三話 現実逃避は逃げじゃない

夏休みの計画を決めた翌日、楓の衣服を買いに行ったのはいいが、帰る方法を探す

のをすっかり忘れていた。

言い訳をすると、忘れていたわけではない。

いろいろと忙しかったのだ。

そして楓が、家に住んでから一週間が経った。

「なあ、楓」

「ん? 今いいところなんだけど」

楓はミステリー漫画を読んでいる。

俺の部屋で。

「お前いつも俺の部屋にいるよな」

ボーっとしているときも、勉強しているときも、漫画を読んでいるときいつも楓が部屋にいる。

勉強のときは、わからないことが多いので、助かっているのだが。

「一人だと暇だからね」

「信用してくれてるのは嬉しいけど、少しは警戒心を持てよ。これでも思春期だぞ」

いくら楓が俺でも異性だ。

いつ俺が楓に対して恋心を持つかわからない。

「楓がヘタレなのは知っているから」

「否定できない自分が恨めしいよ」

冗談のつもりで言ったのに……。

「ねえ、なにか忘れている気がするんだけど」

「自分のキャラ?」

出会ったころと比べて、誠実さが薄れていっていると思う。

「これだけはハッキリと言えるけど、絶対に違う」

「じゃあ気のせいだろ。課題だってちゃんとやっているだろ」

楓は、夏休みの課題があるそうだ。

つまり、課題が俺にもあるということ。

ただし、肝心の内容を知らない。

……なんとかなるだろ。

「暇だから結唯ちゃんと遊ぼうかな」

結唯という名前には聞き覚えがある。

おそらく自己紹介のときだから、同じクラスだったのだろう。

「この世界ではお前のこと知っている人なんていないぞ」

「そうじゃん。私の世界に帰る方法を探さないと」

「だから当の本人が忘れるな」

先が思いやられるというか、本当に帰れるのか甚だ疑問だ。

「帰る方法を探しに行くよ」

「心当たりがあるのか?」

「わからない。考えるより行動だよ」

「考えてから行動しなきゃいけないときもあるの」

薄々勘づいてはいたけど、実はポンコツだな。

楓は俺のベッドに飛び込み、枕に顔を埋めてジタバタしている。

到底同じ自分だとは思いたくない行動だ。

呆れているとスマホから電話が鳴った。

俺に電話をかけてくる人物なんて、だいたい見当が付く。

「もしもし悠? 久しぶり」

『おっす楓。元気しているみたいだな』

「おかげさまでな」

悠は中学からの付き合いの友達だ。

高一のころは同じクラスだったけど、今年からは違うクラスである。

『それでな。楓の家に映画に誘おうと家を訪ねたんだけど、留守みたいでな』

「当日言わないで事前に連絡してくれ」

『映画を見たい気分になったから』

相変わらず、フットワークが軽い。

「なんだそれ。留守の件だったな。今は諸事情で実家にいるんだよ」

『ふーん。とりあえず生きているみたいでよかったわ。それで映画に行けるか?』

「人を勝手に殺すな。どういう系の映画を観るつもり?」

『ほら、前話しただろ』

「そういえば言っていたな。了解。現地集合でいい?」

『オッケー。またあとで』

「ちょっといいか……。あ、切られた」

楓も連れて行っていいか一応、聞きたかったんだけどな……。

なにも言わず、内緒で行くことにしよう。

お出かけ用のショルダーバッグを持ち、部屋を出ていこうとした。

「どこに行くの」

楓に声をかけられ、足を止めた。

「少し散歩にと思って」

「私も行く」

これからどうやって誤魔化そうか。

すごい骨が折れそうだ。

「漫画、いいところなんだろ。すぐ帰って来るしいいよ」

「さっき読み終わった」

ページがまだまだあっただろ。

「散歩だぞ? 暇つぶしにもならないぞ」

「だって嘘ついているときの顔しているし。本当はどこに行くの」

俺って嘘ついているときに顔に出てしまっているのか。

どんな顔をしているのか気になる。

仕方ないから白状するしかない。

「映画に行くんだよ。友達と」

「ほらやっぱり嘘ついていた。私も行く」

……言うと思った。

だから言いたくなかったんだよ。

「なんの映画観るの?」

「ミステリー系」

「面白そうじゃん。絶対に私も行く」

