第107話試練の地

地獄の底に落とされた兵達は、ドアーフ達に気を失うまでぶん殴られたあと

『トカゲ汁』を飲まされたスライムに入れられた。


最後の方は時間が無くて、意識があろうが無かろうが

頭からスライムに突き刺したとか言っていたけど……


閉じ込めた時の呼吸が心配だったので、

試しに馬脚トリオに一日入ってもらったのだけど、別段問題もなく

慣れると会話まで出来た。つうかアイツら普通にゲル食った。


馬脚トリオの希望でソーダ味にしたんだけど、果たして人族は気付けただろうか?

人族にはぶっつけ本番だったけど、幸いひとりの死者も出なかった。


そのスライムを落とし穴作戦を終えた女王国地上軍に、人海戦術でベルトコンベヤのように北まで運んでもらったのだ。


北の収容所は外輪山の外側の、北にマグマが張り出したエリアで

ここにもキラメラにお願いして、流れるマグマプールに沿って外輪山と同じ高さの

壁を築いてもらった。


以前、南の避難村に家畜を運んだら、育てず食肉にしてしまったので

壁の内側に川を流して魚食をすすめる事にした。


でも妖精は手を貸すかどうかは様子を見て決めると言うし、流れを作らないと水が

淀むので、勾配に加えてエルフの魔法で一定方向に水を流し、魔族国の海とつながるようにしてもらった。


魚は魔族国の魔獣魚が流れ込まないようにして、元々人族の村にいた魚を放したんだけど、サケやタラなら巨大化してても倒せるだろう。

あとは人族の村と同じような建物と畑や果樹を用意した。


そして捕虜達には、再び神と対峙してもらったのである。



ぼんやりとした意識の中で眩しさを感じ、顔を上げると目の前に光る女がいた。

彼女自身が光っているのか、後光なのかは解らないが、

目が覚めるような光の中に立った女は、慈愛に満ちた瞳に涙を浮かべていた。


創造主の一柱を名乗る女神は、慈しみを持って世界を産んだが

その子等は些細な見た目でお互いを分け、奪い合いを始めた。

これを諫めるため、女神は人と魔族を引き離した。


お互いは同じ女神の子であり、争う事は望まない。

しかし人の子は悪戯を好む男神に唆され、深く傷ついたため

オレ達は男神も知らぬ『試練の地』へと隠されたそうだ。


女神は人としての心と営みを取り戻した者は、人族の村に戻すと約束し

衝突を望み、人を傷つける事に愉悦を覚えるのであれば

永久にこの土地を離れる事は出来ないと語った。


そしていつの日か、姿や生まれに囚われる事のない寛容な世界を望む。

そう言って女神は消えた。



女神の啓示を夢現で聞いていた男は、ぼんやりと考えていた。

………人としての営みってなんだ?

そもそも神ってのは、このくだらねぇ世界を作った当事者なんだろ?


そういえば神を名乗る子供にも会った。

そいつは力と武器を与え、戦争を促した。『魔王を殺せ』と。

あれが唆すという事か?


だが魔王は魔族をかくまってるヤツだろう?

奴隷がいるから人としての営みが出来るんだろう?

なら悪は魔王じゃねぇか。なんでオレが悪いみたいになるんだよ。


そして挙句の果てが『試練の地』か?

勝手な都合で巻き込んでおいて、神なら救えよ。オレは楽な暮らしがしたいんだよ。

そもそも労働なんて人の仕事じゃねぇだろうが。


だが神のお告げだなんて、小躍りしてるヤツもいる。

デカい声で笑ってんじゃねぇよ。くだらねぇ。


そういうヤツほど、このクソうるせぇのを喜んでいる。

星が破裂して燃えるなんざ、不吉でしかねぇだろう。


あぁ、そうか。

アイツが次の奴隷になるんだな。別に奴隷が魔族である必要はない。

使う人間と、使われる人間がいるだけだ。


どうせ手段を使い倒して生きる事に、変わりはないのだから……




収容場はアント女王のお膝元。

蟻達は生まれながらに役目を持ち、女王に仕える規律ある世界。

だからこそ規律を乱すものを見分ける事が出来てしまうのだ。


これは南の村を見守ってもらっている、蜂軍にも言えた。

だからこそ不穏因子の観察には、これ以上がない人材だった。


それぞれの風土や考え方が、それぞれの文化を産むのだから、

本来はあまり介入すべきではないのだろうけど、

ひとりで立つには世界は傷つきすぎていて、自分がその原因のひとつである事も知っていた。

大したことは出来ないが、せめて見守る権利が欲しかったのかもしれない。


男神がどんな基準で兵を集めたのかは解らないけど、収容所の者達は

村人以上の激しさで食べ物を奪い合った。


小麦畑もあるし、粉ひき場も窯もある。

だけどパンを焼かずに果物を奪い合った。誰もパンの焼き方を知らないのだろうか?


そのうち今度は火の奪い合いが始まった。

火起こし道具はあるし、火種を分ければいいだけなのに。

人々は何軒かの家を燃やし、騒ぎは収まった。


別の場所では魚を獲る者が現れた。

大型魚に苦戦していたけど、道具も揃えてあるし、良い傾向だと思っていたら、

魚泥棒が現れてまた喧嘩をした。


暴れる者は大体一緒なので集落を分けたら、今度は徒党を組んで他の村を襲いだした


食べ物を与えると働かなくなるし何故?と思っていたら、ハンニバル将軍に

声をかけられた。


「あれは、そういった種族なのではないか?

以前、蟻族だが会ったことがあるぞ」

「好戦的な方たちなのですか?」


「戦闘狂というだけなら、巣すら持たずに進軍する種族もおるが、其奴等の国は少々変わっておってな、生まれる者はすべて凶戦士。貴殿の言うパンも焼けぬ者達だ。

だから生活を支える者を攫うようになった。その方が効率が良いと考えたのだ」


「生活を支える者とは……」

「奴隷だ。奴等は自分達を戦闘のみに特化させ、それ以外の全てを攫ってきた

生活奴隷にやらせることにしたのだ」


「例えばその生活力のない国で、もし奴隷が集められなかったらどうなるのです?」


「他国に攻め入り、敵国女王を排除し、国を乗っ取る」

ハンニバル将軍が、低い声に更に凄みを効かせるので、思わず首をすくめてしまった


その様子を見て満足したのか、明るい口調に戻した将軍は

「だが侵略に失敗し、奴隷を攫う事も出来なければ

その時は食う事も出来ずに滅びるのであろうな」と事も無げに言った。


「滅びるくらいなら働きませんか?」

「働いたら負け。そう考えて奴らは頑なに戦う事しかせん。個々は強いが協調性を

持たぬのだ。俺などは酒を酌み交わす仲間が居てこそのコロニーだと思うがな」



収容所はとりあえず、他所を襲う体力がある者達用に、キラメラに囲いを作ってもらって、魔牛と魔猪を放した。


本当に将軍が言ったような戦闘狂種族がいるなら、他人に害を及ぼす前に

狩りで体力を使ってもらった方が良い。


クワとか草刈り鎌とか、魚を捌くナイフもあるし、人を襲おうとするくらいなら勝てるだろうと思ったのに、なぜか翌日から木の実などの植物採集食を始めてしまった。


「なんで⁈」と言ったら

「所詮は人族であったな」と将軍は満足そうに笑っていた。





















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