3.筆を執るのは誰のために?

 色芸がエッグバーガーセットを注文したので、なんとなく俺も同じものにした。

 トレーを持って二階に移動すると、すでに場所を取っていた先輩が手を振った。


「おーい、こっちだ。宏慈、わたしのメールを無視するとはどういうつもりだ」

「すみません、気付かなかったんです。本当です」


 詫びを入れてから、俺と色芸は四人掛けのテーブルへと座った。

 まずは冷めてしまう前に、ハンバーガーでお腹を満たす。


「ふう、たまに食べるとおいしいな。これでドリンクにいちごオレがあれば完璧なのだが」

「そんな店舗世界中探したってどこにもないですよ……」


 お茶を飲みながら、俺は呆れた。


「色芸さんは、あまりハンバーガーなんて食べなさそうだが」

「そうですね。以前真姫さんに連れられて一度行きましたが、それくらいです」


 え? 鬼童のヤツ、地貫と付き合ってんのに色芸と飯行ってんのかよ。

 どんだけ一緒にご飯食べたいんだよ……。


「――で、大ニュースってなんなんですか、憬先輩?」


 包み紙を折りたたみながら、俺はメールの内容について訊いた。


「その前に、宏慈。ピクベルデイリーランキング三日連続一位、おめでとう! そして、タマゴ新作ランキング一八〇位、おめでとう! 拍手! 色芸さんも拍手!」


 祝福の声と拍手を俺へと送る先輩。

 促されるままに、色芸もそれに続いた。


「あ、ありがとうございます。そうか、今日も一位か……」

「そうだ! 宏慈の物語は、ますます評価されてるってことだ!」

「……あの、すみません。わたしには、一体なんのことなのか……」


 真顔で首を捻る色芸に、先輩はスマホを取り出して教示した。


「これがピクベル。主に二次創作のイラストや漫画、小説を投稿するサイトだ」

「二次創作?」

「既存の作品を流用して、新たな物語を作ることだ。色芸さんがやろうとしている、メロが主役の漫画を描くってのも二次創作だな」


 先輩の説明を、色芸は頷きながら理解していく。


「それから、こっちが小説家のタマゴ。このサイトは一次創作の小説を投稿するサイトで、一次創作っていうのは、要するに自分オリジナルのものってことだ」

「なるほど、説明ありがとうございました」


 色芸は一礼した。

 カタギの少女がどんどんオタク用語を身に付けちゃうね。


「この二つのサイトで、水納くんの作品が一位と一八〇位になった、ということですね」

「そうそう! 色芸さんも褒めてあげてくれ!」

「水納くん、小説を書いてるのね。小説はわたしにはよくわからないけれど、凄いわ」

「まあ、色芸さんがこれまでに獲った賞と比べたら、まったく凄くないけど」


 ピクベルのデイリー一位はともかく、タマゴの新作一八〇位というのは、かなり対象を絞ったランキングだ。

 全作品を対象とした総合ランキングでは爪痕すら残せていないだろう。


 ていうか、色芸の賞は世界で一位になったのとかもあるし、比べものにならないわ。


「謙遜するな、宏慈。私からすれば、二人とも同じぐらい凄い結果を出していると思うよ」


 いつも俺を肯定してくれる先輩に、深く深く感謝した。


「タマゴに至っては、まだ二日しか投稿してないのにな」

「や、まだ二日だからこそ新作ランキングに載ったんでしょ」


 半年も一年も連載してる作品が新作ランキングに載ったらおかしい。

 幸運にも俺の小説を読んでくれた人が何人かいたようだけど、いずれ新作ランキングからは除外されるだろう。


「初日に比べて文章量が増えたのが大きかったのかもしれないな。昨日は調子よかったのか?」

「そうですね、ここ最近毎日何かを書いてるんで、慣れてきたのかもしれません」


 昨夜は二時間ほどの執筆で四〇〇〇字以上を更新することができた。

 サイの二次創作をしたときの異常なペースには及ばないが、自分の頭の中にある物語を文字に移し替えるという作業に、少しずつだが自信を持てるようになってきた気がする。


 週末の時間がある日なら、一万字以上大更新も可能だろう。


(……待て待て、調子に乗るな。去年のことを思い出せ)


 意気揚々と第一話を投稿してからわずか一週間後、見事にエタってしまったじゃないか。

 まずは謙虚に、一週間以上書き続けることを目標にしよう。

 ランキングうんぬんは二の次だ。


 ……けれど、なんの根拠もないが、今度は続けられそうな気がしていた。

 たとえ対象を絞ったランキングだとしても、それに載ったということは、多少は読んでくれた人達がいて、彼らから評価されたということだ。


 本当に現金なものだけど、自分が一生懸命書いたものを誰かに読んでもらって、評価されたら、いいねと言ってもらえたら、心から嬉しい気持ちで一杯になる。

 嬉しくて、もっと読んでもらいたくて、またたくさん書きたくなる。

 好循環とはこのことだ。


 顔も知らない読者のために。

 さらに唯一顔を知っている、俺の目の前にいる一人の読者のために、今夜も頑張って続きを書こうと決心した。


「水納くん、嬉しそうね」

「そりゃ、書いたものが評価されたら嬉しいよ。もっと続きを書こうって気にもなるし」

「その気持ち、よくわかるわ。……でも、三次元なんてどうでもよかったんじゃないの?」


 ――――え?


「その評価をしてくれたのは、三次元の人達よ。その人達のために書こうって思えるのなら、それは水納くんにとってどうでもよくない、大切な存在になっているんじゃないかしら」


 色芸が射った言葉の矢が、俺の胸の奥へと突き刺さる。


 俺が、三次元の人間を、大切に思っている?

 そんなバカな。


 俺が常日頃考えているのは二次元のことだけだ。

 小説を書いているときだってそう。

 俺の頭の中に広がる二次元世界にどっぷり浸かり、その様子を文字として書き表しているだけだ。


 小説を書くという行為は、二次元だけを考えるということ。

 クソ同然の現実世界を離れ、自分だけの理想郷を創造するということ。

 だって、小説とは二次元そのものなのだから。


 俺の理屈に欠陥はない。

 俺の哲学はブレていない。


 ……だというのに、どうして。

 色芸の言葉が、こんなにも頭に響いているんだろう。


「妻館先輩も、そう思いませんか?」

「い、いや、私にはなんとも言えないが……だが、小説を書くことで、宏慈がほんの少しでも現実世界のことにも目を向けるようになってくれるのなら、私としてはとても嬉しいよ」

「……妻館先輩のことにも、もっと目を向けてくれるようになるかもしれませんしね」

「んなっ!?」

「冗談ですよ」


 発言の真意をはぐらかすように、色芸は一人静かに微笑みを浮かべた。


「オ、オホン! そろそろ本題に入るぞ!」


 そう言って先輩はスマホを操作する。

 そうだ、大ニュースとやらをまだ聞いていない。


「ほら、これを見てみろ」


 差し出されたスマホの画面を、俺を色芸は左右から覗き込んだ。

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