十二話 遊園地では、はしゃぎ過ぎにご注意を

駐車場に車を置き、少し歩くとジェットコースターのレールが見えてきた。

「これを見るとさ、久しぶりに来た! って感じがすごく湧いてくるね」

「ワクワクしているからって走るなよ。地面が小石が多くて危ないから」

石と言っても、早々転んだり、躓いたりしない。

そうなるならば、ドジな人や浮かれすぎた人くらいだろう。

だから今の楓が心配である。

「早く行こ! ほら走るよ楓」

彼女は遊園地の入口へ駆けていく。

「だから走るのは危ないって……」

そう言った刹那、石のぶつかり合う音と共に楓が前に勢いよく倒れた。

……だから言ったのに。

「痛いなぁ」

楓は立ち上がり、砂利などを払い落とす。

「大丈夫? 怪我はないか」

「大丈夫だと思う。血も出ていないし」

石が多いのによく血が出なかったなと一驚する。

「なっちゃん、あまりはしゃぎ過ぎないようにね」

「はーい」

「『はい』は伸ばさないの」

先生みたいなことも母さんは言うんだ。

新しい一面を見れたが、これは身内ノリというやつだろう。

そんなノリ俺は見たことが……、あったわ。

というか最近二日に一回の頻度で見るわ。

俺は別にいいんだけど、楓への回数が多い気がする。

……嫉妬ではないよ?

「母さん、楓。早く行くよ」

「楓も遊園地にワクワクしてきたのかな」

「ばあちゃん、茶化さないでよ」

ばあちゃんが茶化すような人ということを初めて知った。

今日は初めてがいっぱいだなぁ。

とか呑気なことを言っている暇ではない。

遊園地に人がたくさん来ているのだ。

いつもなら、失礼だがあまり人が来なさそうな遊園地なのだが。

これが夏休み効果なのかと、しみじみと感じる楓であった。


のりもの券売場で、一日フリーパスを購入した。

フリーパスは切符のような券とは違い、腕に巻くリストバンドだ。

このリストバンドをスタッフの人に見せると、無駄な時間を省くことができる。

一日乗り放題で、千四百円。

有名な遊園地の一日券と比べ、とても安い。

もっと値上げしてもいいと思えるほど、良心的な値段設定なのだ。

「じゃあ母さんたちは、東屋にいるから」

「楽しんでおいで」

母さんとばあちゃんは、のりもの券売場の横にある橋を渡って行った。

何時間も遊具で遊ぶ予定なのだが、その間なにをするのだろうと純粋な疑問をもつ。

楽しく話でもするのかな。

このことは、これくらいにしておこう。

「さて、最初はどこ行く?」

今は、楓と遊園地を楽しむことを考えよう。

「もう私は昨日から決めてたよ」

昨日からって早いな。

車の中で考えたとかなら分かるけどさ。

今日がすごい楽しみだったんだな。

「奇遇だな。俺も昨日から決めてた」

かくいう俺も楓と同類なわけだが。

楽しみすぎて眠れなかったわけではないけど、いろいろ考えていたら日付が変わっていた。

「じゃあ、せーので言おうよ」

一緒に言おうって可愛いな。

同じ楓なら、意見が合うだろうということを言いたいのだろうか。

彼女はそこまで考えていない気もする。

違っていたら、また新しい相違点を知れたということでいい。

「せーの」

という掛け声で俺は行きたい遊具の名前を言う。

「「コーヒーカップ」」

「「おお」」

二人とも行きたい遊具が一緒なことに驚いたが、もっと驚いたのは、

「反応も同じっておもしろ」

お腹を抱えて楓は笑っている。

そんなに面白かったか?

