6.愛い夢を

 いきなり何を言い出すんだこの人。

 とりあえず、尻を押さえておいたほうがいいか?


「春雷ノベルズは、若い子の発掘に力を入れてるの! とりわけワタシの場合、一〇代という可能性の塊、ダイヤの原石を見つけ出すのが生き甲斐でね! 坊やもその一人というわけだよ!」

「ダイヤの原石……俺が?」


 身に余るお言葉に、思わず耳を疑う。

 そんな大層な評価をされた経験など一度もなかった。


「結構大変なんだよー? タマゴの投稿者情報非公開にしてる人も結構いるし、一〇代になってるのに、声掛けてみたら実は五〇代のおっさんだったとかさー」


 俺は投稿者情報を公開している。

 年齢も正直に登録した。

 十代さんはそこから俺が一〇代だと目を付け、自身のポリシーに従って書籍化のオファーをしてきたということか。


「どうしてそんなに、一〇代の人間にこだわっているんですか?」

「だって、いまの時代って、一〇代の子が第一線で活躍する時代じゃない?」


 さも当然といった口調で、十代さんは指を折りながら数えていく。


「サッカー、卓球、フィギュアスケート、将棋、プログラミング、声優、社長。一〇代の子が色んな業界でどんどん出てきて、しかも着実に結果を残してる」


 俺の脳裏に、テレビや新聞が持て囃す若人達の顔が次々と浮かんだ。


「もはや一〇代は『将来に向けてお勉強する』って段階じゃないところまできてるんだよ! 若手とは二〇代のこと、もうそんな時代は終わったの! 小説家だってそう! 一〇代のうちから何かをなさないと!」


 折った指でそのまま拳を握り、十代さんは熱弁をふるう。


「ワタシは、多少の粗に目を瞑ってでも若い子の作品を出版する。それを春雷ノベルズのレーベルカラーにしたいと思ってるの。一〇代で本を出したという経験が、後世の大作家を生む、ワタシはそう思うんだよね!」

「経験……ですか」

「そゆこと! 一〇代で、とりあえず小説として成立している文章を一〇万字書き上げた坊やには、是非とも一度書籍化を経験してもらって、無限の未来への糧にしてほしいんだよ!」


 頬を紅潮させ、瞳に夢を映しながら、理想語りは続く。


「作家病という熱病に罹患してほしい! 次から次へと物語を生み出したくてたまらない、誰かに読んでもらいたくてしょうがない、そんな人間に、一〇代のうちになってもらいたいんだ!」

「……春雷ノベルズの作家さんは、全員そうなったんですか?」


 十代さんが語る壮大なるビジョンの結末を問う。

 夢見る編集者は、にこっと笑って、「ううん、全然」とあっさり答えた。


「一〇代で出版したからって、小説家として輝かしい未来が約束されるわけじゃない。事実、ウチでデビューしても、二冊目を出せた子はほとんどいない。書かなくなるんだよね、みんな」

「……どうしてですか?」

「色々あるけど、一冊出して満足しちゃうか、全然売れなくて挫折しちゃうか、小説家って職業に夢を持ち過ぎていたってケースかな。本を出すのって、すごーく大変だからね」


 彼が俺に送ってきたメッセージと正反対の言葉が耳に入ってくる。

【楽しい】って書いてたのに。


「いつも心折れそうになるよ。可能性を感じて、熱意を伝えて、『やります!』ってキラキラした目で言ってくれた子が、半年後には干からびた目で『もういいです』って言われるんだもん」

