五話 いくつになっても祭りはテンションが上がる

「そろそろ帰る方法を探さないか」

この世界に長くいたら、楓の世界の両親が心配するだろうし、なにが起こるかわかったものじゃない。

「今日は面倒くさいから明日ならいいよ」

「前はあんなに張り切っていたじゃないか。結唯ちゃんと遊びたいって」

「今日の気温見てないの? 三十一度だよ。北海道で滅多にないよ⁉」

普段、天気予報など気にしないタイプだから知らなかった。

今日はやけに早く起きたわけだ。

「暑い日だからこそ、外で楽しめることがあるんじゃないか」

「例えば?」

まったく乗り気ではない楓に提案をする。

「海やプールに行く」

「私水着持ってないよ」

即答された。

「買えばいい。金はあるだろ」

「残念ながら金欠なんだよね。課金で溶けちゃってさ」

楓が課金をするというイメージがなかったので、意外だ。

「自業自得。一体いくら課金したんだ」

「お小遣いの一割くらい」

両親からもらっているのは、二万円くらいだったはずなので……。

「全然使ってないじゃないか⁉」

「洋服とかにも使っているもん」

「それは母さんに買ってもらっていただろ」

「他になにか楽しそうなことないの」

……強引に話を変えたな。

清々しいほどに我儘な楓に呆れながら、夏らしいことを思い浮かべる。

バーベキューは急すぎるので準備などの関係で不可能。

水風船で遊ぶにしても後処理が面倒くさい。

自分から外でなにかしようとは言ったものの、俺はインドア派なのだ。

あまり疲れないことをしたい。

「ねえねえ、さっきネットに書いてあったんだけど、ここの近くで祭りやっているらしいよ」

「ふれあい広場周辺で行っている祭りね。たしかお菓子撒きとかもやっていたはず」

数年前まではお菓子を撒いていたのではなく、餅を撒いていた。

そして、撒いていて盛り上がっていたのは、子供ではなく大人だったのだ。

あの人に溢れている場所に行くのは勘弁だが、周辺には様々な屋台があるので、そこに行くことにしよう。

「楓の世界にはなにか撒いているのか?」

「実はそういう面白そうなイベントに参加したことないんだよ。行きたくても」

最後になにかわけがありそうなことを言われたような気がしたが、横に流す。

「それじゃあ行ってみるか」

「レッツゴー!」

楓はお菓子撒きに心が躍っていて、本当に子供のように見えた。


歩いて二十分でふれあい広場に着いた。

歩いただけで汗が出て、さらに会場の熱気でもう体が限界に思える。

楓はというと、首掛け扇風機を持ってきたらしく、暑そうなそぶりも見えない。

「その扇風機って涼しいの?」

「まったく涼しくない。風を感じないね」

それって、扇風機の意味はあるのかという野暮な疑問は置いておく。

よく見たら、楓も少量ではあるが汗が出ている。

「まずは冷たい飲み物を買いに行かない?」

「賛成~」

節約したい思考、悪く言えばケチなので自販機で安く買おうとした……のだが、

「すごい行列だな」

同じ考えの人たちが自販機に列を作っており、推定三十人以上はいるだろう。

「仕方ない。屋台の飲み物を買うか」

「私ラムネ飲みたい。夏と言えばラムネでしょ」

「ラムネってレモネードの聞き間違いなのにレモンの…………」

「はいはいわかったから行くよ」

適当に流された。

テンションを下げるようなことを言ってしまったのは反省すべきところではあるが、ラムネの味は……(以下略)

