第五章 - 敗北 -
負けた。
ソウは、そう言った。
「追っ手に、俺たちは勝てなかった。それで味方の上位存在は、別のサーバーを用意して俺たちを退避させた」
退避できたのは、残った人口の更に0.01パーセント未満。
さらに退避先のサーバーは元のサーバーよりも、相当に低い
「だが、良い面もある」
ソウが言い、頬を歪めた。相変わらずの自嘲的な笑み。もっと他の笑い方をしたらどうだと、朱美は何故か腹立たしく思った。
港の両端を
陽炎から逃れた二人は橋長が約800メートルあるという、その橋の丁度中央にバイクを止めていた。夜景が美しい。
だが、朱美は違和感に気付いていた。気付いてしまっていた。橋の左右、街の風景が丁度合わせ鏡のように同じなのだ。
つまり
理解したくなかった。それはソウの言葉が真実だと見せつけられることだから。
「ひとつは、場所が限定されたことにより、奴等を迎撃しやすくなったこと」
朱美の思いなど知らない、とばかりにソウが話を続ける。
「あとはサーバー自体の性能が低くなった為、奴等の能力も落ちたことだ。奴等はサーバーの
ルールに則り、お行儀の良いことだ、とソウが皮肉る。
それよりも、朱美はこの世界にもう800人しか人間がいないという事実をどう受け止めれば良いか戸惑っていた。
人間。果たして自分たちは人間といえるのか。
落ち着け、落ち着け。
そう自分に言い聞かせる。
「
「俺たちの知っているコンピュータの知識がそのまま当てはまるものじゃないが、少し違うようだな。
あの黒い陽炎には記憶なんて必要ない。見つけ、浸食し、消滅させるのみだから。
聞けば聞くほど、暗澹とした気分になってくるが、そこで新たな疑問が沸いてくる。
「質問、いいですか?」
「もう散々しているじゃないか。知ってる範囲なら答える」
「なんで、私たちは襲われていないんですか。あんなの今まで見たことない」
「やつらが狙ってるのがこの世界の防護壁。つまり俺」
ソウが言葉を切る。朱美から目を逸らす。
「俺だけだから」
どうして。どうしてソウはそんなに切ない顔をしているのだろう。
「前は、他にもいたんですか?」
「前か。ああ、そうだな。いたさ。俺より余程」
ソウは何かに気付いたように言葉を止めた。舌打ちする。
「そんなことより、他に質問はないのか」
機嫌を損ねたらしい。朱美もそれ以上追及する気はない。
「私に話しちゃっていいんですか? 明日になったら皆に言ってしまうかもしれませんよ」
とんでもない話だが、外に出れない街や両親のことを話せば、その違和感に気付くだろう。
だが、ソウは動じない。そんなことかと何でもない風である。
「それは」
ソウが口を開きかけた時、道路から黒い陽炎が染み出してきた。
「また来たか。奴等も気付いたようだな」
何を、と聞こうとして鼻先を風がかすめる。鈴の音が、響いた。
陽炎から伸びてきた槍のような穂先を、ソウの剣鈴が薙ぎ払ったのだ。
「お前は、誰にも話せないよ」
忘れちまうんだから。そう、ソウは言った。
どういう意味だと聞こうとして、身体が浮き上がる。
ソウが、朱美の腰を持ち上げたのだ。腕を密着されて一瞬、どきりとする。
が、小脇に抱えられた。荷物のように。
気持が覚める。
「ちょっと」
「舌噛むなよ」
ソウが駆け出した。橋の外、海の方に。
言う間もなく、飛び降りる。
朱美の絶叫が木霊した。
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