あーもう面倒くさい。連れて行くことにしよう。

悠には言ってないけど、大丈夫か。

「わかった。そんなところに寝転がってないで早く準備をしろ」

「言われなくてもわかってるよ」

「あと悠には楓のことは従妹だと説明するよ。めんどくさいから」

「都合がいいしね」

そんなこんなで、映画に楓が同行することが決まった。


俺と楓は、電車を使い移動した。

以前のように俺負担、ではなく、母さんから小遣いをもらったので、今回は違う。

おかげさまで、懐が寂しくならなくて嬉しい。

映画館内に入り、悠を探しながら雑談をする。

「ミステリー系って具体的にはなんの映画なの?」

「楓がさっき読んでいた漫画の実写だよ」

「実写かぁ。実写はあまり良い印象は無いかな」

同感ではあるが、百聞は一見に如かず。

先入観だけだと、楽しめないだろう。

「一応、評価は高い方だぞ。ネタバレを踏みそうだから、詳しくは見てないけど」

「評価はあてにならないことが……」

「これ以上は敵をつくりそうだからやめておこうか」

数多の逆鱗に触れてしまうのは避けたい。

現地集合と言っても人が多いので、探すのは一苦労である。

電話で場所を聞くのが早い。

「もしもし悠、着いたけど、どこにいる?」

「俺、悠さん。今お前の後ろにいるの」

恐る恐る後ろを振り向くと、明るい茶髪で、身長が俺よりも高い青年がいた。

こいつが悠だ。

「いつから後ろにいた」

「映画館に入ったくらい」

「よくバレなかったな。足音で気づくと思うが」

「なーんかお前が女の子を連れて楽しく話していたからな」

やっぱり会話もすべて聞かれていたか。

あの会話の内容からして、楽しそうに聞こえるのはおかしい。

「で、女の子と一緒にいる理由は?」

「この子は従妹だよ。映画に行くって言ったら、一緒に行きたいってうるさくて」

「この子言うな。同い年でしょ。てかうるさくしてないし」

「はいはい、そうだな」

長々とツッコまれると返すのに困る。

ツッコみはもっと簡潔にしてほしい。

「私、間違ったこと言ってないけど⁉」

「仲が良いんだね」

俺たちの会話を聞き、苦笑をする悠。

「この子も一緒に映画観ていいか?」

「人数が多いほど楽しいからな。大歓迎」

「子ども扱いされているのはいただけないけど」

楓の発言はとりあえず置いておく。

そして、悠の人柄の良さにいつも助かっている。

「従妹ちゃんがもし、楓の彼女だったら、どうしてやろうかと……」

「怖いこと言うなよ。安心しろ、家族は恋愛対象じゃない」

冗談なのはわかっているけど、冗談か判断しづらい。

「それもそうだな。よし、行くか」

チケットを買い、映画を鑑賞する。

もちろん、ポップコーンとドリンクも買って。


「予想以上に怖かった。な、従妹ちゃん」

「原作の世界観を上手く落とし込めていて、面白かったですね」

俺たちは鑑賞後、フードコートで遅めの昼食をとりながら、映画の感想を語っていた。

劇場内は観客席がほぼ満席でどれだけ人気かを物語っていた。

違和感のないCGが臨場感を増し、演者さんの演技も最高だった。

「わけもわからず人が次々と亡くなっていくところは、伏線が張り巡らされすぎて見つけるのが大変だったな」

「結構わかりやすかったですけどね」

「マジか。犯人のトリックも意外だったね」

「まさか、私たちにもできそうな簡単な方法だったとは」

「楓にするんじゃないよ」

だから冗談だとしても怖いからやめてくれ。

「するわけないですよ。たぶん。それはそうとして楓、大丈夫?」

楓と悠の向かい側には疲れ切っている俺の姿があった。

死んだ魚の目をしていて、心ここにあらずという状態。

「……怖かった」

ミステリー作品のはずなのに、ホラーだった。

「漫画は大丈夫なのに映像は無理なんだね」

「やかましい」

楓の言葉に俺の心を抉る。

「言い返すくらいの元気があるならよし」

「悠、お前結構辛辣だな」

その後も悠と楓は感想を語ったりしていたら、気づけば一時間近くが経過していた。

ちなみに俺はというと、アイスを食べたら元気になった。

……我ながら、単純というかなんというか。

