十話 旅先はよく道に迷う
祖父母の家に向かう途中、休憩するのと小腹を満たすためにサービスエリアに寄った。
そこで俺は、北菓楼のシュークリームなどいろいろなものを買った。
楓は、パティシエのまかないソフトを食べていた。
とても美味しそうだったのだが、そう思ったころにはもう出発してしまっていた。
また、車の中で談笑し、楓のよくわからない勝負に付き合わされ、長い移動時間の末、祖父母の家に無事到着。
座っていた疲れや体の凝りを解きほぐすために背伸びをする。
「疲れた……」
時々姿勢を変えていたとはいえ、疲れるものは疲れるのだ。
「空気が澄んでいるね~」
まだまだ元気がある楓が羨ましい。
俺は寝たりないので、もう一眠りしたいところである。
荷物を車から降ろした母さんと父さんは、そそくさと祖父母の家に入っていく。
俺たちも二人の後に入る。
すると、懐かしくて、安心する匂いがした。
肩の力が抜けるようで、包み込まれるような感覚。
居間には、おばあちゃんがいた。
母さんほどではないが、老いを感じさせない見た目。
もう還暦は超えているはずなのだが……。
見た目の若さを保つための秘訣をあとで聞いて、楓に共有しよう。
「お母さん久しぶり!」
「おかえりなさい、静香」
祖父母の家と何回も言ってきたが、母方の方なのだ。
「お久しぶりです、お義母さん」
「賢一さん、長時間の運転お疲れ様です」
おばあちゃんは、いつもテンションが高い母さんとは違い、落ち着いていて、誠実な印象の人だ。
「楓もよく来たね。そちらの女の子は?」
想定内の反応だ。
いきなり知らない人が家に入ってきたら、誰しもそう言うだろう。
「俺から紹介するよ。この人は楓、妹みたいな感じかな」
悠のときと同様、長々と説明するのは面倒くさい。
「ということで母さん、家族が増えました」
「初めまして楓ちゃん。おばあちゃんです」
おばあちゃんは、やわらかい笑みを浮かべながら楓を見る。
ひとまず、荷物を置くことにした。
俺と楓が使う部屋は二階にあり、一緒の部屋だ。
母さんと父さんは一階にある部屋を使用する。
俺たちの部屋には、レトロゲームや、オシャレな装飾品があった。
母さんにセンスがあるのは、おばあちゃん譲りなのだろう。
暖簾もあり、とても時代を感じる。
「それにしても、妹って無理があるでしょ」
貶すように言ってくる。
「それ以外どうしろと。彼女というのは嫌だぞ」
楓が彼女などと言いそうなので牽制をかけた。
友達と紹介しても、人の祖父母の家にまで来る理由がわからない。
婚約者とか言うのも、まっぴらごめんだ。
「いっそのこと、同一人物って言えばいいじゃん」
「説明が長くなりそうだから面倒くさい」
いつの日か話すことにはなりそうではあるが。
その時はその時だ。
「とりあえずこの後どうする?」
ずっと部屋にいては落ち着かないので、なにかをしたい。
「この辺を散歩しない? 雑談でもしながらさ」
「了解。じゃあ、すぐ行くか」
靴下を履き、一階に降りる。
荷物を置き終わり、母さんと父さんはくつろいでいる。
「ちょっと出かけてくるね」
楓が母さんとばあちゃんに伝える。
「どこに行くの?」
「そこの公園までだよ。行ってきまーす」
玄関で靴を履き、俺は扉を開け、燦々と降り注ぐ陽光を浴びる。
田舎なので、鍵をかけなくても大丈夫だと言うのだが、心配なものがあるのだ。
不用心にもほどがある。
公園は、歩いて三分くらいのところにある。
だが、三分では、話し足りないだろうから、遠回りすることにする。
「やっぱり慣れないところは落ち着かないね」
最初の話題が不満って……とは思う。
「俺も同じだ。なにをしたらいいか分からなくなる」
知らない人というわけでもないのに、自分の家ではないというだけで、謎の緊張感を持ってしまう。
……もしかして、皮肉言われていた?
俺と楓の家は、実際には楓の家ではないといっても過言ではない。
人の記憶も違うのだ。
見かけが同じでも、中身が違えば全くの別物。
ついこの前まで、楓はこんな気持ちだったのだろうか。
考えすぎであってほしいな。
「いやぁ、空気が澄んでいて美味しい‼」
「さっきも言ってたろ。まあ夏にしては、涼しいよな」
最高気温が二十五度くらいで、心地よい風も吹いている。
夜になると、いつも肌寒いと思えるほど、ここはいいところなのだ。
「寒かったら言えよ、パーカー貸すから」
風邪を引きそうで怖い。
ここで風邪を引くと、いろいろ面倒くさそうなのだ。
「楓にしては優しいこと言うなぁ。ありがと、大丈夫だよ」
『にしては』は余計だ。
俺だって、いいところを見せたいなと思う。
歩いている道中に橋があった。
そこで立ち止まり、なんとなく流れている川を見つめる。
川の水は透明と言えるほど水質がよかった。
水が流れていく先は、見えないほど長い。
海にでも繋がっているのだろう。
「あの川に魚いるかな」
「この距離では見えないけど、まあいると思うぞ。小さい魚なら」
「明日ここで釣りしようよ。それか泳ぎたい」
「却下で」
食い気味に言ってしまった。
わざわざ買うのは嫌だしな。
実家に戻ったあとに使うかって考えると、使わないだろう。
水着なら使えるだろうけど、カナヅチだからそもそも泳ぎたくない。
「ならいいや」
珍しく潔い楓に驚く。
いつもなら、少し駄々をこねて諦めるのだが。
ここに来て、楓が成長したのか?