面白いというより、本当に似た者同士だなと強く感じた。

「最初はコーヒーカップに決まりだな」

歩いて一分もかからないところにコーヒーカップがあるので、行こうとするのだが……。

「ちょっと楓、あはは待って。笑いが止まらない」

どうやらツボにはまってしまったようだ。

楓の笑いのツボってよく分からないんだよな。

そこ笑うか!? ってところで笑うことが多い気がするから。

「笑っていても歩けるだろ。ほら行くよ」

楓は歩き出したが、笑いながらなので傍から見たらやばい人だ。

純粋無垢な子供に後ろ指を指されなければいいな。

杞憂で終わってほしい。


とりあえず移動して、列に並んだのはいいのだが……、

「いつまで笑ってるんだ」

俺の隣には先ほどまでではないが、笑っている楓がいる。

思い出し笑いをしているのか、ふとした瞬間に笑うという感じだ。

「だって面白くてさ」

もう駄目だこれは。諦めも肝心だな。

「どうぞー」

スタッフさんにそう言われ、フェンスが開く。

そのあとは何も言われていないので、好きなコーヒーカップに乗れということだろう。

一番手前にあるカップに乗り、列に並んでいた人たちが全員乗るまで待つ。

そういえば、楓の笑いもピタリと止まったな。

いつから止まったか記憶を掘り返してみると、スタッフさんに声をかけられたときだ。

そこで止まるって便利な体だと思うと同時に、世渡りが上手そうだなとも思った。

少しもしないでスタッフさんのアナウンスが入り、コーヒーカップが回っていく。

コーヒーカップがというより、床が回っているの方が正しいかもしれない。

「思いっきり回しても大丈夫?」

確認するということは、俺が酔わないか気にかけてくれているのだろう。

少し酔ったとしても楓に楽しんでほしいから、答えは一つだ。

「全然大丈夫だぞ」

カップの中央にあるハンドルを掴む。

俺と楓は、反時計回りに回した。

少し回しただけでも、カップが勢いよく回っていく。

ハンドルを掴んでいないと、吹き飛ばされるのではないかと思うほどだ。

回しているのはいいのだが、だんだん楓に近づいているような気がする。

気のせいというわけでもなく、着席したときよりも楓との物理的な距離が近い。

下手をしたらぶつかってしまう。

体に力を入れてなんとか踏ん張る。

というかカップが回りすぎて本当に酔いそう。

楓は気持ちいいほどの笑顔で楽しんでいる。

その笑顔を見ただけで酔いが吹き飛ぶわけではない。

だけど、来てよかったと思った。

床の回転が止まったので、カップの回転を自力で止める。

止めるのはいいのだが、回しすぎてなかなか止まらない。

周りの乗客が降りていくのが微かに見え、小恥ずかしい気持ちになる。

「ちょっと楓、これ止まらない!」

「わかってる、わかってるけどさ」

ちょっとづつ止まってきたとはいえ、まだ回転し続けている。

……まったく、どんだけ回したんだよ。

次に乗る人達が待っているので早く降りなければならない。

一分くらいが経ち、俺と楓はコーヒーカップから降りた。

降りるときにスタッフさんと目が合った気がするが気のせいだろう。

気のせいであってほしい。

蛇足にはなってしまうが、この遊園地のコーヒーカップはメリーカップというらしい。

何回も来たことがあるのに初めて知った。

「漫画みたいな展開もあるんだな」

「必死になってる楓、見てて面白かったよ」

「それは楓にも同じことが言えるな」

彼女は俺を茶化そうとしてきたが、明らかにブーメランが刺さっていた。

体をグネグネさせながら止めようとしている姿に笑いそうになった。

だけど笑ったら、力が抜けてしまうので堪えたけど。

最初から疲れたけど、遊園地は始まったばっかりだ。

時間もたくさんあるから、休憩しながらでも楽しもう。

「次はどこ行く?」

疲れが何一つ見えない楓に言われる。

「そう言っても、行きたいところ決まっているんじゃないのか?」

「御名答。次はファイヤーバードへ行こう!」

この遊園地では、ファイヤーバードという名前だが、一般的にはバイキングと呼ばれるアトラクションだ。

小学生くらいのときは平気だったが、今となってはあの浮遊感が苦手だ。

でも、久々に乗るから少しは感じ方が違うかもしれない。

そんな淡い希望を持って行ったのだが……。

「やっぱりダメだった……」

