3.情報収集
色芸を見送ったあと、俺と先輩は再びソファへと戻った。
「いくつか、よくわからなかったことがあったんだが……君が色芸さんとぶつかったというのは、昨日なのか?」
「はい。昨日の活動を終えたあと、俺、トイレに行きましたよね。あのときに」
「取り違えた、と。……では、書き込みというのはなんのことだ?」
「いやそれ、いま黙っててほしいって言われたじゃないですか」
「私にも緘口令が課せられたんだ。秘匿とする情報に食い違いがないよう、その全てを当事者同士で共有しておかねばならないだろう」
小難しい言い回しをしてるけど、先輩、自分が知らないのが嫌なだけなんじゃないの?
まあ、先輩になら話してもいいか。
約束しておいて破るような人じゃないし。
俺は色芸のホーリーに漫画研究・分析のような赤字が多数書き込まれていたことを伝えた。
状況を把握した先輩は、ふむ、と顎を指でつまむようにして、何事か思案する。
「……そういうことなら、もしかしたら色芸さんは、漫画を描いてみたいと思っているのかな」
「え?」
呟かれた推理に、俺は怪訝な声を漏らした。
「あるいは、もう既に描いているのかもしれない。実は漫画家デビューしてるとか」
「いやいや、それはないでしょ。あの色芸ですよ? 美術部で、賞を何度も獲ってる」
「漫画で受賞してるんじゃないか? 美術も漫画も、どちらも〝絵〟には違いないだろう?」
「絵と言っても《アート》ですよ。漫画は、なんというかほら、《ザ・大衆娯楽》みたいな」
「ならば調べてみたらどうだ? 彼女がどんな絵を描いて、それが評価されているのか」
俺も先輩も、色芸が描いた絵を一枚も見たことがなかった。
知っているのは、色芸が毎月のように何かしらのコンクールで大賞を獲っているという事実だけ。
コンクールの名前もよく覚えてないし、大して興味も抱かなかった。
美術の世界なんて、俺みたいな凡庸な高校生には全くわからない。
日常で触れることもないし、学びたいとも思わない。
二次元ではあるが、俺の趣味には当てはまらない。
美術という高尚な世界に身を置く色芸絵描は、毎月体育館の演台に立つ姿を見上げる度に、どこか浮世離れした存在のように見えていた。
……けれど、漫画雑誌を持ってこの部屋を訪れた色芸を目にしたいまは。
伏して頼み事をされたいまは。
これまでとは違い、色芸も俺と同じ高校生――身近な存在であるように感じられた。
三次元の人間の功績やら栄誉なんて、俺にはどうでもいい。
本当にどうでもいい、のだけれど……。
漫画は、俺の人生そのものだ。オタクの生涯には欠かせないものだ。
それを、あの色芸が持っていた。
オタク文化などとは一切関わりないであろう彼女が、一体なぜ。
彼女との約束を守るためにも、その謎だけは知りたいと、俺は願ってしまった。
先輩に薦められるがままにスマホを取り出し、とりあえず【色芸絵描】で検索してみる。
「うわ! すげぇ、ググったらもう色芸のウィキがある!」
「なんと書いてあるんだ?」
「えっと……【色芸絵描は、日本の現代美術家・高校生】ですって」
「【漫画家】とは書いてないのか」
「ないですねぇ。……あ、なんか父親も母親も美術家みたいです」
「ほう、凄いな。サラブレッドというヤツか」
「なになに、【二歳の誕生日に描いた絵がのちに五千ユーロで落札され、美術家としての頭角を現す】……はあ!?」
二歳児の落書きがオークションにかけられることがまずおかしい。
しかも落札価格五千ユーロって。日本円でいくら? 六十万くらい?
「凄い子だとは知っていたが、どうやら私達の認識よりも遥かに凄い子だったんだな……」
さすがの先輩も想定外だったらしく、頬から一筋の汗が流れていた。
その後、【経歴】【主な作品】などのページを流し読み。
続けて【受賞】と書かれた項目を開くと、指が腱鞘炎を起こしそうになるほどの受賞歴が列記されていた。
小さなものでは【町内写生大会】や【小学生夏休み図工コンテスト】など。
大きいものでは【全国高校生美術競技会】やら【TOKYOアート展】やら【全日本美術博覧会】やら。
さらには、アルファベットで書かれた海外のものと思われるコンクールも多数あった。
英語は苦手だが、明らかに英語とは違うスペルの賞もあった。
国際的にも色芸の絵は評価された、ということだろう。
「び……びえんなれ、ぢ、べねじあ? よくわかんないですけど、海外でもたくさん受賞してるみたいですね」
「……私、タメ口で話してよかったんだろうか」
「いいんじゃないですか? 先輩なんだし」
「し、しかし、まだそれらの賞を漫画で受賞したという可能性もあるだろう」
悪あがきを言う先輩。
もはやそんなことはあり得ないとわかりつつも、俺はスマホに【色芸絵描AND受賞作】と入力し、画像検索する。
「はい、受賞作出ました。……まあ、なんというか、絵ですね」
「見せてくれ。……ああ、絵だな、これは」
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