4.推理と妄想

 スマホに表示されたものを見て、俺と先輩は全く同じ感想を述べた。


 皿の上に置かれた果物。

 のどかな田舎の風景。

 月光が大樹を照らす様子。

 花。

 動物。

 富士山。


《ザ・アート》。……違うか、《ジ・アート》。

 おおよそ漫画とはかけ離れた、美術のイメージそのまんまの作品集が、色芸の受賞作であった。


 ぶっちゃけ、何が優れているのか一つもわからない。

 これが凡人の眼力の限界か。


「これ、どこがいいのかわかります?」

「そうだな……まずアレだ、凄くうまいな」

「そうですね、超うまいです」


 再び同じ感想を漏らし、俺と先輩は自嘲気味に笑った。


 題材がいいだとか、線がなめらかだとか、絵の具の色使いが独創的だとか、美術的な良し悪しなどはてんで解読不能。

 それでも、色芸の絵がとても上手であることは一目でわかった。


 さすがは美術部のエースだな、とレベルの低い賛美を心の中で送る。

 きっと進路は美大一択に違いない。

 いずれは世界中の誰もがその名を知るアーティストになるのだろうと確信した。


「やっぱり漫画家なんかじゃないですよ、色芸は」

「みたいだな……。ならばなぜ、色芸さんは漫画の研究を……?」


 うーん、と先輩は頭を抱える。


「新作のアイデア探し……? 美術と漫画の融合……?」

「……案外、もっと単純な理由かもしれませんよ」

「というと?」

「色芸絵描、実は漫画大好き隠れオタクだった、説」


 俺はすっと人差し指を一本立てた。


 俺みたいな陰キャは一見してオタクだとわかるし、先輩も周囲の人間に公言しているようだが、全てのオタクがありのままの自分をさらけ出しているわけではない。


 外では一般人に擬態し、その実、家では漫画やアニメに没頭している。

 特に社会人なんかは、そうした隠れキリシタンみたいなオタクも少なくないはずだ。


 ただの趣味で、なぜそんなコソコソしなければいけないのか。

 それは、この国がオタクを迫害しているからに他ならない。

 果たして多様性を認められない国が先進国と言えるのか!


 嘆いたところで何も変わらない。

 だから三次元の世界はクソなんだよ。


 話を色芸に戻す。


 仮に色芸が隠れオタクだとしたら、漫画を学校に持ち込んだという事実を隠そうとする理由は一発でわかる。

 すなわち、学校内での自分の地位を維持したいのだ。


 色芸は美術部のエースで、絵描きの卵。

 美術の優劣なんて大半の生徒には何もわからないだろうに、数多の賞を獲っているという事実が、彼女をカースト最上位へと押し上げた。


 ――だが、もしもそんな彼女が、オタクであると周りにバレたら?


 俺は想像する。

 教室で、鬼童が色芸のスクールバッグから漫画を取り上げ、皆に晒す姿を。


「えーなにこれー。エガちゃんってこんなの読むんだー、いがーい。つーかキモくなーい? 水呑百姓と同類じゃーん。みんなもそう思うよねー?」


 ってな感じで、鬼童に目を付けられた彼女は俺と同じ階層まで身分が大転落することになる。


 ほんとね、ウチの学校オタクに人権なんかないからね。

 先輩どうやって生きてんの?


「カーストうんぬんはともかく、実は私達と同じ趣味だというのはありそうだな」


 俺の推理を聞いて、先輩は納得したように頷いた。


「あるいは、『わたしの青春美術一筋なの』っていう自分のキャラを守りたいとか」

「まあ、どれだけ仮説を立てても、本当のところは本人に訊かないとわからんがな」

「そうですね。明日訊いてみましょうか?」

「いや、気にはなるが……そこまで詮索するのはいかがなものかな。元より、彼女は隠したがっているのだから」

「まあ、そうですよね」

「ああ。……けれど、な」


 そこで先輩は一度言葉を切る。


「けれど?」

「……もし色芸さんが漫画好きなら――去年、サブ研の扉を叩いてほしかったな」


 憂いの混じった苦笑いを浮かべ、先輩は希望を口にした。


「そうしたら、サブ研は存続できたのに」


 メンバー不足で廃部となったサブ研。

 先輩と俺、もしそこに色芸が加わっていたら、同好会の必要人数を満たし、サブ研は廃部を免れることができていた。


「……あり得ないでしょう。色芸は美術家です。美術部以外の選択なんて、するはずがない」

「……わかっている。すまない、世迷いごとだ」


 首を横に振りながら、先輩はソファを立った。

 そのまま備品棚へと歩き、ノートパソコンと電源コードを取り出す。

 どうやら、色芸の話題はこれまでにして、本日の活動を始めるようだ。


 今日はアニメを見ると言っていたので、その準備だろう。

 先輩からパソコンを受け取り、テーブルの上に設置。

 電源ボタンを押し、立ち上がったらインターネットブラウザを開く。

 ブックマークから動画配信サイトを選択した。


「便利な世の中になりましたよね。わざわざレンタルビデオ屋まで行かなくても、月額数百円で色んな時代のアニメが選び放題見放題なんですから」

「店内でどれを借りようかあれこれ悩んでいる時間も、私は嫌いではなかったんだがな」

「時代はデジタルですよ、もう」


 先輩は寂しそうな表情を見せたが、このオンボロパソコンのドライブでは、もはや円盤は読み込んでくれないだろう。

 パソコンに優しいネット配信サービス、万歳。


 サムネイルと紹介文を見比べながら、どれを見たいか相談していく。

 といっても結局、いつもラブコメか青春恋愛系の作品に落ち着くんだけど。


 ――こうして先輩と二人、あれこれ悩んでアニメを吟味する時間も、俺は嫌いではない。

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