六話 大切な思い出を切り取る写真

休憩を終え、辺りを歩きながら、気になる屋台を探し始めた。

俺はもう腹八分目なので、正直、なにも食べなくていい。

「ねえねえ見てあれ、いちご飴だって。食べてみようよ」

楓は遠くのフルーツ飴の屋台に指を差す。

「夏っぽいな。行ってみるか」

祭りといったら、りんご飴をイメージするが、その起源はわからない。

店の前に着くと、様々なフルーツ飴が並べられていた。

定番のりんご飴。さっき話していた、いちご飴。

そして、ぶどうとマスカット飴、パイン飴。

俺が思っているより、最近は種類が増えたみたいだ。

フルーツ飴くらいなら、食べられるな。

楓はいちご飴を、俺はパイン飴を買った。

どちらも、串に三個刺さっているので、値は張ったが、とても美味しそうだ。

食べ歩きをしながら、次になにをするかを考える。

とりあえず、飴を一口。

……美味い。

外の飴はそこまで硬くなく、パインは水分があまりない。

甘さと酸味のバランスがちょうどよい。

楓のいちご飴は、逆に水分があって、美味しそうだった。

夢中になって食べる。

こんなことなら、もう一個買っておけばよかったな。

戻るのは面倒くさいけど。

ドンッ……。

前を見ていなかったせいで、人と肩がぶつかってしまった。

「あ、すみません」

すぐさま、相手に謝罪を申し上げる。

「いえ、こちらこそ」

「結唯ちゃん久しぶり! 元気だった?」

お互いに謝って、去ろうと思ったとき、楓が食い気味に言う。

結唯ちゃん……。

ああ、楓の友達か。

楓が言うなら、この人が結唯さんということだろう。

ただし、楓のことは知らない結唯さんだが。

「え? 人違いではないでしょうか?」

結唯さんは困惑している様子だ。

楓のことを知らないから当然の反応。

「え、あ、すみません友達と間違えました」

楓も、自分の世界の結唯さんではないことを思い出した。

「全然ですよ。では」

そう微笑み、結唯さんは友達がいる方へ去っていく。

楓は少し落ち込んでいるみたいだ。

それはそうだ。

仲が良かった友達から、他人のような対応をされたら。

同情はするけど、どうにもできない。

「楓、大丈夫か?」

「うん、まあ」

返事が曖昧だ。

……これはかなり心に効いているな。

なにか言おうにも、気の利くことが言えない自分が悔しい。

「なんというかさ―――」

楓が紡ぐ言葉に耳を傾ける。

「上手く言葉にはできないけど、すごくもどかしいんだよね」

「仲間外れにされたみたいな感じ?」

「たぶんそう」

それで合っているのか。

なら、楓が結唯さんたちの仲間、友達に戻る方法はただ一つ。

「早く元の世界に帰る方法を探さないとな。友達と遊べないのは嫌だろ」

「私も改めて思ったよ。暑さとか言っている暇じゃない」

今まで、他人事のようだった楓が、決意を新たにする。

明日からでも探し始めよう。

今日はただ、目の前の祭りを楽しむ。

「とりあえず食べよう」

まったくフルーツ飴が食べ進んでいなかった。

次の屋台どうこう言う前に食べ終えることにする。


食べ終え、串を捨てたあと。

「つぎはなに食べる?」

「食べ物限定かよ」

さっきはデザートだから食べれたが、もう限界だ。

遊べる系がいい。

とは言っても、射的とくじはやった。

他に遊べる屋台はないような……。

「あ、そうだ」

「どうしたの?」

「祭りにきたら、毎回行ってたとこを忘れていた」

初めてこの祭りに来たときから、行っていたところ。

それは―――。

「輪投げだよ」

二百円で輪が三個もらえて、輪投げ棒に入ると、カゴの中の景品がもらえるという屋台だ。

「輪投げ?」

「行ってみたらわかるよ」

俺と楓は、輪投げの屋台があるところまで移動した。

「結構人がいるね」

輪投げといえば、子供の遊びのイメージがある。

でもこの屋台には、子供から大人までいた。

なぜ、ここまで賑わっているのかは、俺にもわからない。

考えられることは一つ。俺と狙いが一緒なんだろう。

「楓、俺が狙っているのはアレだよ」

俺は一番奥の輪投げ棒に指を差した。

「花火セット?」

「そう。毎回それを取って家族で花火をしていたんだ」

花火セットは二種類あった。

手持ち花火オンリーの袋。

手持ち花火と噴出花火が入っている袋。

もちろん俺が狙うのは後者の袋だ。

屋台の人に二百円払って輪を三つもらい、立ち位置に立つ。

そして、俺と楓は一斉に輪を投げる。

勢いよく投げたせいで、輪投げ棒を超えてしまった。

楓は、手前の景品に投げていた。

手前の景品は、お菓子がもらえる。

一緒に花火を取りたいと思ったが、楽しむのが一番だ。

それに、真ん中くらいに、小さい花火の袋がある。

二個目、三個目と投げていき、俺は花火を獲得することができなかった。

楓は、小さい花火の袋を取っていた。

また二百円払い、再挑戦する。

しかし、また取れずに終わった。

再挑戦。

今度は小さい花火の袋だけ取れた。

やっぱり大きい花火を取りたいので再挑戦。

二百円を払い続け、十回目の挑戦。

「今度こそ……」

俺は、九回の挑戦で、どう投げればいいかを把握した。

そのデータを活かして、必ず入れる!