「もうこんな時間か。悠、どうする?」

「悪い、四時から用事があるわ」

「わかった。じゃあ解散しますか。楓、行くぞ」

何個目かわからないアイスを食べている楓に言い、荷物を持って立ち上がる。

「楓? 従妹ちゃんの名前ね。同じなんて珍しいな」

やっぱりみんな、そのような反応をするんだな。

「呼び方はなんでもいいぞ」

「従妹ちゃんは従妹ちゃんのままでいいかなぁ」

その呼び方気に入ったのかな。

「あと一つだけ、いや二つだけ」

「食いすぎだ。腹も壊すだろうし、いくら使うんだよ」

「まだお金には余裕があるから」

そういう問題ではない。

「じゃあ、置いていくぞ。帰り方わかるだろ?」

しょうがないなと文句を呟きながら楓は支度をする。

……こういうところが子供っぽいんだよな。


帰り道、俺と悠は他愛ない話を繰り広げていた。

楓はというと、眠たいという理由で俺が現在おんぶをしている。

一瞬だけ落としてやろうかなと考えたが、危険だからしない。

「急に誘ったりして悪かったな」

「いいよ楽しかったから。それに楓も楽しそうだったし。誘ってくれてありがとう」

「たしかに。お前の気の抜けた顔は傑作だったな」

高笑いする悠。

……なにも面白くないが?

しばらくして悠は、真剣な顔になる。

「新学期になっても高校に来る気はないのか」

「今のところはないかな」

「一年のときに、あんなことをされたらそうだよな。すまん。今日のお前が少し変わって見えたからさ」

視点が下がり、心に黒い靄がかかる。蓋をしていたはずの記憶が顔を出す。

「変わった、……ね。俺は俺のままだよ、今までもこれからも」

この話はまだ楓にはできない。

君は俺だから、その光景がすぐに浮かんでしまうと思うから。

耐え切れないと思うから。

悠は気にかけてくれるけど、なにも言わず、基本そっとしてくれる。

本当にいいやつで、最高の友達だよ。


駅で悠と別れることになった。

楓はまだ眠ったままだ。

「それじゃあ、また」

「おう、そしてさっき思い出したんだけど、はいこれ」

悠のバッグからでてきたものは予想外のものだった。

「なにこれ。小説でも書いたのか」

「現実逃避をするな。表紙に書いてるだろ、課題って」

「……これは提出しなくて大丈夫なやつ?」

「これを出さなかったら留年に王手がかかるかも。だってよ」

課題って言ったって、高校二年生の内容は、ほぼわからない。

誰かに教えてもらうしかないだろう。

「な、なあ悠。来週に勉強会でもしないか」

「来週は一週間海外に家族で旅行に行くから無理」

去年のように、ハワイにでも行くのだろうか。

「その来週は……?」

「気が向いたらなー」

「ちょっとまて嘘だろ⁉」


場所は変わり、俺の部屋。

楓はベッドに座り、俺はその目の前で正座をしていた。

「課題にまだ手をつけていなかったから、手伝ってほしいと?」

「マジでお願いします」

悠に頼れないなら、藁にも縋る思いで、楓に頼るしかない。

「私の勉強時間が少なくなるから嫌だ」

「そこをなんとか頼む」

夏休み終了まで残り三週間。

俺一人だけの知識と力では終わらない。

「しょうがない、今度アイス奢りね」

「ありがとう。このお礼は近々する」

アイスなら安価で済むし、ありがたい限りだ。

「それにしても、進捗ゼロって恥じた方がいいよ」

「いきなり辛辣だな」

楓はベッドから立ち上がり、机の上に置いてある課題に目を通していく。

「私の課題とほぼ同じだから、教えられるところが多いと思う」

「写させてもらうというのは……」

「甘えない。ごちゃごちゃ言わずやる」

楓に教えてもらいながら、課題を解いていき、毎日各教科二ページずつやることにした。

これを毎日コツコツとやっていけば、十日後に終わるはず。

勉強を教えている楓は、いつもの怠惰な楓とは違い、真面目だった。

俺も楓に見習わないとな。

                     

                      三話 現実逃避は逃げじゃない 完

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