九話 旅先はなんとかなる精神で

夏休みも早いことに、お盆の時期がやってきた。

名鳥家では、お盆の時期になると、田舎にある祖父母の家に行く。

去年は行けなかったので、俺は久しぶりとなる。

楓も一緒に行くことになった。

両親が、一緒に行こうって、うるさかったからだ。

楓としては、家に居るって言っていたのだが、それは俺としても、少し寂しい。

ということで、荷造りをしているのだが、祖父母の家まで、五時間弱かかってしまう。

忘れ物を取りに帰ることができる距離ではない。

多少、バッグが大きくなっても、問題はないだろう。

「えーと、服と洗面用具と、財布があればなんとかなるだろ」

三泊四日で、祖父母の家で洗濯もできるとのこと。

ゆっくりゲームしている暇はなさそうなのでバッグには入れない。

想定よりもコンパクトになってしまった。

まあ、足りないものがあれば、現地で買えばいい。

……これで準備はバッチリだな。

おそらく荷造りしているであろう楓の様子を覗きに行ってみる。

扉が開きっぱなしだったので、そのまま部屋に入る。

関係がちょっと変わったからといって、接し方などが変わるわけではない。

「準備はできたか?」

楓はまだ準備をしているようだった。

持って行く物をリュックサックに入れているのだが……

「いや、リュック大きすぎだろ」

推定、俺の二倍ほどの大きさだ。

出会ったとき、俺にあれほど言っておいて、楓も同類じゃないか。

「服と洗面用具と財布を、入れただけなんだけどなぁ」

「普通そうはならないだろ」

今にもはち切れそうで、登山バッグのように見えてくる。

少しでもコンパクトにするため、俺も手伝うことにした。

結論から述べると、入れ方が雑なだけだった。

大雑把なところが、楓らしいと思う。

「あ、そうだ。見て、こんなの買ってみた」

楓はサイドテーブルから、ある物を持ってきた。

「じゃーん! インスタントカメラ」

パールホワイトの色合いがシンプルで好きだ。

「フィルムが二十枚しかないから、計画的に使わないとね」

「フィルムなら、普通に売っていると思うぞ」

「制限枚数があったら面白いでしょ」

どういう理屈か理解はできないけど、楽しそうならいい。

「また楓が彼女と勘違いされるかもな」

母さんと父さんがそういう反応をしたので、ばあちゃんもするのではないか。

「彼女って紹介してもいいんだよ?」

「余計な誤解を招きそうだから遠慮しておきます」

茶化すつもりで言ったのだが、楓から不意打ちを受けてしまった。

揶揄うのが目的なのか、本気なのか。

思えば、あの日から楓の距離感が近くなった気がする。

遠慮なく来るのだ。

ちょっと嬉しい気もするけど。


「予想してはいたけど、やっぱり混んでいるわね」

朝の六時から出発し、高速道路で向かっていたのだが、渋滞していた。

前の車が動く気配がまったくない。

「このままだと、着くのは四時頃になりそうだ」

時計を確認した父さんが苦笑する。

車の中は、思ったよりも退屈で、スマホゲームは容量を使ってしまう。

なので、話すことしかないのだが、なにを話せばいいのやら。

祖父母の話は、不謹慎になる場合があるので、あまり触れたくはない。

六時間という時間は、寝ていたらあっという間なのだが、話すとなるとネタが尽きてしまうだとう。

だからと言って、関係が悪化するわけではない。

無言でも心地がいいと思える関係が良いって言うし。

外の景色を眺めていたり、寝ていよう。

話題を思いついたら存分に話せばいい。

早速、目を瞑る。

昨夜は長い時間、寝ることができなかったのだ。

楽しみで眠れなかったとか、遠足の前日みたいな現象ではない。

楓の長話に付き合わされたのだ。

そして、途中で悠からもらったお土産で、コーヒーを淹れた。

これが美味しくて、つい飲んでしまった。

カフェインを摂取したので目が冴える。

結局寝ることができたのは、二時間程度。

完全なる自業自得。

ちなみに、話し終えた楓はすぐさま寝てしまった。

そんなこんなで、俺は夢の世界にもっと浸りたいのだ。

睡魔に身を委ね、意識の沼へ落ちていく。

その感覚が非常に心地いい。

祖父母の家に着くまで、この感覚が続けばいいのに……。

「おーい楓」

隣にいる楓に頬を突かれて、沼から引き上げられる。

もう少しで寝られるところだったのに。

楓は用があるのかもしれないが、寝ようとしている人を起こすのはどうかと思う。

「眠らせてよ。本当に……」

声を出すのも億劫である。

「暇だからしりとりでもしようよー」

子供かよ。

今の年頃で盛り上がれるだろうか。

『き』や『ぷ』で攻めるなど、戦法は基本みんな同じだろう。

そして単純作業になるだけ。

というか考えたら更に眠くなる。

「じゃあ指スマは?」

だから子供かって。

一年に一回か二回は、クラスで流行るイメージあるけども。

片手ずつの短期決戦は手に汗握るものがあるけどもさ。

「マジカルバナナでどう!」

もうツッコまない。

父さんと母さんを入れてやっても、車が動き出して、父さんは運転に集中してしまう。

「もしかして楓寝た?」

今は狸寝入りである。

何回も思っているが、俺は寝たいのだ。

遊びたいわけではない。

だが、徐々に睡魔が俺を置いて沼に沈んでいく。

……待ってくれ、まだ帰らないで、俺を置いて行かないでくれ。

目を瞑り続けても、寝られる気がしなくなった。

