十一話 旅先はご飯が美味しく感じる

祖父母の家に来て三日目となる。

初日での約束通り、今日は遊園地に行く日だ。

楓の奢りで。

初日に楓が勝負で負けたわけであって、俺はなにも悪くない。

……なんで必死に弁明しているんだろう。

さて、準備をしていくか。

着替えて、身だしなみを整える。

居間でばあちゃんと両親が朝食をとっているので、俺もいただくことにした。

ばあちゃんが作ったであろう朝食には、理想のようなプレートだった。

白米に焼いたベーコンとスクランブルエッグ、味噌汁、そしてきゅうりの漬物。

朝に食べるにはちょうどいい量が盛り付けられている。

寝起きだとそこまで食欲がないので、良い程度に少ない方がありがたい。

俺が一番目を輝かせているのは、きゅうりの漬物だ。

塩分が足りなくなる夏だからこそ、食べると美味しい。

嫌いな人が少ないのではないかと思うほど美味しいのだ。

そんなこんなで、朝食を食べ終わった。

ここまではいい。

いいのだが、一人足りないのだ。

「楓、楓ちゃんはまだ寝てるの?」

「たぶんね。今起こしてくるよ」

「なっちゃんをよろしくねー」

俺は自分が使う部屋に行く。

楓は気持ちよさそうな顔で寝息をたてている。

寝相はひとまず置いておこう。

現在時刻、朝の九時だとしても、長く寝過ぎじゃないか。

昨日の就寝時間が夜の十時だぞ。

ここで勘違いしてほしくないのは、楓と同じ部屋だからといって、お互いなにかするわけではない。

唯一ありそうなのは、夜遅くまで楓の話に付き合うくらいだ。

そもそも、まだ俺にそんな度胸はない。

よし、この話は止めだ。

とりあえず、どうやって起こすかだよなぁ。

肩を叩いたりすれば、すぐになのだろうけど、面白みが足りない。

顔に落書きするにしても、出発する時間が遅れるだけだからデメリットの方が多い。

楓が怒る? いやいや、楓なら笑って許してくれる。

たぶん、きっと、おそらく。

ま、まあ大丈夫だろう。

自分の家ではないから、できることは限られる。

音楽を耳元で流すにしても、人体に被害が及ぶことはしたくない。

なにをしてやろうか……。

すると、プーンという高く不快な音がした。

蚊が空を舞っているのだ。

蚊の飛ぶ音は人間の構造上、神経を刺激されるような不快な感覚で聞き取るらしい。

この季節だと蚊が簡単に家の中に入ってくるので、とても煩わしい。

蚊取り線香があればいいのだが、持ってくるのも億劫だ。

ならば、自分の手で叩き潰すしかないだろう。

目で獲物を追い続け、あちらが近寄ってくるその時まで待つ。

……ここだ!

