四話 やっぱり朝が最強なだけ

就寝の準備を終え、寝ようとしていいると、扉が勢いよく開いた。

「私、毎朝ランニングしようと思う」

楓だ。

突然すぎて、わけがわからない。

すると、楓は俺のベッドに腰を掛ける。

「それでさ、そう思った理由なんだけど」

「誰も聞いてないんだが」

俺の言葉をスルーし、話を続けた。

「夏休みって家にいることが多いから、体力が落ちるんだよね。だからランニング」

「いいんじゃないかな。俺はやらないけど」

早起きもできるので、生活リズムの整った健康的な生活ができるので良いと思う。

「なに言ってるの。楓もやるよ」

「なんで俺も巻き込まれなくちゃいけないんだ!?」

「運動不足を解消するには絶好の機会でしょ」

たしかに合ってはいるのだが、早朝に起きるのは辛いものがある。

俺は朝に弱い。いや、朝が強すぎるのだ。

夏の早朝は、ちょうどいい気温に涼しい風と、ランニングにはもってこいなのはわかる。

だが、寝起きで走るとなると気分が乗らないのだ。

でも運動不足は解消したい。

願望と言い訳が頭の中に浮かぶ。

自分の思いを集約して、一つの結論に至る。

「一日だけ。一日だけやってみる」

人生、なんでも試さないとわからないことが多い。

一度やってみて、ダメだったらやめたり、諦めたらいいし、いいなと感じたら継続すればいい。

「決まりだね。じゃあ明日の六時に起こして」

……そこは自分で起きろよ。


翌日、六時にセットした目覚まし時計のアラーム音で起き、完全には覚醒していない状態で、楓の部屋へと行く。

三回ノックして、楓の部屋に入ると、寝相が悪い楓の姿があった。

身体の向きが真逆になっており、布団がずれ落ちている。

ここまで酷いと、一周面白く思う。

「おーい、朝だぞ。起きろ」

「……」

声をかけても反応がない。

次に肩をトントンと叩いて起こしてみる。

またもや、反応がない。

カーテンを全開にして、部屋の明るさで起こす作戦を実行した。

「……」

寝返りを打って、窓に背中を向けた。

……起きる気ないだろ。

俺よりも朝に弱いじゃないか。

楓の顔をじっと見つめる。

「えいっ」

俺は楓の鼻をつまんだ。息ができなくなり、息苦しさで起きるという方法だ。

すると、徐々に楓の顔は赤くなっていく。

「…………!?」

目を開けて、勢いよく起き上がる。

「おはよう」

「おはよう……?」

寝起きだからか、状況を理解していない。

そして、自分の体が真逆になっていることに驚いている。

布団がどこへ行ったかを首を何度も振っていた。

反応から見るに、毎日こんな感じではなさそうだ。

「なぜ起こされたか、わからないのか?」

「なんで楓が私の部屋にいるの」

呂律が回っていなく、聞こえづらい。

「ランニング。するんだろ」

「あと五分だけ寝させて」

布団を拾って、また寝ようとする。

それを勢いよく引っぺがす。

「さっさと起きろ」


二人ともジャージに着替えて、準備運動を始める。

涼しくも、肌寒く感じる風に眠気を飛ばされた。

「どのルートで走る?」

「とりあえず、ぐるっと大きく回るかな。あとは気分」

中学校が近くにあるので、そこで曲がるつもりなのだろう。

準備運動を終え、少し遅いペースで走っていく。

こういう持久走のときは、誰かと、しりとりする余裕があると好ましいらしい。

中学生のときに読んだ記憶がある。

しりとり変わりに雑談をすれば同じだろう。

「楓って、もしかしなくても寝相悪いの?」

その言葉に動揺する様子を楓は見せる。

「今日はたまたまだから!」

いつもああいう感じなのだろう。分かりやすすぎる。

「身体の向きが逆になっている人初めて見たわ」

「もう、恥ずかしいからやめてよ」

面白いので、茶化しがいがある。

その後も楽しく喋りながら走っていく。