輪投げ棒を見据えて、輪投げを投げる。

勢いよく舞って、輪投げ棒に引っ掛かって、入った。

「おめでとう! やっと取れたね」

愉快な屋台の人が言う。

「ありがとうございます」

ずっと見られていたのは、恥ずかしさを覚えるが、取れたという達成感で今はどうでもよかったのだ。

目当ての、花火の袋をもらう。

輪が二個余ったので、楓にあげることにする。

「はい、好きなのあったら取りな」

「じゃあ私も一番奥の花火を狙うかな」

楓が取ったものを受け取り、楓は輪を投げる。

そして……、

「おお! すごい!!」

一番奥に入った。

俺が、二千円かけて取ったのに……。

心が折れそうになる。

これが才能というやつなのだろうか。

楓は、屋台の人から手持ち花火の袋をもらう。

ま、まあ花火をたくさんできると考えよう。そう思わないとやってられない。

そして、三個目はお菓子を取った。

楓と俺は、景品をもらった袋に入れた。


満足したので、帰る事になった。

現在時刻は午後の三時。

まだまだ暑い。

歩いている最中に喉が渇いたので、コンビニに寄り、飲み物を買う。

この時期になると、コンビニにも花火が置いてある。

その中に、さっき俺と楓が取ったものもあった気がするが、値段を見てしまいそうなので、気のせいということにした。

買い物を済ませ、家へ帰宅。

荷物を各々の部屋に置き、花火はリビングに置いた。

「あら、また取ってきたのね」

「うん。今夜花火しよう」

「いいわよ~」

母さんからの了承を取れたので、一休みすることにした。

炎天下の中、歩いたりはしゃいだりして疲れたのだ。

自分の部屋に戻り、ベッドに横たわる。

明日から本格的に楓が元の世界に帰られるように考え、行動しなくてはならない。

情報がゼロでは、余計に時間がかかるだけだ。

参考までに、ネットで調べてみよう。

今までなぜ、そうしなかったのは甚だ疑問ではあるが。

けど、今は眠いので、起きたら。

……方法が書いてあったら苦労しないよな。

そして俺は、眠りについた。


起きると、辺りは暗くなっていた。

時計を見ると、ちょうど晩御飯の時間だ。

リビングへ行くとご飯が用意されていなかった。

「あれ、母さん。ご飯は?」

「その前に花火でしょ」

寝ぼけていて忘れていた。

俺はいつも、ご飯より花火をしていた。

もう楓は外で来るのを待っているらしい。

外に出ると、袋から取り出した花火を輝いた目で見ている。

母さんと父さんも外に出てきて、ろうそくを設置。

そして火を灯した。

「なにからやる?」

「なんでもいいよ。たくさんあるし」

祭りでたくさん取ってきたから、正直なんでもいい。

逆に取りすぎたなと、花火の総数を見て思う。

だいたい二百本くらいあるのではないだろうか。

「じゃあこれから。はい、楓の分」

「おう。サンキュー」

手持ち花火の先端に火をつける。

花火が、赤い光を出した。

楓の花火は緑の光。

久しぶりの花火は楽しいものだ。

暗闇の中に光る花火がとても美しい。

