5.フェア・シェア・フィン
「――ああああまあああああああああああああいッッッ!!」
一時間半後、俺はノートパソコンの画面を見ながら絶叫していた。
激しく揺れ動く情動に、もはや座ったままの姿勢ではいられず。
ソファから飛び立ち、テーブルの横で滅茶苦茶なシャドーボクシングに勤しんだ。
「も……もうむり、尊すぎて、し、死……」
先輩はソファに上半身を横たわらせ、顔を両手で覆い隠しながらゴロゴロと悶えている。
おいおいなんだこの神アニメは! ニヤニヤが止まらんぞ!
序盤から糖分マシマシの高血糖じゃねえか! アニメで糖尿病になっちゃうよ!
ストーリーとしては、女の子にしか備わっていないはずの特殊能力を、世界で唯一男でも使えるという主人公が、ヒロインたちを侍らせながら俺ツエーしていくという、ありきたり極まりないテンプレ設定もいいところなのだが。
そんなん別にどうでもいいんだよ、甘ければ。
ヒーロー然とした主人公が女の子を助けて、美少女ヒロイン達が顔を真っ赤にして次々に主人公に惚れていく。
イチャコラする。
ちょっとエロいシーンもある。
いいじゃないか! こういうのでいいんだよ、こういうので!
あーもう吐く、口から砂糖デロデロ吐いちゃうのおおおおおおおおお!!
「も、もう今日は、いちごオレはいらないな……」
息も絶え絶えになりながら、先輩が身体を起こした。
「憬先輩、早く次見ましょ、五話、早く」
「ま、待て。少しパソコンを冷まそう。私達も、少し落ち着こう」
パソコンをスリープさせ、真っ赤な顔のままふうふうと深呼吸して冷静さを取り戻そうとする先輩。
俺も火照った身体を冷やすべく、ブレザーを脱ぎ捨てネクタイを緩めた。
「全員可愛いですけど、俺はやっぱ小風ちゃん推しですね! 一番負けん気がある!」
「わたしは水穂が一番好きかな! やはりツンデレは王道だろう!」
休憩中も、それぞれの推しヒロインの話できゃいきゃい盛り上がる。
「これ、俺の推しでも絶対負けませんよ! こういうタイプのアニメってまずハーレムエンドですからね! ハーレムなら、全員勝ちです!」
喋りながら、俺はラブコメの真理へと辿り着く。
どうしていままで気付かなかったんだろう。
ハーレムエンドこそ、最も優れた物語のたたみ方ではないか。
誰も負けない。誰も泣かない。誰も傷付かない。
ヒロイン全員が主人公とくっつき、全員が勝ちヒロインとなる。
もちろんヒロイン同士もギスギスすることなく、みんなずっと仲良し。
平等に公平に、主人公を共有する。
全員が全員を愛し合う。
俺はこれを『フェア・シェア・フィン』と命名しよう。
意味わかんねーからやっぱハーレムエンドでいいや。
「ハーレムエンド……は、どうなんだろうな。最終的に誰が主人公と結ばれるのか、というストーリーを期待してラブコメを楽しんでいる人間もいるだろうし……」
「だから、ヒロイン全員ですよ! みんな結ばれるんです! その展開で文句言う人はいないでしょ! 自分の推しが報われるんだから!」
「ん……そうなの、かな……? でも、日本で重婚は認められていないし、受け入れがたいって人も多分それなりに……」
「フィクショオオオオン! 憬先輩、これフィクション! 実在の人物・団体とは一切関係ありません!」
いまのはよくないぞ先輩。
というかね、二次元への憧れを三次元に持ち込むのはまだいいけど、三次元を二次元に持ち込まないでくださいよ。
三次元のクソさ加減を二次元の中でまで感じたくないわ!
別に現実で重婚を認めろとか言いたいわけではない。
第一俺には無縁の話。
「憬先輩、ハーレムエンド無理なんですか?」
「無理というわけではないが……仮に意中の人と結ばれなかったとしても、その人のことを想っていた青春の日々が色褪せるわけではないし、その思い出を胸に、また誰かと素敵な恋をするかもしれない。そういった、『物語が終わったあとを想像する楽しみ』もあるんじゃないかな」
「……そういう考え方ができるのは、憬先輩の推しがいつも勝ってるからですよ」
先輩は勝利の味を知っているが、俺は知らない。
俺の推しヒロインは負ける。
必ず負ける。
選ばれなかった彼女達も、もしかしたらいつか誰かと結ばれるのかもしれない。
だけど、俺にはそれを確認する術はない。
物語は終わってしまっているのだから。
脳内ではなく、俺はこの目で見たいのだ。
正史として見届けたいのだ。
応援したヒロインが、見事に主人公と結ばれ、幸せの絶頂で物語の幕が下りるその瞬間を。
それが見られるのなら、ハーレムだろうがなんでもいい。
推しに幸せになってもらいたい。
ただただ、その一心なのだ。
「もうそろそろパソコン冷えたんじゃないですか」
「ん、そうだな。じゃあ観ようか」
先輩の合図を聞くや否や、俺はソファへと舞い戻る。
もはやお互いの距離感など意識せず、二人でパソコンの画面をじっと覗き込んだ。
一日二時間の使用制限からして、次話が今日のラストになるだろう。
本日五回目のオープニング曲が流れる。
主要ヒロインの四人が敵と激しく戦いながら、負けじと主人公もその特別な力を発揮するという、掴みとして最高のアニメーションだった。
Aパートが始まる。
お、いきなり小風のシーンから。どうやら第五話は小風回っぽいぞ!
主人公と小風が長々とラブコメし、他のヒロインとも絡みながら、出現した敵と対峙する。
ヒロイン四人の圧倒的な力で雑魚を粉砕。
中ボスが出てきて、四人は一気にピンチになるも、そこで主人公が超人的なパワーでもって敵を撃退。
中ボスはボロ雑巾みたいな姿になって地面へと伏した。
救世主となった主人公を、ヒロイン四人が取り囲む。
「ベッタベタだけど、やっぱり俺ツエー系はストレスフリーですね」
戦闘シーンが終わり、俺はそんな感想を呟いた。
主人公が小風の頭を撫で、労いの言葉をかける――と、次の瞬間、
「――え?」
小風の胸を、一筋の閃光が貫いた。
そのまま小風の身体がゆっくりと倒れていく。
完全に倒したと思っていた中ボスが、最後の力で道連れを図ったのだ。
「え、は? え?」
主人公は小風の手を握り、三人のヒロインと共に必死に呼び掛ける。
しかし、やがて小風の目から光が消え、最後に「ありがとう」と言い残し、小風は息絶えた。
そして流れるエンディング曲。
過去四話では、ヒロイン四人の声優がハイテンポなメロディーを歌いながら、CGアニメーションで四人の謎ダンスを描いていた。
が、第五話はこれまでと異なり、小風の声優が一人で悲壮感漂う特殊エンディングを歌っていた。
「……………………」
「あ……ええと……宏慈、なんというかその……」
茫然とパソコン画面を見つめる俺に、先輩は何か言葉をかけようとしたようだったが、その声は続かなかった。
俺はふらりとソファから立ち上がる。
クッションを持ち、部屋の壁の前へと移動する
左手でクッションを壁にあてがい、黄金の右を振るいながら、叫んだ。
「ふざけんなクソが!! 脚本と構成はくたばれ!!」
また、俺の推しが負けた。
ていうか死んだ。
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