部屋にパンッと大きく手を叩く音がする。

すかさず手のひらを確認した。

獲物を捕らえることはできなかった。

時々思うことだが、こういうときに無駄な集中力を発揮するのはなぜだろう。

一瞬見失ってしまったが、すぐに対象を捕らえる。

次は近くにある机に蚊がとまったので、力強く机を叩く。

決して、ストレス発散とかのために叩いたわけではない。

……だからなんで弁明しているんだろう。

また、獲物を捕らえられなかった。

この後も三分くらい格闘をしたのだが、一向に捕まる気配がない。

だんだん疲れてきて、もう放っておこうと思う。

次が最後にしよう。

楓は、もう面倒くさいから普通に起こす。

蚊がとまったところに、勢いよく近づき叩く。

獲物がとまったので、腕を伸ばす……のだが、とまった先は楓の頬だった。

もう行動してしまったからには、止まれない。

バチンと、頬を叩く音がする。

手を離すと、獲物を捕らえることに成功したらしい。

そんなことよりも、やってしまったという気持ちが強かった。

「ん…………」

さっきの痛みで楓は起きた。

こうなってしまったからには、全力でしらを切ろう。

「お、おはよう楓」

「おはよう。頬っぺたが痛いんだけど、なにかやった?」

そりゃそうだよな。

痛みが一瞬で消えるわけがない。

「なにもしてないぞ。とりあえず顔を洗ってきたらどうだ?」

まだ蚊の死骸がついているから。

「絶対なにかしたでしょ。顔に落書きとか」

「それはしてない」

「それはって言った!」

なんで寝起きなのに察する能力が高いんだよ。

失言をしてしまったとはいえ、この場をなんとか乗り切りたい。

「とりあえず顔を洗ってこい!」

「もう、わかったよ。事情を説明してもらうからね」

「はいはい」

「はいは一回」

母さんかよ。

いや、母さん一回も言ったことないな。

楓は目を擦りながら部屋を出ていく。

僅かに時間が経つと、楓の悲鳴らしき声が聞こえてきた。

楓は虫が苦手と。なるほどなぁ。

この先に怒る展開が目に見えているのに楽観的である。

逆に清々しいくらいだ。

すぐさま怒られたのは、また別の話。


あの後なんやかんやあり、ようやく出発できるようになった。

行こうとしていた遊園地は、ほぼ山の中にある。

だから車で行くしかない。

ということで、母さんとばあちゃんが同行することになった。

車内では、そこまで会話はしないつもりだ。

ばあちゃんの前では、気恥ずかしかったし、変な勘違いされるのが嫌なのである。

アイコンタクトしたら分かってくれるだろう。

まだ不貞腐れている楓の目を見る。

……お、目線を合わせてくれた。

まじまじと見られ、きょとんとしている。

なにも伝わっていないのではと不安になってしまう。

瞬きを何回かして、納得したかのように親指を立ててきた。

この漫画で見た事あるような展開。

……まったくわかっていないんだろうな。

大胆なことをされなければいいか。

というかそんなに大胆なことしたことないし、されたこともない。

俺の杞憂で終わてしまうかもな。

俺たちは車に乗った。

母さんが運転席、ばあちゃんが助手席、後部座席に俺と楓だ。

出発してすぐ、フロントシートに座る二人は世間話を始めたが、到底俺と楓には理解も共感もできない内容である。

別に無言でも居心地の悪さを感じるような関係ではないので、やり忘れていたログインボーナスを受け取るとしよう。

昨日はゲームしている時間なんてなかったからな。

計画を決めたのはよかった。

だが、すべてしている暇と時間がないことに気づいてしまった。

祖父の墓参りなどがあり、行きたい場所に行けるときにはもう辺りは暗くなっていたのだ。

暗くなってはできることが少ないので、昨晩は花火をした

前にやったとき、思ったより噴出花火が綺麗だったので、様々な種類の噴出花火を買うことにしたのだ。

一つ一つの噴出して光っている時間は短いが、どれも見ごたえのあるものだった。

それに比べて今日はなにもないので、しようとすれば何でもできる。

現在時刻は十時。

遊園地から帰る時間がだいたい一時から二時だとすると、まだまだ時間がある。

どこか行くにしても、両親やばあちゃんが同行することになってしまうが。

その時になったら考えればいい。

「楓がやっているゲーム入れてみたんだけどさ、最初はどうするのが良いの?」

グイッと近づいてきて、スマホの画面を見せてくる。

楓が始めたのは、オセロのゲームだ。

リリース開始から、八年も続いている人気ゲーム。

このゲームの特徴は、普通のオセロと違い、ダメージを与えていって相手のヒットポイントを0にすることが勝利条件である。

だから、自分の色の駒が何個あるかとかは、あまり関係ない。

かくいう俺も最近始めたから、詳しいことは語れない。

「とりあえず、キャラを揃えるところからだな」

このゲームは俗にいうソシャゲなので、キャラが揃っていると戦略の幅や、勝てやすさが変わる……と思う。

「通常クエストやボーナスを貰っていきながら、ガチャを引いて自分の好きな戦略を立てたらいいぞ」

「一気に言ってて分からなかったけど、とりあえずガチャを引けばいいのね」

「今の期間は、何十回か無料だから引くといいよ」

楓は運がいい方だと思うので、すぐに強くなっていくだろう。

ある程度、ゲーム性に慣れてきたら対戦したいな。

ログインボーナスは受取終わったので、別のゲームをやるとするか。

そう思った矢先、

「これはどうしたらいいの?」

「この状況はどうしたらいいの?」

「助けて! 負けそうなんだけど‼」

ずっと楓の対応をするので、他のゲームをすることはできなかった。

「楓、攻略サイトって知ってる?」

「知らない」

そんなことだろうとは思った。

わざわざ俺に聞くより攻略サイトの方が早いから。

「攻略サイトには、楓の知りたいゲームの情報がすべて載っているから、それを見るといいよ」

すると、楓は少し呆れた表情をして、ため息を吐く。

「そういうことじゃないんだよ、楓」

言われている意味がまったくわからない。

俺の言っていることは間違っていないと思うのだが。

「やっぱりまだまだ女心というのを理解していないみたいね」

「…………」

母さんには理解できたのか。

生きてきた中で、女性(母親などを除く)と関わらなかった。

それが、今となって仇となってきている。

できれば、女心について勉強する機会を設けてほしい。

誰にも教えられず、自分からするのが理想的だが。

反論もコメントも述べることができない俺は、不貞腐れたようにスマホとにらめっこを始める。

外をちらっと見て、あと三分足らずで到着することを悟った。

またゲームができなさそうだ。

仕方なく、スマホをポケットにしまう。

「楓の奢りだから、目一杯遊ぶぞー!」

「私が奢ることすっかり忘れちゃっていたわ。あんなこと言わなければよかった」

楽しむ雰囲気を壊してしまった罪悪感がないと言えば嘘になる。

正直、言わなければよかったと思う。

「楓ちゃんが遊園地代出すのかい?」

ばあちゃんが、振り返って楓に言った。

「母さん、そういう約束なんだよねぇ」

母さんがそう言ってくれたが、捉え方によっては俺が悪者になりかねない。

「ばあちゃん、勝負でそう決めたんだよ」

俺も弁明を述べる。

楓もなにか言ってくれるかと思ったが、彼女はまた不貞腐れているように見えた。

「楓ちゃん、遊園地代は私が出すから安心して」

「本当に! ありがとうおばあちゃん!」

楓の雰囲気が、百八十度変わった。

「じゃあ、あの罰ゲームは飲み物を奢るに変更でいいか?」

「それでいい。というかそれがいい」

俺が壊してしまった楽しい雰囲気が、戻ってきた。

戻ったと言ったが、さっきよりも盛り上がっているように思える。

「ごめんね母さん」

「いいのいいの。可愛い孫のためだよ」

一昨日の勝負の罰ゲームは、遊園地代負担改め、ジュースを奢るに変更になりました。

「楓、なっちゃん、もうちょっとで着くよ」

「「はーい」」

遊園地で精一杯楽しむぞと強く思う楓と楓であった。


                                十二話へ続く











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