5.10万文字

 夕食を食べ終えた俺は、お決まりのように自室に戻ってパソコンの電源を入れ、文章作成ソフトを立ち上げた。


(今日もいっちょう書きますよーっと)


 もはや日課になりつつある。

 自分の物語を紡ぐことが、それを見ず知らずの誰かにお届けすることが、楽しくて仕方ないのだ。


 タマゴの更新は三日目。

 プロットに書いた三人のヒロインを今日で全て登場させられる。

 明日からは本格的に、トリプルヒロインを主人公とひたすら友情させ恋させ乙女させる展開が待っている。

 一番書きたいところだし、これまで以上に筆が進むのは間違いないだろう。


 ある意味、俺が一番見たい。

 俺が一番読みたい。

 自分の子供が幸せになっていく過程を、この手で書いていきたいのだ。


「パソコン貸して」とねだってくる妹の妨害をものともせず。

 俺は本日更新分を二時間足らずで書き上げた。

 タイピングの技術も上達し、書くスピードが上がってきたことを実感する。

 投稿前にはざっと推敲するが、誤字脱字もほぼ見当たらなくなった。

 そして、タマゴへと投稿。


 これで今日の執筆は十分だが、まだ時間には余裕がある。

 俺は再び文章作成ソフトを開き、明日書こうと思っていた分まで書き始めた。

 ストックの作成である。


 いままでできなかったことができるようになると、自分にも伸びしろがあったのだと嬉しくなる。

「宏慈ならできる」と言ってくれた先輩の言葉が過大評価ではなかったと証明したくなる。


 時間が余ったのなら妹にパソコンを貸してやるのが優しい兄の姿?

 何をいう、これは元々俺のパソコンだ。

 女子中学生はスマホで十分だろ。


 さらに一時間程書き続け、明日予定していた更新分の半分ほどまで書き上げることができた。


(さて、アニメの前に、風呂に入るか)


 アニメの視聴後になっていた風呂も、事前に済ませられるようになった。

 おかげで睡眠時間もより長くなり、体力回復が捗る。

 明日も元気に物語を創作できる。


 順調、全てが順調だ。

 一週間でエタった去年とは違う。


(――やれる! 俺はやれてますよ、憬先輩!)


 風呂場に向かう前に、今日の更新分にコメントが付いてないかと再度タマゴにアクセスすると、ありがたいことに一件新着が来ていた。

 思わず頬を緩めながら、確認する。


【モモちゃん可愛い! 今後も更新楽しみにしてます! まずは目指せ一〇万字!】


 感想と、応援のコメントだった。

 モモとは今日登場させた三人目のヒロインだ。

 どうやら、この読者の方はモモ推しになってくれたようだ。


 ありがとう。明日以降のモモに期待してくれ。

 存分にモモを推してくれて構わない。

 俺の世界に負けヒロインはいないのだ。


 三人とも負けやしない。全員勝つ。全員勝ちヒロイン。

 先輩曰く、愛と優しさで溢れる幸せな物語が、俺の理想の創造世界だ。


 ……それにしても、最後の【目指せ一〇万字】とは、どういう意味のコメントだろう。


 一〇万字くらいこの話を読みたいということなのか。

 一〇万字まで投稿し続ければその期間に見合っただけの読者が付くから頑張れということなのか。

 そもそも特に意味はないのか。


 真意を探ってみたが全くわからず、俺はタマゴの画面を閉じて自室を出た。

 入れ替わるようにして妹が俺のパソコンの前に座る。

 もはや、俺が風呂に入っている間とアニメを見ている間だけが、妹がパソコンをいじれる唯一の時間になってしまった。

 悪く思うな妹よ。俺には更新を待ってくれている読者がいるんだ。


 今日はやらなかったが、オンリーイベントに向けての原稿も書き始めなければならない。

 高二になってからの兄は多忙なんだ。

 もうしばらく辛抱しておくれ。


(……それにしても、一〇万字か)


 まあ確かに、一つの目標にはなるな。

 そこでいまのストーリーに一区切りつけて、その後新展開というのもいいかもしれない。

 脳内に四月のカレンダーを思い浮かべる。

 今日は四月一三日。

 一一日の初投稿から三回の更新で、総文字数は一万字を越えてきた。

 いまのペース、あるいは週末にペースアップできたとしたら、一〇万字に到達するのは……

 

(五月の頭……いや)


 オンリーイベント用の原稿を後回しにすれば、もう少し早く一〇万字達成できるはず。


(じゃあ、四月二八日を目標にするか)


 大型連休突入前最後の平日なので、キリもいいだろう。

 イベント用原稿を四日で書き上げないといけなくなるが、無茶なスケジュールでもない。

 締切を設定することで、創作速度がさらに上昇するかもしれない。


(よし、頑張ってみよう)


 新たに自身へと課したミッションに気合を入れ直しながら、一日の疲労を吹き飛ばすべく、俺は風呂場へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る