとても幸せですよ、って。

おばあちゃんにとって、おじいちゃんといることが幸せだったんだ。

じゃあ、私にとっての幸せはなんだろう。

考えてしまったら止まってしまう。

今は知らないフリをしたい。

「うん! 絶対に伝えるね。約束」

そう言うと、おばあちゃんは一点の曇りもない笑顔で笑った。

「「ただいま〜」」

周囲から、聞き馴染のある声がした。

「いやぁ楽しかった」

「飲み物買ってきたよ。楓飲む?」

「マジ! ありがとう、飲む」

お母さんと楓だ。

雰囲気をぶち壊してきたなと思うも、怒りは湧いてこない。

「もう、楓とお母さんタイミング悪すぎ!!」

自然と笑いが込み上げてくる。

お母さんから飲み物を受け取って早速飲む。

「自販機が全部売り切れでね、コンビニまで行ったさ」

「へぇ、そんなことあるんだね。レアじゃん」

お母さんの帰りが遅いなって思ったらそんなことがあったんだ。

やっぱり、私はこの楽しい雰囲気というか、家族が大好きです。

もちろん、おばあちゃんとおじいちゃんも含めて。

「よし、楓。次は近くのドラゴンコースターに行こう」

「まだ飲むから待ってよ」

「わかってるって。ん、母さんこのジュース美味い」

楓が飲んでいるのは、百パーセントオレンジジュース。

「でしょ。私のセンスに感謝して」

「ありがたやぁ」

変なテンションのお母さんと楓を見て、また笑ってしまう。

「楓、私にも一口ちょうだい」

「いいぞ」

私にペットボトルを渡してくる。

そして、私が飲もうとした瞬間……。

「あ、ちょっと待ってそれって……」

言われるころにはもう遅かった。

楓が言いたいことはこうだろう。

「なっちゃん間接キスって大胆だね〜」

私も何一つ意識していなかったけど、特に恥ずかしいとも思っていない。

「ありがとう、はい楓」

もう、顔が赤くなっていて楓は可愛いなぁ。

楓のこともっと好きになっちゃうじゃん。

「ほら楓、早く行こ」

ペットボトルを置いた楓の手を引っ張り、次のアトラクションへと行った。

「もしかして、さっきの会話聞いてた?」

「なんのことだ?」

上手く誤魔化せていないのバレバレだよ。

別に楓に知られても大丈夫だよね。

「お母さんには言わないでね」

「だからなんのことだ!?」

誤魔化すことで押し通そうとしているらしい。

さすがに無理があるんじゃないかな。

「しらを切らなくてもいいって」

苦笑しながら言うと楓は、

「うん」

気まずそうに言っていた。

「どこまで聞いてたの?」

「うーん教えない」

「えー意地悪! 教えてよー!」

「嫌だって!」

アトラクションに向けて走り出した楓を私は追いかける。

どこかスッキリした笑顔で。


                                十四話へ続く



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別世界のオレと過ごす、ちょっと変わった日常 東アズマ @higashi_azuma

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