しかし、長時間走っていると、体力がなくなっていくので、段々とペースが遅くなった。

「歩かせて……」

「まあ、楓にしては頑張った方じゃない?」

上から目線で言われたが、それについて言及する元気など、もう持ち合わせていない。

楓は、俺がついて来れているか、振り返りながら歩いている。

その時だった。

赤信号なのに、楓は渡ろうとしていた。

完全に彼女の不注意だ。

更に最悪なことに、車が走ってきている。

死角ではないので、気づくことができたのは唯一の救いだ。

ただ、息が切れていて、声がうまく出せない。

声を出すより、呼吸を優先してしまう。

伝えることができなくても、足は動かすことができる。

最後の力を振り絞り、全力で駆けだす。

「いいね。まだ走れるじゃん」

「ア”アアァァァ!!」

呻き声に近い声で叫びながら走る。

傍から見たら関わらない方がいい人に見えるが、こうでもしないと、今は全力を出すことができない。

楓との距離を縮め、手を伸ばせば届きそうだ。

あと少し。もう少しなんだ。

頼む。間に合ってくれ……!

そして俺は、楓の手を掴み、引っ張る。

楓は体勢を崩す。

俺が下敷きとなることで、大きな怪我は避けられたと思う。

目の前に車が通り過ぎる。

「危かった。間一髪だった……」

「私、赤信号なのに渡ろうとしてたんだ」

自分が、あと少しで轢かれそうになったことを理解したのだろう。

言葉の端々が震えているのがよくわかる。

俺は手を差し伸べて、楓はゆっくりと立った。

足も微かに震えている。

「これから気をつけてくれ。本当に頼むから」

「うん。ごめん……」

あのまま、俺が気づかずに歩いていたらと思ったらと考えたくもない。

とりあえず、事故に合わなくてよかった。

おそらく、楓は少しの間立ち直れないだろう。

立ち直れるように、俺もしっかりしないと。

「ほら、帰るぞ。歩けるか」

「ちょっと無理かも」

しゃがんで、おんぶの受け入れ態勢をつくる。

なにも言わず、俺に乗る。

立ち上がり、俺はゆっくりと歩き出した。


また翌日、俺はランニングをするために早起きしたはいいが、昨日のこともあるので、一人で行こうとする。

一日だけとは言ったものの、昨日のようなことがあったら、もっと体力をつけなければと思う。

行く前に、部屋のドアをそっと開けて、様子を見る。

心配をしていたのも束の間、楓はぐっすりと寝ていた。

起こすのも悪いだろう。

ゆっくりと、ドアを閉じてランニングへと行った。


家に帰り、自分の部屋へ行くと、楓がいた。

「おかえり」

「た、ただいま」

なぜ俺の部屋にいるのか。漫画を読んでいるわけでも、ゲームをしているわけでもない。

ただ、ベッドに座っているだけ。

すると、楓は口を開く。

「ランニングするのやめようと思う」

儚い声で言われる。

思ったより、傷は深かったみたいだ。

「昨日のことか?」

「うん。起きられないから」

「……え?」

「だから、起きれられないんだって」

俺の心配は一瞬にて、杞憂で終わった。

それなら、さっきの消え入りそうな声はいったいなんだったのか。

「楓は続けるみたいだし。頑張って」

無責任にもほどがある。

「昨日の事故になりそうだったことは……?」

「もちろん反省はしてるよ。でも、思い詰めたりはしないかな」

俺が思うより、心が強いみたいだ。

いや、開き直っているだけでは……?

辞めるのも、判断も早くて、心底呆れる。

「よし、じっくりと話し合おうか」

「なんで!?」

一時間を超える話し合いの結果、楓もランニングを継続することに決定した。


                                  四話 完









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