第6章 二か三か

1.創部届

「……パワーストーン、研究会……?」

「そうだ。先週だったか、同好会申請されてな。昨日認可されたから、お前らが放課後に好き勝手使っている部屋を部室として割り当てることになった」


 ごちゃごちゃした机から一枚の紙を取り出した部活動総合顧問の男性教諭・貝口かいぐちは、俺に手渡してきた。

【創部届】と印刷されたその紙には、【パワーストーン研究会】と書き込まれている。


「メンバーは必要人数の三人揃っている。書類に不備もない。活動内容も健全。何の問題もなく認可された。だから、同好会ですらないお前達には、部屋を明け渡してもらう。わかったか?」


 俺は黙秘する。

 いきなりそんなことを言われても、「はいそうですか」なんて言えない。 

 昨日まで一年以上、誰にもなんの文句も言われずに、あの部屋を使ってきたんだ。


「ですから! 先生は使っていいと仰ったでしょう! 同好会とは認めない、部費も一切支給しない代わりに、日陰で静かに活動している分には黙認すると!」


 先輩が再び主張を繰り広げるが、もはや貝口の考えは変わらないようだった。


「そりゃ去年までの話だ。今年になって、新しい部や同好会が設立されれば、当然そいつらの活動場所を割り振ってやらにゃーならん。運が悪かったと思って、諦めるんだな」

「運!? 運で私達の高校生活は変わってくるのですか!?」

「あースマン、言い方が悪かった。お前ら、サブカルチャー研修会はもうとっくに廃部になっているんだ。たまたま文化部部室棟の部屋が空いてたから使わせてやったが、本来そこはもうお前らの居場所じゃない。部屋を使うべき生徒に返すんだ」


 貝口はぴしゃりと言い切り、


「そうだ、部屋の掃除はしてもらわんとな。ほら、鍵だ。さっさと終わらせろよ」


 ぽいっと、先輩の胸に部屋の鍵を放り投げた。


「……私達は、今後どう活動したらいいのですか」

「どう、って言われてもなあ。お前ら、あそこで毎日漫画読んでるだけだろ? ンなもん、家で好きに読みゃーいいんじゃねえか」

「……私と水納の、二人で過ごす大切な時間です」

「じゃあ二人で漫画喫茶でも行けよ。ていうか妻館、お前もう三年生だろ。受験生なんだぞ? 漫画が好きなことまでは否定せんが、いったん封印して、勉強に身を入れたらどうだ?」


 貝口は話題の矛先を変え、先輩の受験の話を切り出した。


「私の成績は、先生もご存じでしょう」

「ああ、素晴らしいな。余裕で学年一位。模試でも、全科目で全国トップ二〇に入っている。遊び惚けながらこの成績なんだから、すごいと思うぞ」

「遊び惚けてなどいません。家では、きちんと勉強しています」

「偉い! なら、今年一年はもっと頑張ろう! 我々教師陣も、妻館には期待しているんだ」


 貝口はいやらしく笑いながら、身勝手な期待を先輩に押し付ける。

 高校の評判のため、進学実績を作るため、学年一位の先輩をとことん利用しようとする。


「妻館は編集者になりたいんだろう? それならやはり、大学は一つでも上のランクを目指したほうがいい。現状に満足せず、もっと勉強するんだ」

「……私の進路と、部屋の件は、全く関係のないことでは」

「だからさあ! 漫画はいったん置いとけって! 人生で一番大事な一年なんだぞ!」


 声を大にする貝口を見て、俺はなんとなく察しがついた。

 創部の申請があったことはもちろん無関係ではない。

 が、それ以上に、学校側は先輩の成績のことを気にしているんだ。


 毎日漫画やアニメで遊び惚けている(ように見える)先輩からそれらを取り上げれば、先輩は勉学に専念し、この高校の代表として、難関大学に送り込むことができるだろうと。


 そうであれば、この話は先輩を主体に異議を唱えても埒が明かない。

 先輩がいくら部屋を使い続けたいと言っても、学校側に彼女を自由にする意思がないのだから。


 ならば、視点を俺に変えるしかない。

 俺があの部屋を離れたくないと、活動を続けさせてほしいと頼まなければ、活路が開くことはない。

 もう、俺しかいないんだ。


「……どうしたら、継続使用させてもらえるんですか?」


 パワーなんたらの創部届の紙を返しながら、俺は貝口に問うた。


「俺はまだ受験生じゃないです。まだあの部屋で漫画を読んでいたいです」

「だから、家で好きに読めと言っているだろう」


 同じことしか言えんのかこいつは。

 そんなの、全ての部活動に対してのブーメランだぞ。


「なら、パワーストーンとやらも同じじゃないですか?」

「なんだと?」

「何する同好会なのか知りませんけど、要するに石ころ愛好家の集いでしょ? それって学校でやる必要あります? ていうか、なんか宗教じみてません? この高校宗教系でしたっけ?」