仕方ないので、閉じた目を開ける。

「寝てないじゃん!」

「違う、楓に起こされたんだよ」

睡魔は去っていくし、疲れは取れていないしで最悪だ。

なにをするにも気力がない。

「なっちゃん、楓が勝ったらなにかするってのはどう? それなら乗り気になるんじゃないかな」

おい母さん、息子を餌で釣れと言わないの。

「その方法いい! ありがとう母さん。楓、やろ!」

俺が負けても、デメリットはないということは、やらないという選択肢はない。

背伸びして、体の凝りをほぐす。

「その勝負乗った。なにするかは楓が決めてどうぞ」

さっきまでのパターンでいくと、子供がやるような遊びだ。

小学生の頃、そういう遊びでは負け知らずだった。

数年のブランクがあるとはいえ、負けることはないだろう。

「うーん、私は誰でしょうゲーム!」

質問をして、出題者が連想する人や生き物を当てるゲーム。

質問の回答は、はい、またはいいえのみ。

「ずっと質問出来たら面白くないから、十回までにしよう」

かなり難易度が上がってしまった。

でも、俺なら大丈夫だろう。

どんな確信があって言っているのかわからないけど。

「了解。受けて立つ」

「あ、そうだ。言い忘れていたけど、楓が負けたら、なっちゃんになにかしてあげなよ」

ちょっと待って母さん。

俺にデメリットがないと思ったから勝負に乗ったんだけど!?

ま、まあ当てればいいだけか。

「お題はそうだなぁ、オッケー決まった。質問してどうぞ」

まずはなにから質問しようか。

生きているものかを判断したほうがいいだろう。

「一、それは生物?」

「はい」

よし、当たりだ。

いいえだった場合、当てるのが難しいからよかった。

次はなにを質問するべきか……。

「二、それは人間?」

「いいえ」

人間ではないとしたら、範囲がかなり広くなった。

もっと範囲を狭める必要がある。

「三、それは虫か?」

「いいえ」

「四、それは飼うことができる?」

「いいえ」

連続でいいえか。

あと質問できるのは、六回。

余裕があるとはいえ、一回も無駄にはできない。

「五、それは実際に見たことがある?」

「うーん、いいえ?」

疑問形の回答だ。

これはいいヒントになる。

実際に見たことがあるにカウントしていいのか、難しかったのだろう。

「六、それは鳥類?」

「はい」

鳥類だと、かなり絞ることができる。

頭の中で、仮説を立てた。

雀やカラスだと、一度は見たことがあるから違うだろう。

キツツキや鳩、燕は即座に思いつくとは考えられない。

もしかしたらアレか……?

「七、鳥の名前は三文字以下?」

「いいえ」

数多の可能性が消えていく。

四文字以上で、楓が知っていそうな鳥は片手で数えられるくらい。

残りの質問は確認へと変えるために使う。

「八、その鳥は白い?」

「……!? はい」

この反応からして、俺の推理は当たりだ。

楓も理解したのだろう。

俺が答えにたどり着いたことを。

ウイニングランを飾ろう。

「九、その鳥の名前は五文字?」

「はい」

次の質問がはいの場合、チェックメイトだ。

「十、楓はそのぬいぐるみを持っている」

「……はい」

完全に俺の勝ちだ。

「答えは、シマエナガ?」

「正解だよ‼」

とても悔しそうで俺は悦に入る。

「そして、そのシマエナガがこちらです」

「持ってきたのかよ。邪魔になるだけだって」

バッグに入るスペースもあるわけがない。

ずっと手で持っていたとしても、疲れるだけだ。

「それあとで貸して。抱き枕にしたい」

「いいよー」

楓からシマエナガのぬいぐるみを受け取る。

さて、なにをお願いしようか。

今度こそ、寝たいから構わないでとお願いしよう。

でも肝心の眠気がどこにもないんだよな。

あまり鬼畜なお願いはしたくない。

餌が目の前にあるからといって、人の心は失っていないのだ。

そうだなぁ……あ、あれにしよう。

「なあ楓」

「な、なに」

警戒しないでほしい。少し心が痛む。

「一緒に遊園地行こう。楓も行ったことがあるだろ?」

「それでいいの?」

「楓には、料金を負担してもらうけど」

「それならいっか」

これが平和的解決というものだろう。

楓は俺の料金を負担するけど、遊園地を楽しめることができる。

久しぶりに行ってみたいという気持ちもあったのだ。

「楓、堂々とイチャつくね。もう二人がそんな関係だとは、お母さんは認めません」

「「そんな関係じゃない!」」

嘘はついていない。恋仲じゃないのだから。

イチャついている自覚がなかった。

無自覚の怖さを体感する。

「仲が良くてなによりだよ。ね、静香さん」

「もう父さんまで」

この一瞬の出来事だけで疲れてしまった。

またもう一眠りできそうだ。

「ねえ父さん、前の車動き出したよ」

なぜ楓は、車が動いただけで、ワクワクしているのだろうか。

祖父母の家が楽しみなのか、遊園地が楽しみなのか。

とりあえず寝よう。

俺は睡魔にまた意識の沼に引きずり込まれて、夢の世界へ落ちていくことができた。


                                  九話 完

                                 十話へ続く

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