5.幼馴染はイイヤツだけど 2
「幼馴染のオレだから、はっきり言うけどよ。そういうの、一旦距離置こうぜ、マジで」
声のトーンを落として、彼は警告する。
「オメーもわかってんだろ? 漫画にしろアニメにしろ、高二にもなってンなもんに夢中になってたら、キメーヤツとしか思われねーぞ」
「……それはまあ、自覚してます」
目を伏せ、地貫のお洒落な靴を見つめながら、俺は蚊の鳴くような声で答えた。
「オメーがそういうの好きなの、オレはガキの頃からずっと知ってる。だから、イッサイガッサイキッパリやめろとまでは言わねー。けど、いまはヒリツを下げとけって話だよ」
「……下げて、どうするんす? 勉強?」
「ああ、それでもいいし、他人に胸張って堂々と語れる趣味を始めてもいい。とにかく、周りのヤツらから好感を持たれる、一目置かれる宏慈になれよっつってんの」
ずけずけと、俺に身の振り方を改めるよう迫ってくる。
彼にとって、これは幼馴染としてのありがたいアドバイスのつもりなのだろう。
……実際、ありがたく思えることなんだろうな、俺じゃなかったら。
「オレはな、宏慈のためを思って言ってんだぞ。そこんとこちゃんとわかってんのか?」
「それはもう、あざすです、はい」
「……オメーさぁ、彼女とか欲しくねーのかよ?」
全く欲しくない。
俺は、三次元の女になど一切興味はない。
二次元世界の美少女達の、甘酸っぱい青春を追うのに忙しいのだ。
自分の恋愛などにかまけてる暇はない。
だけど、こんな感情は地貫には一ミリたりとも伝わらないだろう。
地貫にとって、男子高校生とは彼女を求めるもの。
それが不変の法則だと思い込んでいる。
もちろん、彼女を欲しがる男のほうが圧倒的多数派であることは理解している。
けれど、俺からすれば、下心むき出しで女性の尻を追ってる男も十分キメーヤツだ。
価値観の不一致。別れた里穂という前の彼女から学んでほしかったよ。
「……俺にはできないっすよ」
地貫の理屈を立てるために、肯定するでもなく否定するでもなく、俺は自虐を返した。
「作ろうともしてねーだろ! なんで自分を変えようと思わねーんだよ!」
「……俺にはできないっすよ」
「オレは! 宏慈にも! 可愛い彼女を作って高校生活を満喫してもらいてーんだよ! 宏慈が女作んならどんな女なのか、興味あんだよ! 一緒にダブルデートとか、しようぜ?」
「……俺にはできないっすよ」
吠える地貫に、俺はBOTと化した。
「……小学校で水泳と陸上、中学でテニスとバスケ、高校で写真と軽音。オレはこれだけ多趣味に生きて、色々身に付けた。何か間違ってると思うか?」
「ううん、地貫くんは凄いよ」
女も趣味も取っ替え引っ替えか。俺にはできない生き方だ。
「いまがラストチャンスなんだよ。いい加減目ェ覚まさねーと、オメーマジで一生ドーテーのまま終わるぞ?」
「少子化に貢献しちゃうね、ハハ」
「――ッ、宏慈テメェ!!」
地貫は一歩踏み込んで凄んだ。
殴られる――そう思った俺は咄嗟に防御体勢をとり、固く目を瞑った。
……しかし、身体に痛みが走ることはなく。
おそるおそる目を開けた先には、俺を見下ろす冷たい視線だけがあって。
冷たさの中に、ほんの僅かな辛苦を垣間見たような気がした。
「……あー、クソ。マジでオタクには話通じねーのかよ。頭ガキのまんま」
地貫はわざとらしく溜息をつくと、くるりと身を翻して背を向けた。
「もう知らねーぞ。オレにも付き合いがあるから、いつまでもオメーの面倒は見てやれねー。自分で真姫に『どいてくれ』って言えるようになれよ」
「……ありがとう。でも、俺のことなんて気にしなくていいっすよ、迷惑かけちゃうから。地貫くんは楽しい高校生活を満喫してよ。ギター、頑張って」
「……へいへいどーも。オメーもせいぜい頑張って二次元の女と付き合う方法を見つけるこったな」
大きな背を丸め、地貫はゆっくりと階段に向かって歩いていく。
その姿が屋上から消える寸前、足を止め、
「……もう一度テツって呼んでもらいたかったよ、宏慈」
吐き捨てるように呟いて、校舎へと戻っていった。
テツ。地貫徹弥のあだ名。
俺が彼をそう呼ぶことは、今後二度とないだろう。
俺と地貫は幼馴染だ。
だが、友達では決してない。
幼い頃はともかく、いまとなっては金輪際あり得ない。
価値観も、趣味嗜好も、望むものも、違いすぎる。
改めてそれがわかった。
地貫は人間的に言って悪人というわけではない。
むしろ俺なんかより遥かにいいヤツだ。それはわかる。
故に彼は常にクラスの中心にいる。
みんなから慕われる。女の子にモテる。
……けれど、幼馴染を思う彼の提言は全て、俺にとってありがた迷惑、余計なお世話でしかないのだ。
オタクにリア充を見習えというのはしんどすぎる。
というか、無理なのだ。
もうお互いに関わらないほうがいい。
地貫もきっとそう思ってくれただろう。
俺達が交わっていた時間は、俺が彼をテツと呼んでいた時間は、大昔に終わりを告げた。
地貫の興味がアニメから女の子に変わったとき、地貫が男児から青少年になったとき、俺達の道は分かれたのだ。
地貫は何も間違っていない。
だが、俺も何一つ間違っていない。それだけは断言する。
だから俺達は、スクールカーストの表す通り、住む世界が異なる人間なのだ。
一緒に昼飯を食べるような仲でいてはいけない。
挨拶代わりのコミュニケーションに格闘技をかけるような仲でいてはいけない。
そんなの、ただ心と身体が痛くなるだけだ。
「……お殿様と水呑百姓じゃ、どう転んでもフェアな関係にはなれないよ、地貫くん」
一人で静かにぼやき、俺は緑茶のペットボトルを口にした。
緑茶は今日も渋かった。
教室に戻った俺を迎える人間は誰一人としていなかった。
地貫は朝と同じグループで会話しながら、時折鬼童といちゃついている。
俺に歩み寄ってきて、肩を抱くこともない。
それでいい。
お互いのことを思うなら、一切交わらないことが正解なんだ。
俺は自分の席に座り、スクールバッグからラノベを取り出すと、こそこそと読み始める。
本を読み進めつつも、色芸が戻ってこないか窺っていたが、結局彼女が自分の席に戻ったのは五時間目が始まる三〇秒前だった。
その後、授業が終わって放課後になったが、色芸はさっさと荷物をまとめて教室を出て行ってしまった。
やはり美術部のエースは忙しいのだろうか。
結局今日も色芸に謝ることができないまま、俺は教室を離れ、部室棟へと向かった。
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