「……それでも、考えは変わらないんですね」

「当ったり前だよ! ワタシの信念だからね! 坊やは、生き残ってくれよ!」


 半年後の自分がどうなっているのか、作家病とやらに罹れているのか、全く想像はできない。

 それでも、いまこの瞬間だけは間違いなく、俺は本を出したいと願っていた。


「あー、あと『直すのが嫌』って子もいたなー」

「直すのが嫌?」

「うん、一文字もいじりたくないって。あ、じゃあせっかくだからこの話からしようか」


 十代さんは紙の束の一つを俺の前へと置いた。


「これ、坊やの作品。縦書きで印刷すると、一気に本らしくなるでしょ?」


 手に取ってぺらぺらと数枚眺めてみる。

 内容は投稿したものと全く一緒。

 なのに、横書きで表示されていた文章が縦書きに変わっただけで、一気にそれっぽさが増したような気がした。


「坊や、歳いくつだっけ?」

「一六歳、高二です」

「一六! 愛いねー! ほんと、一六にしてはよく書けてるよ! それくらいの歳の子が小説を書こうって思うと、大体パターンが決まってるからねぇ。まず、ほとんどの子は物語を最後まで書けない」


 うっ、と俺は喉を締め付けられる。

 まさに去年、そのパターンを経験していた。


「いくらウチが若い子重視といっても、一〇万字書けない子にはオファーできないからねぇ。 あ、一〇万字っていうのは、小説一冊の文章量の目安ね!」


 なるほど。

 だからあんなに『目指せ一〇万字』って俺に意識させるような感想をくれたのか。


 その他にも、日本語として稚拙過ぎる文章だとか、逆に難しい言い回しを使い過ぎて読んでいて頭が痛くなる文章だとか、そもそも小説として成立しておらずポエムや設定の羅列になってしまっているなど、一〇代の作品でも書籍化の打診には至らない例を教えてくれた。


「それさえクリアできてれば、あとは何か一つ光るものを感じれば、ワタシはオファー出すよ」

「俺にも、何かを感じてくれたんですか?」

「もちろん! 坊やは、ラブコメがうまい! ていうか、ちゃんとラブコメを書いてる!」

「ちゃんと、書いてる?」

「いっぱいあるんだよー? ジャンルはラブコメですって言ってるのに、主人公とヒロインがいつまで経ってもラブコメしない作品。まあ、これは一〇代に限った話じゃないけどね」


 きっと作者が恥ずかしがってるんだろーなー、と十代さんは愚痴をこぼした。


 そうなのか。

 俺が評価されたのは、ラブコメの部分だったのか。


 特にラブコメ描写を意識していたつもりはない。

 自分が生み出したヒロイン達に、素敵な青春と甘酸っぱい恋路をいっぱい経験させてあげたいと、その一心で昨日まで書いてきた。


 ラブコメは俺自身大好きだ。

 サブ研の活動中、先輩と一緒にたくさんのラブコメ漫画やアニメを見て、その都度二人で悶えてきた。

 その経験が、多少は活きているのかもしれない。


「いやー、一八日間愛い思いをさせてもらったよ! 一読者として、ありがとう!」

「いえそんな、恐縮です。……あ、でも、俺が投稿したのは全部で一七回ですよ」

「ああ、違うんだ。最初の一回はタマゴじゃなくてね」


 妙な含み笑いをしながら、十代さんは訊いてきた。


「坊や、タマゴで連載を始める前日、ピクベルにホーリーの、サイの二次創作を投稿したでしょ?」


 ……え? なんでこの人、そのことまで知ってるんだ?


「ユーザー名がタマゴと一緒だったからねー。《ゆいま~る》って、坊やでしょ? 違った?」

「そ、そうです」

「でしょ! いやー、あれすごかったよねぇ! 一週間くらいデイリー一位じゃなかった? ワタシも偶然趣味で読ませてもらったんだけど、愛いかったよ~!」


 なんと、あの二次創作を十代さんまで読んでいたという。

 本当にバズッてたんだな、あれ。


「やっぱり坊やはラブコメがうまいよ! 一次でも二次でも! そこ、武器にしていこう!」

「は、はい、ありがとうございます」

「うん。で、ここからが本題なんだけど」


 十代さんは紙の束を指で摘み、


「出版するにあたって、ヒロイン達の恋路に決着をつけるよう、改稿してほしいんだ」


 紙の下のほうを開きながら、至極平坦な声音で、そんな指示を口にした。

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