 屁理屈なんていくらでもこねられる。

 俺は別に、教師に対していい顔する必要なんてないからな。

 優等生でも何でもない。内申点とかクソ食らえ。

 てか、学校なんて爆発しろ。


 ……だけど、俺と先輩の居場所だけは奪わせるものか。

 俺の、学内唯一の安寧の地を。


 そして、いまではそこにもう一人、時間を共有する同士ができたんだ。

 絶対に守り切ってみせるぞ。

 この、手のひらクルクル二枚舌野郎から。


「――君ぃ! 石ころとは聞き捨てなりませんねぇ!」


 さらに畳みかけようとした俺の背後から、聞き慣れぬ声が聞こえた。

 振り返ると、三人の眼鏡をかけた男子生徒が俺のことを睨んでいた。


「パワーストーンは単なる石ころではない! ときに人間を夢へと導き、ときに幸福を与え、ときに癒し、ときに占い、ときに厄災から守ってくれる、いわば人類の友なのです!」

「……えーと、あんた達は?」

「パワーストーン同好会会長の石田いしだです!」

「副会長の石崎いしざきです」

「一年の伊志嶺いしみねです」


 ……あっそう。

 いや、そこまできたら三人ともで統一してほしかったよ。

 めんどくせーから三人合わせて石田三成って呼ぼう。


 突如現れた石田三成は、俺達を押しのけ、貝口の前に立った。


「それで、先生。部室のほうはどうなりましたか?」

「ああ、いまこいつらに片付けるよう言ったところだ」

「そうですか。では、なる早でお願いしますよ」


 クイッと眼鏡を上げ、石田三成はその場を去ろうとする。


「ちょっと待てよ。俺達は部屋を明け渡すなんて言ってないぞ」

「おんやぁ? サブ研さんは、また随分と往生際が悪いのですねぇ」


 クククと喉で笑った石田三成は、さらに眼鏡を上げながら、俺を挑発的な目で見下ろした。


「先生から聞きましたよぉ? サブ研さんは、すでに廃部になったにも関わらず、部室棟の一室を一年以上も不当占拠している不良集団のようですねぇ」

「不当だって? ちゃんと憬先輩が許可を取ってたよ!」

「どうでもいいですけど。我々は三人、あなた方は二人。これが全てではありませんか?」


 そう言って、石田三成は貝口に確認を求めた。


「そうだな、同好会の最低人数は三人。揃っている石研と、揃ってないサブ研では、どちらに部屋の使用権があるのか、考えるまでもないだろう」

「んふ、ありがとうございます先生。でも石研言わないでください」


 石田三成の理論に正義があるのはわかる。

 だけど、こっちだって去年使用許可をもらったんだ。

 先輩が土下座をしてまで、俺なんかのために、勝ち取ってくれたんだ。


 雨垂れ石を穿つ。

 雨も水も一緒だろ。

 俺は絶対に引くものか。


「横暴でしょう! 先生は、生徒とかわした約束を破るんですか!」

「だから、状況は常に変わるんだよ。わかったら、さっさと部屋を片付けろ」

「全然わかりませんね! 教師が契約を反故にするとか、これは教育委員会に訴えますよ!」

「おい水納! いい加減にしろ!」

「漫画と石ころのどっちに価値があるのか、そのツルピカ石頭じゃわかんねーのか!」

「ああ! また石ころと! 御石様の祟りがありますよ!」

「うるせぇお前は関ヶ原でも行ってろ!」

「水納おおお! 貴様は言ってはならんことをおおおおお!」

「黙れよバーカ! 嘘つきハゲ野郎おおおおおお!」


 俺と、石田三成と、貝口、それぞれが怒号をあげた、そのとき、


「――――宏慈!! もういい!!」

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