2. 二次元しか愛せない俺に三次元美少女との青春が過ごせるわけ……ない
「そして、無力な先輩で、本当に申し訳なかった」
「やめてくださいよ、憬先輩。俺は、自分のしたいことをしただけなんですから」
そもそも、先輩が物語を生み出すことを薦めてくれなかったら、いまの俺はなかった。
頭の中の世界を好き勝手に表現していたら、いつの間にか読者がついて、その人達のために書き続けたいと思うようになっていた。
作家病という熱病に、罹患しただけなんだ。
一種の病気を、学校は功績と認識してくれた。
その結果部屋を取り戻せた。
ただ、それだけのことだ。
「でも、悔いは残っています。結局俺は、ヒロイン全員を勝たせることができませんでした」
負けヒロインをこの手で生み出してしまった。
誰も負けない、全員が報われる物語を目指して書き始めたというのに。
初志貫徹、できなかったのだ。
「本当に、宏慈はどこまで優しいな」
「推しが負ける苦しみを、嫌ってほど味わってきただけですよ」
「でも、信念を曲げてくれたのは、私達のためだろう? ならそれだって、優しさじゃないか」
自分がそんな大層な人間じゃないことは、俺自身が一番よく知っている。
でも、どこまでも優しい先輩が俺を肯定してくれるのは、とても心地が良かった。
「いつか必ず、ヒロイン全員が報われる、愛と幸せで満ち溢れた物語を書いてみせます」
「うん。その意気だよ、宏慈」
「……でも、いまの編集者が相手だと、俺の理想の話は書けないかもしれないので……憬先輩、いつの日か頼みますよ」
「頼むって、何をだ?」
「俺の創作理念を一番よく知っている憬先輩が俺の編集者になってくれれば、やっと書きたい話を好きなように書けるじゃないですか」
一瞬目を丸くした先輩が、徐々に表情を崩していき、照れくさそうに笑った。
「あと、憬先輩が編集になったら、俺のイラスト担当は色芸さんにしてください」
「え?」
「だって、今回俺の本を担当する絵師さんって……」
文句があるわけではない。
そんな贅沢なことを言える立場でないのは十分理解している。
十代さんの方針上、イラストレーターも一〇代の若い子を積極的に起用していた。
俺の担当もそうだ。現役高校生で、今回がデビューとなる女の子。
何枚かイラストを見せてもらったが、すごくうまいと思った。
将来性を感じさせた。
……だけど、俺はもう、色芸の絵を見てしまった。
色芸の絵と、今回の担当絵師の絵では、明らかに格が違っていた。
「色芸さんは、描くなら漫画じゃないのか?」
「イラストだって練習すれば描けるでしょ。だって、色芸絵描なんですから」
「まあそうだな。色芸さんなら、絶対描けるようになるな」
ふひっと、二人してほくそ笑んだ。
「……そういうのは、わたしのいないところで言ってくれませんか」
不機嫌そうに、しかしまんざらでもなさげな顔をして、色芸は抗議の声をあげた。
「じゃあ、将来は三人で本を作るか!」
「本を作るのって、死ぬほど大変みたいですよ。ていうか、現在進行形で大変です」
「望むところだよ。私は本にここまで育ててもらったんだから。今度は自分の手で本を作って、次世代のオタク達を育ててやらないとな!」
十代さんからの受け売りの脅しを、先輩は快活に笑い飛ばした。
「――すみません、妻館先輩。映画まで、まだ時間ありますか?」
「ん? ああ、あと三〇分くらいはある」
「でしたら……あれ、食べませんか?」
色芸は公園の端にあるプレハブの店舗を指差す。
その看板には【クレープ】と書かれていた。
「水納くんに桃水をあげてしまったので、少々糖分不足なんです」
「おおー、いいな! よし、行こうか宏慈!」
「嫌です絶対無理ですほんと勘弁してください」
ふざけるなよ。
クレープ屋とか、タピオカ屋と並んでパリピがたむろする店じゃないか。
俺みたいな根暗陰キャオタク野郎がチョコバナナクレープなんて注文しようものなら、嫌がらせで卵巻き味噌きゅうりとか提供されそう。
……それはそれでおいしそうだな。
「そうか、やはりまだ無理か……」
少し残念そうな表情を見せた先輩だったが、すぐに理解を示すと、
「じゃあ、宏慈の分も買ってくるから。そこで待っているんだ」
「え? いや俺のは別に……」
「いいから! 食べるくらいならできるだろう!」
「わたしも真姫さんに教えてもらったのだけれど、クレープっておいしいわよ、水納くん」
鬼童! 色芸に余計な知識を植え付けるのはやめろ!
先輩は色芸の肩に両手を乗せ、電車ごっこをするようにクレープ屋へと歩いていった。
クレープなんて甘ったるい食べ物、昨日までの俺だったら絶対に口にしたくなかっただろう。
……けれど、俺はさっき知ってしまった。
桃水と、いちごオレを飲んだときに気付いてしまった。
甘いものも、存外、口に合うのだと。
それに。
どうせ三本目の青春群像劇のオリジナルアニメ映画を見たあと、俺の心は渋い気持ちで満たされることになるのだ。
こんな予想は立てたくないが、作中で俺が一番好きになったヒロインは、きっと間違いなく負けることになる。
敗北の味を、俺と共に噛み締めることになる。
ならばいっそ、苦々しい思いをする前に、甘味を味わい尽くしておくのも悪い手ではない。
推しが負ける心痛に比べたら、陽キャの食べ物を食むことなど、苦痛でもなんでもない。
「……ま、いいか。……あの二人となら」
腑抜けたことを呟きながら、俺は上空を見上げる。
どこまでも広がる初夏の青が、瞳に眩しく映った。
先輩と色芸がベンチへと戻ってくる。
女子力満開の笑顔を浮かべて、両手に抱えきれないほどのクレープを持って、俺の元へと帰ってくる。
二人から差し出されたクレープの数々を、俺は押し負けるようにして受け取った。
了
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