5.発芽

 陽が落ちて、一九時過ぎ。

 指定された飯田橋のとある喫茶店で、俺は十代という自称編集者と対面した。

 第一印象として、目の前に座る人物の性別を見分けることができなかった。


 身長は俺より上なのだが、成人男性にしては声が高い。

 かといって胸の膨らみはなく、身体つきからは女性と断定できず。

 でもまつ毛は長くて、美形と呼べる顔立ちだった。

 服装はスラックスに白シャツで、ネクタイはしていない。


「いやー、遅くなってごめんね! はいこれ、ワタシの名刺」


 彼(?)から差し出されたものを、俺は会釈しながら受け取る。


「んーいいねー! その、ビジネスマナーなんて全く知らねーって感じの受け取り方、まさしく一〇代だね! いよ愛いよー!」


 極力丁寧に受け取ったつもりなのに、マナー違反を指摘されてしまった。

 どこが悪かったっていうんだよ、細かいな。

 やっぱり三次元の社会ルールとか面倒くさいわ。


 名刺を確認すると、【初芽社 春雷ノベルズ編集部 十代志抱としろしほう】と書いてあった。

 フルネームからもイマイチ男性なのか女性なのかわからないな……。


「坊やのハンドルネームはもちろん知ってるけど、一応本名も教えてもらえる?」

「水納宏慈です」

「水納くんね! 今日は連絡くれてありがとう! じゃあ早速、これからの話といこうか!」


 そう言って、十代さんは黒いビジネスバッグからノートパソコンや筆記用具、紙の束を取り出し、どさっとテーブルに並べていった。


 ペーパーレス化が叫ばれるこのデジタル時代にそんな量の紙持ち歩いてんのかよ、と一瞬思ったが、その紙の山はよく見ると、俺がタマゴに投稿したものを縦書きにレイアウトし直してプリントアウトしたものだった。


「……話の前に、確認してもいいですか」

「んー? 何?」

「これって、その、詐欺とか……じゃないですよね?」


 おそるおそる投げかけた俺の疑問に、


「ははは! 詐欺師が『実はこれ詐欺なんです』なんて言うわけないでしょ!」


 十代さんはけらけらと肩を揺らす。


「そ、それはそうですけど」

「詐欺かもしれないと思ったのなら、坊やはなんで連絡してきてくれたの?」


 逆に質問され、一瞬言い淀んだ。


 背景は、色々ある。

 サブ研のこと。

 先輩のこと。

 色芸のこと。

 俺の決意のこと。


 だけど、一から全てをこの初対面の人に打ち明けるのも気が引けた。

 この場にいるのは俺だけ。

 なら、語るのは俺のことだけでいい。


「……本を出して……小説家になりたいと、思ったから……です」


 改めて口に出すと、猛烈な羞恥心が全身を襲った。

「小説家になってやる」と、数多くの教師陣の前で大々的に宣言してしまったのだ。


 ……何をイキッてたんだ俺は。

 もしかしたら生徒も教員室にいたかもしれないのに。

 やだ、マジで恥ずかしい。

 もう学校行きたくない。この世から消えてなくなりたい。


「はっはー! いいじゃん、そんな恥ずかしがらなくたって! 素晴らしい夢じゃないの! やっぱり一〇代の子はそれくらいでないとね! 愛い愛い!」


 頬が熱くなってしまった俺を、十代さんは愉快そうに笑い、肯定してくれた。


「あれだけ応援したのに、小説家志望じゃない子だったら、ワタシも投資損だからね!」

「投資?」

「そう! 坊やの作品は、数ある応募作の中から新人賞を勝ち抜いて世に出そうってわけじゃない。ワタシが個人的に、見込みがありそうだと思って打診したものだからね!」


 見込みがありそう、という評価に、俺の胸は高鳴った。


「にしても詐欺かぁー! 春雷ノベルズ、知らない? まー知らないよねぇ!」

「あの、すみません……」

「いーのいーの! よっぽどコアなラノベファンじゃなきゃ読まないしね!」


 十代さんはバッグに手を入れ、中から本を何冊か取り出す。


「これ、ウチが出してるヤツ。あげるから、よかったら読んでみて!」

「あ、ありがとうございます」


 受け取った本の表紙を見てみると、どれも聞いたことのないタイトルだった。

 だが、その装丁はいかにもラノベ的な仕上がりで。

 高校生くらいの少年と、可愛いヒロインの姿が描かれていた。


 どうやら春雷ノベルズというのは実在するようだ。

 書籍化の話も、真実味が帯びてきた。


「ねえ、どうしてワタシが、今回坊やの作品にオファーしたと思う?」

「え? えっと、先程見込みがありそうだからと」

「もちろんそれは大前提。それに加えて、これはとても重要なことなんだけど……」


 人差し指を立て、十代さんはキリッと表情を引き締めた。


「ワタシね、ショタコンでロリコンなんだ!」


 ……は?

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