二話 夏休みはなぜかワクワクする

翌日、俺は楓に呼ばれて、楓の部屋に訪ねた。

部屋に行くと、ホワイトボードを持っている楓がベッドに座っていた。

「やっと来た。まあ、そこに座りなよ」

言われるがままに、サイドテーブル近くの丸椅子に腰かける。

「あ、そうだ。テーブルの上にある麦茶とクッキー、一緒に食べよう」

サイドテーブルには、氷が入って冷えている麦茶と、市販のクッキーがお盆皿に置かれていた。

「了解。わざわざ部屋に呼び出して、どうしたんだ?」

部屋で足りないものがあったら、朝食のときに言えばいい。

両親に言えないことでもあるのだろうか。

「どうしたもこうしたもないよ。今日から夏休みだよ」

「それはそうなんだけど、それが?」

「夏休みは計画的に。やりたいことリストつくろう!」

そういうことか。

俺たち高校生は、夏休みが終わればテストがある。

勉強と遊びを両立しないといけない。

遊び過ぎて、勉強が疎かになってしまうと、テストで点が取れなくて、最悪留年だ。

逆も然りで、勉強をずっとしていたら、内容が皆無な夏休みになってしまう。

「やることリストはいいけど、俺は行き当たりばったりの方が好きかな」

「そう言って勉強しないつもりでしょ。課題も出ているのに」

「……ノーコメントで」

勉強はいつだってやる気が出ない。

課題とならば尚更だ。

「ということだから、やりたいことリストつくろう! なにしたい?」

「お前はなにも考えてなかったのかよ。てか、ホワイトボードどこから持ってきた」

「さっき買ってきた」

行動が早いところは尊敬できる。

ただ、それ以外が無計画で残念になってしまっている。

「夏っぽいことか……」

パッと思いつくものは、いろいろとあるが、全部できるわけではない。

「お祭りに行こう。近くでやるはずだから」

「いいねー。お祭りの後に花火をやるのもいいよね」

思いついたことを、ホワイトボードに書いていく。

「海とかもあるな。近くに海はないけど」

「水着買うのも面倒くさいから、海はいいかな」

そういえば、俺も水着を持っていないな。

そもそも俺、泳げなかったわ。

「ま、まあ気が変わるかもしれないから、一応書いておこう」

本当に行くとしたら、こう発言した自分を恨む。

自分で設置した地雷を、自分で踏むバカだ。

「スイカ食べたくない? キンキンに冷えたやつ」

「それいい! スイカ割りも楽しめるな」

スイカ割りは人生で一回もやったことがないので、少し憧れがあった。

「スイカ割りは却下」

「え、なんで?」

楓なら、スイカ割りも夏っぽいよねとか言って、やると思った。

真面目な顔をして、俺を見てくる。

「そのまま食べたい」

「食い意地かよ」

かなりシンプルな理由だった。

真面目な顔をしてくるから、深いわけがあると思うじゃないか。

「食い意地で思い出したけど、屋台でたくさん食べたい」

「あーはいはい、ご自由にどうぞ」

その後も楓に振り回されながら、やりたいことリストを完成させた。

楓が「これやりたい」って言うのを、見守っていただけな気がするが。

「ついに完成!」

「よかったな。それで勉強に関してなにも決めてないが」

やりたいことリストは、すべて遊ぶことについてだ。

俺から言うのは嫌だが、勉強もある程度しなくてはいけない。

「そんなの書かなくてもいいよ。毎日やるから」

「ちょっと待て、考え直せ。毎日勉強だったら、やりたいことリスト全部できないぞ」

やりたいことリストは建前で、俺が毎日やりたくないだけだ。

さすがに、勉強のことを考えなくていい日がほしい。

「じゃあ、月曜日から金曜日の週五日にする」

なんとか説得に成功した。

「そういえば、関係ない話だけど、ホワイトボードとかを買ったのは、自腹か?」

高校生なら、財布を持っていてもおかしくはない。

持っていないのなら、お金はどうしたのか気になっただけだ。

「楓の財布からちょっとね」

「なんで俺の財布から⁉ 母さんや父さんに言えばよかっただろ」

部屋に戻って、財布を見る。

……千円ない。

「楓、財布持ってないのか?」

「ちょうど昨日、財布を家に忘れちゃって」

「なら仕方ないか、ってならないよ」

断りもせずやるのは窃盗だ。

楓は恐縮しているように見えるから、これ以上は言及しない。

「お金については、母さんと父さんに相談しような」

楓はなにも言わず、静かに頷く。

完全に楓がブルーになっている。目が泳いでもいる。

カモミールティーをずっと飲んでいて、逆に心配だ。

鎮静効果があるとはいえ、大量に飲んでも効果は重複しない。

反省の色が見えるならいいだろう。

もちろん、今回だけだが。

「まあ、なんだ。暑いからアイスでも買いに行くか?」

「……行く」

自分で叱って自分で慰めるようなことをして、俺はなにがしたいんだ。


道中、俺と平常運転に戻った楓は他愛ない会話をしていた。

「俺が言うのはデリカシーがないと思うけど、服大きくないか?」

楓が着ているのは母さんのだ。

母さんのサイズと、楓のサイズが合っていないのでぶかぶかで、いろいろと危ない。

「大丈夫だって、ほらこうやって工夫すれば」

楓は上着を結び、ズボンはベルトをしていた。

「おぉ……」

思わず感嘆の声が出てしまった。

工夫一つでオシャレに昇華できるとは。

でも俺がやるとダサそうだ。楓だからオシャレに思えるのだろう。

「でも、自分の服はあった方がいいから、明日にでも買いに行こう」

「そうだね。あ、あれ見て」

楓が見ているのは、なんの変哲もない公園だ。

「公園の遊具が、私の世界と少し違う」

世界が違うと少なからず、相違点があるものだと実感する。

それが嘘か誠か置いておいて。

「どの遊具が違うんだ?」

「ブランコとか滑り台は変わらないけど、シーソーが私の世界では鉄棒になっているかな」

「鉄棒か。どうして変わったんだろうな」

「いや、最初がどっちだったか、わからないでしょ」

「それもそうだな」

くだらないことで笑える。

そんな関係を、俺は築いていきたい。

「ねえ楓、私の世界と違うところをもっと探そうよ」

「了解。帰りにアイスな」

段々小走りになっていく楓を追いかける。

なぜ小走りになったかは、わからないけど。


帰り道、アイスを食べながら歩いていた。

そしてあることを思い出した。

「楓が元の世界に帰る方法を探さないといけなくないか」

夏休みに勉強を頑張っても、試験を受けられなかったら意味がない。

「そうだ。夏休みに浮かれてて忘れてた」

……本人が忘れたら一番ダメだろ。

「でもどうやって探すかなんだよな」

「どうやって帰れるかわからないしねぇ」

特定の場所に行く必要があるのか。はたまた何か物が必要なのか。

「とりあえず明日、いや明後日。どこかに行ってみよう」

「例えば?」

「学校とか? 昨日の行動を思い出したら、なにか手がかりが掴めるかも」

楓はアイスを銜えているので、声は出せないが、手で親指を立てている。

今年の夏休みは、去年よりも忙しくて、とても楽しそうだ。


俺と楓は、赤く染まった太陽を背に家へと帰った。


                    二話 夏休みはなぜかワクワクする 完

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