4.幼馴染はイイヤツだけど 1
地貫が食事の場所として選んだ屋上は、校内清掃の観点から許可されているのは飲水だけで、食事は禁止されている。
しかし、この男には校則などあってないようなものだ。
日本人の地毛にはまずあり得ない、彼の輝くような金色の髪がその証。
幸か不幸か、この時間は俺達二人しかいなかった。
「同じクラスになったの、マジで久しぶりだよな。いつ以来だ? 中三?」
「……多分、中二……じゃないっすかねぇ……」
「そんな経つかー」
地貫は過去を懐かしむように微笑むと、購買部で買ったパンを口に運び始めた。
俺もそれにならい、無心でパンを食べる。
ぼさぼさで、味がなくて、クソまずいパンだと思った。
その後しばらくお互いに無言で、食事のためだけに口を動かした。
こちらから話しかけることなどない。
できれば「食い終わったし、帰るか」と言ってほしい。
だが、地貫は五つのパンとエナジードリンクをじっくり味わいながら咀嚼し、その間俺に気まずい沈黙の時間を与え続けた。
沈黙そのものが苦痛なのではない。
地貫という男と二人で過ごすこの一時、この空間そのものが、俺にとって耐えがたいのだ。
「――宏慈、オメーさあ、色芸のこと好きなん?」
「……は?」
静寂を破り、再び言葉を発した彼の突拍子もない質問に、俺は唖然とした。
「今日、ずっと色芸のことチラチラ見てただろ? だから、そうなのかと思ってよ」
妙な観察眼が働く男だ。
だが、なんでもかんでもすぐに恋愛感情に結び付けるそのリア充感丸出しの思考回路が、もう俺とは根本から異なっている。
「そんなんじゃなくて……昨日廊下でぶつかって、謝りそびれたから、言い出すタイミングを窺ってただけ……っすよ」
「なんだよそれ! そんなんさっさと謝ればいいだろ! 『昨日はワリー』って!」
地貫は大きな声で笑い出す。
彼にとって、俺の他者への気遣いは馬鹿げた笑い話でしかない。
「てかさ、オメー真姫と仲良かったんだな。ミズノミビャクショーって、あだ名だろ?」
どこをどう見たら俺と鬼童の仲が良いように見えるのか。
お前の目は鋭いのか節穴なのかはっきりさせろ。
第一、水呑百姓ってのはあだ名じゃなくて蔑称だからな。
語感いいなーくらいにしか思ってないんだろうけど。
「真姫、可愛いよな」
「あー、ま、そっすね」
見てくれはな。
「だろ? マジ、自慢の彼女ってヤツだわー」
ああ、やっぱりというか、カーストキング同士、そういう仲なのね。
どうでもいいけど。
「そうなんだ。……でも、一年のとき、地貫くんと付き合ってるって言ってる子が俺と同じクラスにいたけど」
「ああ、里穂だろ? 写真部の。確かに付き合ってたけど、二学期入ってすぐ別れたわ。なんつーか、カチカンのフイッチってヤツ? てか、オレが写真部に飽きた。大体、〝映え写真〟なんてスマホで撮るのが一番手っ取り早いだろ。オレが愚かだったわ!」
地貫はまたガハハと笑った。
「……地貫くん、写真部に入ってたんだ。てっきり、バスケ続けてたのかと」
「だってここのバスケ部、マネジいなかったんだもんよ。マネジがいない運動部なんて入る意味ねーだろ? 萎えたから、バスケはもうやめた」
運動部経験がない俺にはどうとも言えないが、地貫の考えが不健全であることはわかる。
「さて高校ではどうするかなって思ってたところで、偶然写真撮ってる里穂を見かけて、結構可愛かったから、声かけて写真部に入ったってわけよ」
「……へえ。……でも、別れて残念だったね」
「ま、やることはやれたし、正直限界来てたし、お互いのためにも良かったんじゃね?」
悪びれもせず、地貫はケロリと言ってのける。
地貫徹弥という人間の性質は、一言で表せば女好きだ。
小学四年生のときに初めての彼女ができて以来、恋人を何人も作っている。
女が途切れないということは、地貫が一方的に女性を求めるだけでなく、彼に好意を寄せる女の子も多いということだ。
実際、地貫の外見はとても優れている。
現在では180センチ前後となった長身に、程よく鍛えられた筋肉。
さらに、甘いマスク。
陰キャオーラ丸出しの俺とは正反対の、リア充になるべくしてなった男だ。
「宏慈、オメー去年の文化祭ンとき何してた?」
「え? えっと……い、家で寝てたかな、ハハ」
「オレはダチ連中とステージのバンド演奏見てたんだよ。そしたらそこに真姫がいてよ。なんつーか、可愛いだけじゃなくて、スゲーカッコよくて、即一目惚れ、みたいな?」
「はあ」
「そのままソッコーで軽音部行って、入部するついでに真姫にコクったら、オッケーもらえたから、いまはギターの練習しつつ真姫と一緒にセーシュンやってるってわけよ!」
つまり、現在地貫は軽音楽部所属ってことね。
聞きたくもない近況報告をありがとう。
まあ似合ってていいんじゃないですか。
「で、オメーは? いま何やってんの?」
「……え、俺? 俺は、えーっと……」
一学年上の先輩と一緒に、だらだらオタク活動をする毎日を送っているけれど、それは部活動としてではない。
サブ研は既に廃部になっている。
「まあ、中学のときと同じ感じ……っすかねぇ、ハハ」
ならばそれは、俺の中学時代の日常と大差ない。
即帰宅するか数時間学校に留まるか。一人か二人か。
その程度の違いでしかない。
「つーことはオメー、まだ漫画だーアニメだーっつってんの?」
返答を聞いた地貫の表情が変わり、眉根を寄せてきつい視線を俺に向けた。
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