花火は一瞬で終わるから、写真に収めたい。

写真は一生だから。

スマホを取り出し、花火を楽しむ楓を撮る。

「おぉ……」

思ったより、綺麗に撮れた。

花火の相乗効果もあるだろうけど、楓がとても可愛い。

はしゃぐ姿が美しく、可愛かった。

奇跡の一枚というやつだろう。

「その写真、あとで私にも送って」

「嫌だ」

この写真は俺だけが持っていたい。

「えーなんで」

「すごくブレた」

「ならいいや」

誤魔化すことに成功した。単純で助かる。

背後から母さんがひょっこり顔を出し、

「楓も一緒に撮ってあげようか」

「いや俺はべつに」

「いいからいいから。ほら」

母さんにスマホを取られる。押されて、楓に近づく。

同時に、花火の光が消えてしまった。

「線香花火しよ!」

「どっちが長く続くか勝負だな」

俺と楓は同時に線香花火に火を灯して勝負が始まる。

勝負と言っても、そんなに気張っていない。

目の前の花火を楽しむ。ただそれだけ。

俺が微笑むと、スマホからシャッターの切る音がした。

あとで写真を確認するとして、線香花火だ。

小さいパチパチが綺麗だ。

ずっと見ていられる。

そう思った矢先、落ちてしまった。

「やった。私の勝ち。あ、落ちた!?」

「誤差だな。引き分けで手を打とう」

「なんで楓が偉そうなの」

誤差なもんは誤差だから仕方ない。俺はなにを言っているんだろ。


いろいろと手持ち花火を楽しんで、最後は噴出花火となった。

「やっぱり最後といえば、これだよね」

噴出花火の着火は、父さんに任せる。

「父さん、火傷に気をつけて」

「うん、ありがとね」

噴出花火は二つ。

最初に火をつけるのは、ドラゴン花火と言われる類のもの。

火をつけると、父さんは急いで、俺のほうに逃げてくる。

噴出花火から、白い光が噴き出す。

最初は高さが低い。

数秒もしないうちに、高さが三倍以上になり、とても高く噴き出す。

一瞬にして終わってしまった。

だが、その一瞬のインパクトが噴出花火の良いところでもある。

最後の花火は、七色に光る噴出花火だ。

七色に光るので、長そうだ。

また父さんに火をつけてもらう。

そして、また火をつけ、こっちに避難する。

最初の色は、赤色。

俺が最初にやった手持ち花火より、色が濃く感じる。

次に橙色。その次に黄色と虹の上からの順番。

花火を見ていた楓が横目に俺を見た。

「来年も花火したいね」

「ああ。いつかな」

来年に、楓がこの家にいるかわからないから、言葉を濁す。

元の世界に帰ってほしいという願いもある。もちろん悪い意味ではないが。

でも、この世界にいてほしいという気持ちもある。

なんで俺はそう思ったのだろう。

噴出花火を眺めながら、俺は自分の気持ちと向き合った。


                                  六話 完




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