屋台でラムネを買ったはいいんだけど……、

「ラムネの栓を開けるの昔から苦手なんだよな」

中身がこぼれてしまうなどは可愛いものではない。

ビー玉が落ちずに栓だけが、なぜか取れてしまうのだ。

「私が開けてあげるよ」

「自分の分を開けたらよろしく頼むよ」

ラムネの栓を開けるのを諦め、俺より器用そうな楓に任せることにする。

「こぼれてきた⁉ どうしよう」

さてはこいつも苦手だな。

だが、俺よりはマシだ。飲む量が少し減るくらいは目を瞑ろう

「ほらティッシュあげるから拭きな」

「ありがとう」

こぼれてしまったせいで、濡れた場所を拭いた楓に俺のラムネも渡す。

栓を開けるのが苦手な人でも同じ失敗はしないだろう。

「またこぼれた⁉」

これがフラグ回収か。

「飲み終わったら手を洗いに行こうな」

「……賛成」


一難去って、屋台巡りを始めることにした。

最初に向かったのは、かき氷の屋台。

これも、夏っぽいからという理由だ。

「何味にする?」

手書きで書かれているシロップの種類を眺めながら問いかけた。

シロップは全部で四種類。

いちごとブルーハワイ、メロン、レモンのメジャーなシロップだ。

俺はレモンにしようかなと思っている。

「全部ってできるかな」

完全に小学生のような思考だが、嫌いではない。

「できるかどうかはわからないけど、店の人が困るからやめておけ」

「全部ですね。大丈夫ですよ」

店の人から大丈夫だというお言葉をいただいたので、レモン味と全部混ぜた味を注文した。

「どうぞ」

「「ありがとうございます」」

レモンのシロップがかかったかき氷は綺麗な蛍光に近い黄色だが、楓のかき氷は……。

「なにこの苔みたいな色」

「味が予想できないから面白そうだね」

なぜ未知のものに好奇心が持てるのか疑問だ。

到底同じ自分とは思いたくない。

レモンは、ほどよい酸味と氷の冷たさが、最高のマリアージュである。

「それどんな味なんだ?」

顔色一つも買えずに食べている楓だが、何回も食べたあとに首をひねった。

「わからないけどまずくはない」

どんな味かより想像できなくなった。

「食べてみる?」

「怖いけど食べてみたい」

楓からカップをもらい、一掬いして食べてみる。

一口だとわからないのでもう一口。

「どう?」

「たしかによく分からん」

ブルーハワイの味がしたと思ったらレモンの味がしてきてと、それがずっと続きよくわからない味になっている。

とりあえず言えることはただ一つ。

シロップをすべてかけることはおすすめしない。


その後も屋台巡りは続いた。

屋台の定番、チョコバナナやたこ焼き、焼きそばを堪能し、射的とくじの勝負をしていたら、例の時間になっていた。

ふれあい広場のステージの近くにはたくさんの子供が集まり、お菓子が撒かれるのをワクワクしている様子が見られる。

昔のように大人たちが、わんさかいるというわけでもなさそうだ。

すると、マイクを持ち、法被を着用している男性たちがステージ上に立った。

『一時になりましたので、お菓子撒きを始めたいと思います。どんどん拾ってください』

開始の宣言と同時にお菓子が空を舞う。

子供に当たっても怪我がないように、マシュマロやうめえ棒、麩菓子が投げられていた。

「楓、見て見てこっちに飛んできてるよ」

「おう頑張って取れよ」

お菓子撒きには興味がないので、楓の付き添いだ。

子供に振り回される親の気持ちはこんな感じなのかな。

「私じゃなくて楓が取るんだよ」

「嫌だよ楓でも取れるだろ」

「飛んでくるものってなんか怖いでしょ」

たぶん彼女が言っているのは、ソフトボールやドッチボールなどの、球技に重ねているのだろう。

「乙女かよ」

「乙女だよ。これでも立派な一人の女性だよ」

楓が言うと、どういても説得力がなぁ……。

「あれ取ればいいのか?」

「そう。見えないけどあれ」

遠くから飛んでくるお菓子をタイミングよくキャッチをする。

「ほら」

俺が掴んだお菓子は、マシュマロだった。

中にチョコが入っているものだ。

「ナイスキャッチ。ありがと」

一つでも取れたので楓も満足だろう。

その後たくさんのお菓子が撒かれたが、結局俺たちが取れたのはマシュマロだけだった。


「一つでも取れたなら、いいんじゃないか」

「それもそうだね。次はどこの屋台行く?」

「まだ食べるのかよ」

「お腹空いているんだから仕方ないでしょ」

屋台巡りを再開しているのだが、俺はもう腹がいっぱいでお菓子撒きもしたから、もう帰りたい。

とにかく暑い。帰って涼しい部屋でアイスを食べたい。

とりあえず、そこら辺を歩きながら考えようとした瞬間だった。

「ママ、一つも取れなかった」

涙目になりながら親にしがみついている子供がいた。

考えなくても状況は理解できる。

お菓子撒きで、一つも取れなかったのだろう。

投げる位置と、どこに飛んでいくかは、完全にランダムなので仕方はないと思うしかない。

でも駄々をこねるのも子供の仕事の一つだろう。

その親がどうしようもできないのは同情する。

すると、楓がその子供に近づく。

「ねえ僕、はいこれ。あげる」

楓はしゃがみ、子供と目線を合わせ、話しかける。

子供はゆっくりと振り向き、マシュマロを見ると、泣くのを止め笑顔になった。

「いいのか、楓」

「いいんだよ。本当に食べたいなら買えばいいから」

たしかに楓の目的はお菓子撒きに参加すること。

でも俺には言葉の節々に楓の優しさを感じた。

……本当に同じ俺とは思えないな。

マシュマロを渡して、親子は去って行く。

「お姉ちゃんありがとう。ばいばい!」

子供は楓に手を振り、楓も振り返して見送る。

「改めて、屋台巡りを始めよう!」

気分が良さそうな楓と一緒に歩き始めた。

「暑いから飲み物買わないか」

「いいねー。私、体にピースなジュース飲みたい」

キンキンに冷えた飲み物を買い、一休みすることにした。

 

                              六話へ続く……。

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