おまけ
「妻館先輩、水納くんのことで一つ、お尋ねしても構いませんか?」
クレープ屋に並ぶ列の中で、絵描が憬に問うた。
「ん、なんだ?」
「水納くんは、『負けヒロイン』がいない物語を目指して、小説を書き始めたんですよね?」
「ああ。宏慈が好きになったヒロインは、いつも主人公に選ばれることはなかったからな……」
憬は過去一年間の部活動を回想する。
推しが負けて嘆き悲しみ、怒りの声をあげる後輩の顔が浮かんできた。
彼も難儀な運命を背負ったものだ、と同情の吐息を漏らした。
「負けヒロインを、生み出したくない……」
「まったく、愛と優しさでできてるような男だよな?」
「そうですね。……であれば、わたし、ちょっと疑問というか、考えたことがあるのですが」
意味深な言葉を口にした絵描に、首を傾げる憬。
「たとえばの話ですが、水納くんが女性から告白されたとして――それも、二人の女性から同時に告白されたとして、負けヒロインを生み出したくないという信念を持つ彼は、一体どんな返事をすると思いますか?」
「は……はあああああ!?」
とんでもないたとえ話を耳にした憬は、驚愕の叫び声をあげた。
列に並んでいる人間達から視線を向けられ、はっと口元を手で押さえる。
「な、なにを言ってるんだ色芸さん!」
「妻館先輩は気になりませんか? 水納くん自身がヒロインを選ばなければいけなくなったら、どういう答えを出すのか。本人に聞いてみたくないですか?」
「そ、そんな酷なこと、宏慈には今回だけで十分だろう!」
小説家としてデビューするため、宏慈は自らの手で負けヒロインを生み出すことを編集者から強いられたのだ。
彼がどんな気持ちでラストシーンを改稿したのか、憬には痛いほど伝わってきていた。
「ええ。ですから、わたしはこう思うんです。水納くんであれば、きっと――告白してきた両方の女の子を選んでしまうんじゃないかって」
とんでもない推測を立てた絵描に、憬は目を瞬かせる。
「どうでしょう? 妻館先輩は、やっぱり水納くんでも負けヒロインを生み出してしまうと思いますか?」
「そ、そんなの……私にわかるわけがないだろう」
「希望でもいいですよ」
回答を促す絵描に、憬はしばらくの間口をぱくぱくと動かすだけだったが、やがて発声する。
「…………確かに宏慈なら……そういう答えを出してしまうのかも……しれない」
「ああ見えて、優しい男の子ですからね」
ふわりと柔らかな笑みを浮かべた絵描。
そして、二人でベンチに座る宏慈を見やった。
人込みにもまれてグロッキー状態だった少年は、桃水といちごオレの効果で随分と回復しているようだった。
きっと今日一日、元気に最後まで付き合ってくれるだろう。
「――そういうわけですから、妻館先輩。有事の際は、ぜひ歩調を合わせていきましょうね」
「ゆ、有事の際ってなんだ!?」
真っ赤な顔で突っ込みを入れる憬。
絵描はふふっと小さな微笑みを返す。
新しい居場所で、新しい関係の人達と過ごす休日が、絵描は楽しくて仕方がなかった。
「さあ、妻館先輩。二人で水納くんを糖分づけにしてあげましょう」
「……ああ、とびっきり甘いヤツでな」
決意を固めながら、二人はクレープ屋の店主に注文を送り始めた。
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