年を重ねても、苦手なものは苦手ということがわかった。

あの浮遊感が上手く説明できないけど、命の危険を感じてしまうのだ。

楽しむはずが、どんどん疲れが溜まっていく。

ネガティブな意味ではなく、それだけ満喫しているということである。

まあそれはそれとして、

「楓、大丈夫か?」

ファイヤーバードに乗ったはいいが、俺よりも苦手だったらしい。

「乗ってすぐに思い出したんだよね。私が高所恐怖症なのと、あの浮遊感が苦手だったってことを」

「じゃあなぜ乗ったんだよ」

軽口を叩いているが、お互いそんな余裕はない。

「楓と一緒なら大丈夫かなって思ったんだよ。結果がコレだけどね」

楓は薄ら笑いを浮かべた。

想像もしなかった理由に、胸がドクンと飛びはねる。

照れてしまい、顔も赤くなっているように気がする。

外の気温のせいではないことは確かだ。

「あれ、楓照れてるの」

図星を突かれ、なんて返せばいいのかわからなくなる。

その結果がこれだ。

「照れてないし……。てかやかましい」

初心だなぁ。

誰か俺を助けてくれ。

しかも言うとき楓を見るんじゃなくて、視線をちょっとずらした。

あーもう、恥ずかしい。

俺の黒歴史みたいなものが一つ増えた。

ちなみに楓はニマニマしながら俺を見つめている。

なにか言いたげな顔をしているのだが、聞いたらまた自滅しそうな気がするのでやめておこう。


次は豆汽車に乗ることにした。

豆汽車は、名前の通り汽車より小さい汽車だ。

遊園地の園内のんびりと走るので、景色を楽しみつつ休憩できる。

乗り場は、プラットホームに似ている感じだ。

ファンシーなアーチがあり親しみやすく、気持ちが和む。

豆汽車の中に座ったのだが席が小さく、体を小さくする必要がある。

「ちょっと狭いね」

「狭いなら後ろに乗ったらどうだ。まだまだ席は空いているぞ」

また楓に呆れられたような表情をされる。

「これだから楓は」

「どういうこと……?」

楓の言っていることがよくわからない。

また女心が関わっているということだろうか。

狭いなら、広いところに行った方が合理的ではないのか!?

車内で起こったことから何も学んでいない楓であった。

スタッフさんのアナウンスで豆汽車が出発する。

ゆっくりと汽車が動き始めた。

周りが自然に囲まれているだけあって、綺麗な植物がたくさんある。

花の知識はないけど、綺麗で美しいということは感覚でわかった。

トンネルを通って少し経つと、橋があった。

周りを見渡すと、アトラクションがある方に川が流れており、水が透き通っている。

この豆汽車は遊園地をぐるっと一周するように作られているので、遊園地に来た人たちが楽しむ様子などが見られる。

ゴーカートで爆走する人や、ジェットコースターで叫ぶ人。

いろんな人がこの遊園地に来て、思いっきり楽しんでいるのだ。

そして何より、この豆汽車に入ってくる風がとても気持ち良い。

休憩しているのも束の間、もう一周してしまった。

出口から出て、体を伸ばす。

「景色が綺麗だったな」

「うん、とても綺麗だったね!」

喜んでくれたなら俺は満足だ。

さて、次はどこに行こうかな。

「次はスカイサイクル行きたい。あ、ごめん高所恐怖症なんだったっけ」」

「いいよ、一人で行ってきても。私はちょっと休憩するかな」

気を遣わせてしまった。

でも一人で行ってきなよって言われたから、その好意に甘えよう。

「じゃあ行ってくる」

「行ってらっしゃーい」

そう言うと、楓は東屋にいるばあちゃんのところへ行った。

スカイサイクルは高所にレールが敷かれているので、それに沿って自転車を漕いでゴールまで行くアトラクションだ。

一人乗りと二人乗りがあるのだが、二つの差はさほどない。

漕ぐから疲れるだけだと思うが、高いところから見た景色が綺麗なのだ。

俺の前に二人いるが、すぐに俺の番が来ると思う。

十分もかからないだろう。

ボーっとしているとスタッフさんに案内され、俺のスカイサイクルが始まった。

感覚的にギアが一くらいなので、休むことなく漕ぐ必要がありそうだ。

楓は自分の体力がそんなに無いこと忘れ、自転車を漕いでいた。


                                十三話へ続く




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