第四章 - 疾走 -
首が痛い。
初動の余りの速さに、頭がのけぞった。
「心の準備も出来てなかったのに」
「乙女みたいなこといってるんじゃない」
乙女だよ。花も恥じらう女子高生だよ。
そんなことを思えるあたり、まだ余裕があるらしいと、朱美は自省した。
いや、急な状況の変化に救われたのか。
あのまま静かに話を続けていたら、精神がどうにかなっていたかもしれない。
「さて、歴史の授業を続けるか」
風が痛いほどの速度で走っているのに、ソウの声は明瞭に聞こえる。ヘルメットにイヤホンでも仕込まれているのか、これもオブジェクト操作───仮想空間である証左なのか。
「俺たちを生き残らせようとした方の上位存在は、サーバーのひとつを盗んだ。それで生き残ったのが、0.1パーセント程度。当時の人口が約80億人」
生き残ったのは800万人。79億9200万人以上が消滅した。
背後から影が伸びてきた。オートバイよりも速く。信じられないスピードだが、空気抵抗を受けてないのか、音も、風でなびいている様子もない。
一閃。そして鈴の音。
ソウの左手には剣鈴が握られていた。
柄の尻に結ばれた七色の帯が風に舞っていた。
「鈴の音」
「なんだ」
「今、鈴の音がしていない」
これだけ激しい風になぶられているのだ。鈴も激しく揺れているが、音はしない。鳴っていない。
「これは特別だ。奴等を祓う時以外、音はしない」
ソウが剣鈴を仕舞い、ハンドルを握る。バイクが加速し、朱美が再びのけぞった。
「サーバーを盗まれた方の上位存在も、そのままって訳じゃなかった。追っ手を放った」
それがあの黒い陽炎ということか。
「貴方みたいな人、他にもいるの?」
「信じるのか?」
驚いたような、ソウの声がヘルメット内に響く。やはり何かイヤホンのような通信機器が仕込まれているのかもしれない。
「あんなの見せられちゃ、信じるしかないじゃない」
「何かの手品かもしれないとか、思わないのか」
「思わない」
ソウの溜息が聞こえた。
「色々と反論を用意したんだけどな。他の国や街へ行ったことがあるかとか、両親のこととか」
「だからこそよ」
朱美自身が省みる。外国どころか、他の都道府県へ遊びに行ったこともない。両親はいない。大半の生徒は、親が何らかの事情で亡くなっているか、他所に住んでいて独り暮らしをしていた。
この街のショッピングモールは充実しているし、娯楽施設だって整っている。だから他所の街へ行く必要もなかった。
「他の都市はもうないの?」
「ないな」
だから外に行かなかった。いや、行けなかったのだ。
それにしても、何故外に行こうとも思わなかったのか。
「何か洗脳とか、催眠とか受けているの?」
「そうだな。データは一部、上書きされている。だけど所詮、上書きだ。こうして指摘されれば、気付けてしまう」
全員がその状態なのだ。誰も指摘しなかったから、気付かなかった。
「800万人って、どれくらいだっけ」
朱美がつぶやいた。
社会の授業を思い出す。たしか東京が1,400万人。神奈川県が920万人で大阪府が880万人程度だったはずだ。
「となると、今のこの世界の人口って大阪府よりも少ないんだ」
数字で考えると実感する。背筋が冷えた。
「何言っている」
だが、ソウは訂正した。
「今の世界の住人は、800人だけだ」
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