第4章 色芸絵描は絵描きたい
1.第一歩
帰宅した俺は、夕食もそこそこに自室へとこもり、パソコンを立ち上げた。
半年以上ご無沙汰していた『小説家のタマゴ』にアクセスし、投稿作管理のページを開く。
昨夏に一週間だけ投稿したものを確認すると、相変わらずの閲覧数で、感想なども全く付いていなかった。
ご丁寧にも、運営から【この連載小説は未完結のまま約半年以上の間、更新されていません】との注釈まで付けられていた。
(……これはもう、リセットしたほうがいいかな)
初めて書いた一次創作だった故に、思い入れはある。
しかし、タマゴのランキング上位作、流行りのジャンルを意識しすぎた結果、正直自分で書いていて楽しいと思える出来ではなかった。
タマゴで人気の異世界転生とか、復讐ざまぁとかは、俺の好みからは少々外れている。
ほぼ誰にも読まれなかったことももちろん原因には違いないが、それ以上に俺自身が熱中できなかったせいで、途中で投げ出してしまったんだと思う。
俺は削除ボタンをクリックし、投稿作一覧を真っ新な状態に戻した。
インターネットブラウザを閉じ、次は文章作成ソフトを開く。
ファイル名を【プロット】とした俺は、タイトルや物語概略などはいったん置いておいて、キャラクターという項目を作った。
そこに、先程削除した作品に登場させたヒロインの名前を書いていく。
カヤ。
ナギ。
モモ。
このキャラクター達は、俺が生み出したものだ。
たった一週間だけだったが、それぞれの人生を見せてくれた。
その人生を、俺の勝手な都合で終わらせるわけにはいかない。
そんなの、可哀想じゃないか。
投稿したものは削除したが、彼女達まで削除はしない。
別の物語、いまから書く新しい世界で、また新しい人生を生きてもらおう。
(子供を切り捨てる親なんかいませんよーっと……)
もちろん物語の世界観に合わせて多少の設定変更は必要になるだろうが、これは彼女達にとっての《異世界転生》なのだ。
彼女たちは消えない、新しい命を吹き込んでいく。
今度こそ、この子達を最後まで輝かせてあげたい。
作品が支持されるかどうかよりもまず、それが一番の願いだ。
「にーにー、パソコン貸して」
プロット作りに熱が入ってきたところで、いつものように妹がパソコンをねだりにきた。
子育てで忙しい俺はそれを華麗にあしらい、作業を続ける。
キャラが一段落したところで、物語概略を考える。
まあ、これは大して悩む必要はない。
ストーリーは既に決まっている。
ヒロイン全員が素敵な恋をし、誰も泣くことなく、全員が報われる話だ。
俺の駄作でも読んでくれる人が何人かいたなら、きっとそれぞれに推しができる。
どのヒロインの推しになったとしても、絶対に最後で落胆させない。
青春の甘さをとことん感じられる。
そんな優しさで満ちた甘々ラブコメをお届けしてやるのだ。
プロットが完成したのは二三時頃だった。
いつもなら、そろそろ風呂を済ませて深夜アニメに備える時間。
だが、俺は新たにファイルを開き、プロットに基づき本文のプロローグを書き始めた。
アニメは絶対に見る。
けれど、放送開始までまだ多少時間がある。
なら、少しくらい本文を書けるはず。
一時間でも三〇分でもいい。
書いて、できたところまでタマゴに投稿して終わろう。
少なくとも一人、大事な読者が更新を待っている。
俺のファン第一号を宣言してくれた彼女のためにも、今日の進捗を書き残そう。
風呂は、アニメのあとでもいい。
なんだったら、シャワーですませてしまっても構わない。
(こんなことをしたからって、小説家や脚本家になんてなれっこないけれど)
キーボードを打ち込みながら、俺は思う。
先輩が勝手に抱いた夢なんて、実現するわけがない。
……でも、俺がいましていることは、彼らが日夜行っていることと大差ない。
いまこのとき、俺は間違いなく、物語を生み出す側に立っている。
(……ま、俺が書いてるのは、自己満足第一のチラ裏ラノベだけどな)
そんな駄文を面白いと思ってくれる稀有な人間だって、世界中のどこかにはいるかもしれない。
その誰かさんの胸に届く何かがあれば――俺が筆を執る意味もあるってものだろう。
その日書けた本文は千文字程度だったが、俺はそれをアップロードし、タマゴ復帰一日目の執筆を終えた。
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