6.嘆きと悲しみの愛を

 どうしてだよ。

 どうしてなんだよおおおおおお。

 どうして俺の推しはいつも報われないんだよおおおおお。

 圧倒的敗北感に、俺は床を転がり続けることしかできなかった。


 負けるのはまだいい。

 いや、何もよくないけど。

 さっき先輩も言ってたように、物語では描かれないところで次の恋路があるかもしれない。


 殺すのはなしでしょ。

 死んだらもう次なんてねーじゃん。

 青春どころか人生終わったじゃん。


 もういやだよおおおおおおおおおお。

 スタッフは鬼畜の集まりか? なんで誰も反対しねーんだよ。

 キャラはお前らの子供だろ。殺すとか児童虐待でしょっぴかれろよ。

 憎いよぉ……! この展開で笑うなんて俺にはできない。


「と、とりあえず甘いものでも飲め、宏慈」

「緑茶があるからいいですぅ……」


 先輩が引き起こしてソファに座らせてくれたが、俺は膝を抱え込んでいじけた。


「今回は合わなかっただけだ。あの作品紹介文で死人が出る話とは私も思わなかった。正直、あの展開は私もあまり好みではない。また明日、別の作品を楽しもう、な?」

「……四話までがすごくよかった分、反動がキツいんです……」

「ああ、そうだな。四話までなら、素晴らしい出来だったな」


 キャラ殺すんなら定番の三話でやれよ。そこで切れるんだから。

 無駄に五話まで引っ張って期待感持たせてんじゃねえ。


「宏慈、どうしても引きずってしまうようなら、また二次創作で小風を救ってあげたらどうだ?」


 先輩の提案に、俺は首を横に振る。


「これは無理です……このアニメのこと、もう好きと思えないんで」

「……そうか」


 先輩はしばらく口を噤んだのち、自分の身体を俺の肩へと預けてきた。


「仕方ないよ。多くの作品に触れていけば、こういうこともあるものだ。割り切ろう」

「……もうしばらく、待ってください」

「わかった。……優し過ぎるのも大変だな、宏慈」


 やめてくれ、俺はそんなんじゃない。

 また推しが負けて癇癪を起こした。アニメスタッフへの暴言を吐いた。

 こんなのもう、厄介オタクの仲間入りだろう。


「大抵の人は怒って終わりさ。君は怒ったあと、こうして悲しんでいる。小風のために泣いている。君自身が認めなくとも、私にとって宏慈は、あまねくキャラクターを慈しむことができる、心優しい人間だよ」


 お互いの肩と肩を密着させ、俺と先輩の気持ちが一つになっていく。


「小風のために、共に祈ろう」

「……ありがとうございます、憬先輩」


 俺は先輩に礼を言い、二人で目を閉じた。

 瞼の裏に小風の姿が浮かび上がる。


 颯爽と敵陣を駆ける勇ましい戦士。

 一方で年相応の恋する少女。

 主人公に見せた笑顔。

 瞳からその姿が消えるまで、俺は彼女のことを偲んだ。




「すみません……今回もまた、迷惑をかけてしまって……」


 ようやく心の余裕を取り戻した俺は、寄り添ってくれた先輩に謝罪した。

 時刻は優に一八時をまわっている。

 俺一人で勝手にいじけてる分にはいいのだろうが、先輩も付き合わせてしまった。

 彼女の今日の活動をも阻害してしまったのだ。


「いいんだ。これが今回の作品の感想だったということさ」

「……憬先輩、かっけーす」


 なんというか、人間としての器の違いを感じさせられた。


「先程も言ったが、私もあの展開は受け入れ難かった。キャラを殺すにしても、もっと製作陣からの愛を感じられる最期でなければ、不愉快なだけだろう」

「あそこで小風を殺すことが、製作からの愛だったんですかね……」

「薄っぺらい愛だ。あの程度なら……君が書いたサイの二次創作のほうが、よっぽどキャラクター愛に溢れているよ」


 先輩は優しさで満たされた笑みを俺に向けてくれた。


「いや、あれは公式のものじゃないですよ」

「公式かどうかなんて言及していない。私が愛を感じたかどうかだ」

「……まあ、そう言っていただけたなら、サイ推しとしては嬉しいですけど」


 昨夜書き上げたものを先輩に送信したあと、俺は二次創作の本質のようなものを再認識した。

 先輩に面白いと思ってもらうよりも、俺のサイへの気持ちが伝わる出来であってほしいと、そう願ったのだ。


 それが伝わったのなら、これ以上に嬉しいことはない。

 筆を執って、本当によかった。


「ふむ、残り時間が中途半端だな。……どれ、私はもう一度、君のサイの話を読むとしようか」

「ええ? 俺の前で読むとかやめてくださいよ!」

「何を言っている、私はもう三回も熟読しているのだぞ」


 回数の問題じゃなくて、書いた本人の前で読まれるのが超恥ずかしいって話なんですが……。


 俺の制止を聞き入れず、先輩はスマホを取り出すと、熱心に目を動かし始める。

 居心地が悪くなった俺は、先輩の側を離れ、意味もなく本棚の掃除と整理を行った。


「――なあ、宏慈」

「なんですか?」

「この話、ネットに投稿してみたらどうだ?」


 その提案を聞いて、俺は掃除の手を止めた。


「これ、本当に面白いんだ。ノベライズ版ではサイエンドになった、そう思わせるくらいよくできている。私だけがこれを楽しむなんて勿体ないよ。他のファンの人達が読んでも、きっと大満足すると思う。何より、君と同じサイ推しの人達の、救いになると思うんだ」


 身に余る評価を真剣なトーンで話す先輩に、俺は苦笑いを返した。


「あの、実は……もう投稿しちゃったんですよね。昨日の夜」

「なんだ、そうか。それはいいことをしたな」


 いいこと、なのかはわからないが、書き終えたあと、誰かに読んでもらいたいという衝動が身体の奥底からガーッと湧き上がってきて、勢いのままに投稿してしまったのだ。


 そういえば、その後あれはどうなったのだろう?

 百人くらいには読んでもらえただろうか。


 俺は本棚を離れ、先輩の隣へと戻る。

 スマホを取り出し、創作物投稿サイト『pixvel』のアプリをタップした。


「……ん? なんか通知が……え!?」


 通知を確認した途端、俺は驚愕と共にスマホを取り落とした。

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