2.二年五組の朝
翌朝。
いつも通り遅刻ギリギリで二年五組の教室に入ると、クラスメイトの女子生徒が俺の机に寄りかかるようにして座っていた。
制服をチャラく着崩した数人の男女が、時折馬鹿笑いをしながらお喋りに興じている。
「そんでよ、割り箸で華麗なビートを刻んでたら、先っぽがスポーンと折れて、そのまま俺のチャーシューだけ引っ掛けて飛んで行ったってわけよ!」
「ギャハハハハ! おま、それはさすがに盛ってるだろ!」
「いやこれマジだから! なあテツ、お前も見てたよな!」
俺は足を方向転換させ、教室後方にある生徒用ロッカーの前に立った。
自分に割り当てられたロッカーの扉を開き、スクールバッグの中身を移動させたり、ロッカーの中に置いておいた本をバッグに入れたりする。
別に、その行為に意味はない。
強いて言えば、ただ時間が過ぎるのを待っているだけだ。
俺の机の上に座った少女が、己の座るべき席に戻るそのときまで。
「そこ、俺の席なんだけど」とでも言ってどいてもらえばいい?
はっは、カースト最下層の人間が物申すなど、無礼ではないか。
相手の気分も損ねてしまうし、関わらないのが正解だ。
所持品の無意味なピストン輸送を繰り返したが、少女は寄生したかのように俺の机を離れてくれない。
さすがに苦しくなってきた俺は、ロッカー作戦を諦めた。
次はプランB、トイレに行っといれ作戦を敢行する。
ロッカーに背を向け、教室の出入り口に向かって歩き始めると、廊下側最後方の席に、一人の女子が座っている姿が目に入ってきた。
色芸だ。昨日、俺とぶつかった色芸絵描。
いまは誰かと会話するでもなく、本を読むでもなく、スマホをいじるでもなく。
しゃんと背筋を伸ばし、担任の来訪を待つかのように前方を見つめていた。
……もしかして、まだクラスに友達はいない?
それとも、真面目なだけ?
進級して教室内の顔ぶれはがらりと変わり、各々人間関係の再構築を強いられてはいるけれど、何人かは一年生のときと同じ組の人間もいるはずだが。
それに、色芸レベルの優秀な生徒なら、お近づきになりたいヤツらがハイエナのように言い寄ってきてもおかしくない。
「俺、越智和樹! 色芸さん、俺と友達になってよ! てかラインやってる?」
みたいな。
無論俺はラインなどやってないが、会陰の描写がうまい漫画家は素晴らしいと思う。アホか。
……さて、どうするか。
理由はどうあれ、色芸の周りに誰もいないいまが、昨日の件を謝罪する絶好のタイミングかもしれない。
パッと話しかけて、謝って、サッとその場を去る。
そうすれば、彼女に必要以上に不快な思いをさせることもなく、俺もわだかまりを解消させられる。
(――よし、いま行こう)
そう思い、俺は教室の出入口の手前で足を止めた。
「えーっと、あの、色芸さ……」
「お? 宏慈じゃねーか!」
色芸に声をかけようとした瞬間、背後から俺の名を呼ぶやかましい声がした。
振り返ると、俺の机に座っていた女子の隣でゲラゲラ高笑いしていた男子生徒が、その笑みをこちらに向けていた。
「んーだよオメー、登校したんならアイサツしろよな、寂しいじゃんかよー」
彼は集団を離れて歩み寄ると、たくましい筋肉が付いたその腕を俺の首へとまわし、締め付けて来た。
格闘技に一切興味がない俺でも知っている、ヘッドロックだ。
一切の抵抗ができないまま(呼吸もできないまま)、俺は彼のグループへと引きずられていった。
「テツぅ、つーか、あんた何やってんの?」
俺の机に座っている少女が、不満げな声と、明らかに侮蔑するような目を俺に向けた。
「コイツ、オレの幼馴染でダチの宏慈ってんだ。マジでイイヤツだから、みんな、よろしくしてやってくれよ!」
ヘッドロックを解き、今度は首根っこを掴むようにして、ヤツはグループの面々に俺を晒す。
吃驚。値踏み。軽視。
決して友好的とは感じられない視線が複数俺の顔に突き刺さっていく。
「ほら宏慈、ジコショーカイしろって!」
「……み、水納宏慈です」
「知ってる。つーかアタシ、去年もそいつと同じクラスだったし」
よろしくするつもり一切なしの声音で、机に座っている女子は口を開く。
「マジかよ
どっと笑いが起こる。
これは自虐に見せかけたギャグだ。皆それがわかっているから笑う。
首を掴まれながら、俺も笑顔を作る。
この男が孤独な時間を過ごすわけがないと知りつつも、合わせるために、このグループの連中から敵意を向けられないために、精一杯口角を上げる。
彼の名は
いつどんなときもクラスの中心にいた、俺の幼馴染だ。
だが、友達という関係は当てはまらない。
そんな対等な立場ではない。
彼と俺では、住む世界がまるで違う。
「てか宏慈、オメー席どこだっけ?」
俺はやむなく目の前の机を指差した。
「ちょ、マジかよ。おい真姫、どいてやれって」
「え? これ、水呑百姓の机だったの?」
真姫と呼ばれた少女は、飛び上がるように俺の机を離れると、極限まで短くしているのであろう制服のスカートを手で払った。
「つーかあんた、どいてほしいならそう言えば?」
「……すんませんっす」
苛立つ彼女を刺激しないよう、無心で平身低頭する。
「オレらの話をジャマしないようにーって思ってくれたんだよ。マージでイイヤツだから、宏慈は!」
要らぬフォローをしながら、地貫は俺の頭を数回小突いた。
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