来て一時間も経ってないからそれはないな。
橋を渡り切り、右に曲がったのはいいのだが……、
「ここら一帯、全部畑だ。すごいな」
じゃがいも畑や、トウモロコシ畑など、様々なものが栽培されている。
というかこの広さ、さすが田舎だな。
二、三キロくらいが畑だ。
楓は、周りをキョロキョロしている。
気になるものでもあるのだろうか。
「毎回思うけどさ、コンビニすらないの面白いよね」
「まあ、来た道を戻ればあるけどな」
「そういうことじゃないのー」
言葉の裏になにか意図があると思ったのだが、そのままの意味だったのか。
楓の考えることが読めない……。
わかるところもあるけど、それは楓が見せている表面的なことだけだ。
「ねぇ、楓」
「まだなにか気になるものでもあるのか?」
「気になるものというか、なんというか」
言うのをためらうということは、よほど気にしているのか。
俺はしっかりと楓に耳を傾ける。
「たぶん道間違っているよ。ここからでは帰れないかも」
「あ、本当だ。サンキュー」
「気づいていなかったんだ……」
話すのに夢中で、気づかなかった。
橋を渡る必要もなかったな。
本当ならば、橋を渡る前に右に曲がる。
来た道を戻る。
「この川で泳ぎたい」
「さっきもこの件やったから。却下だって」
一回却下されても、二回言ったら大丈夫と思ったのか。
そんな単純な人間ではないわ。
楓自身がよくわかっているはずだけどな。
まぁ、遊び心なのだろう。
そんなこんなで、他愛ない話をしているうちに公園へと到着した。
ブランコもなく、滑り台とグローブジャングル、ベンチのみ。
最近の公園は、たくさん遊具があるが、この公園にはない。
でも、俺はこっちの方が好きだ。
言葉にしづらいけど、趣を感じた。
ずっとボーっとしていられる気がする。
「そういえば、楓のおじいちゃんは? どこか出かけているのかな」
「じいちゃんのこと楓は知らなかったな」
せっかくテンションが上がっているのに、落としては申し訳ないと思い、言えなかった。
「じいちゃんは亡くなったよ……。三年前に」
楓は、俺の言葉に目を見開いた。
祖父は、病気で亡くなってしまったのだ。
母さんと父さんが使う部屋には、じいちゃんの仏壇がある。
家から出る前にあいさつするのを忘れていたな。
帰ったら楓と一緒にしよう。
「ごめん、軽率な発言だった」
「いいんだ、言わなかった俺も悪い」
楓は、哀愁が漂っている。
彼女はじいちゃんっ子であったのだろう。
「楓の世界のじいちゃんは?」
「生きているよ」
「じゃあ、もっと大切にしてあげなよ。いつ亡くなるか分からないから」
楓は静かに頷く。
自分の世界に思いを馳せているように見える。
また楓を早く帰さないといけない理由が増えたな。
近頃、楓を落ち込ませてばっかりだ。
これは俺の情けなさや駄目さが原因である。
明後日に行く予定の遊園地は、目一杯楽しんでもらえるように努めよう。
少しの沈黙があった。
「さて、これからどうする? あと四日もあるぞ」
ずっと家にいるのは味気ない。
明後日は予定があるとはいえ、明日と最終日は未定だ。
「いつものように予定、立てようぜ」
こんなことで、沈んでしまった気持ちが浮いてくるわけではないのは知っている。
でも、楽しい話をしていたら、次第に元の調子に戻ると思うのだ。
問題は一つだけある。
それは、田舎だから、面白そうな施設がないこと。
……ま、まあ、なんとかなるだろう。
「花火もう一回やりたい」
「じゃあ、あとで買ってくるか」
手持ちと、噴出どちらも入っている花火を買うことが決定。
その花火をいつやるかはあとで聞こう。
他になにがあるだろうか。
冬になると、イベントはたくさんあるんだけなぁ……。
施設がないなら、食べ物か。
「ここらへんで美味しい焼き肉屋あるの知ってる?」
焼肉というワードにつられてほしい。
その心配はいらなく、キラキラした目で俺を見てきた。
「知ってるよ、何回も行ったことあるもん」
「母さんと父さんに、夜食に提案してみようと思うんだけど……」
「いいね!」
食い気味で言ってきたな。
やっぱり楓は単純だなと思った。
「ばあちゃんのご飯も美味しいよな」
「わかる。あの美味しさの秘訣を知りたい」
料理か。
俺もある程度はできるけど、凝ったものは作れない。
夏休み期間中に母さんやばあちゃんに教えてもらうのもアリだな。
そんなこんなで、祖父母の家での予定を考えていたら、夏休みでやりたいことリストが増えてしまった。
話し終えたころには、夕暮れ時だった。
十話 完
十一話に続く
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