第100話最終戦争
イタズラ計画を十分詰めた頃、首にかけていた翻訳機が突然甲高い音を立てて跳ねた
どうやら別の周波数を使っているらしい。
本来はトランシーバーとしての利用を見込んで作った翻訳機だが
複数回線を使おうとすると、すぐにハウリングを起こしたり
遠くまで音が飛ばせないなどの欠点があって、まだ改良が必要な状態。
でも相互回線なら通信距離は短くなるものの、
会話が可能なところまで開発は出来ていた。
つまり直接回線でつないできたという事は、緊急事態だ。
慌ててガルムルに翻訳機を調整してもらうと、程なくハンニバル将軍の低い声がした
「魔王はいるか?」
「はい。おります。将軍は今、どちらにいらっしゃいますか?」
「例の兵器が目視できる位置だ」聞き耳をたてていた船内がざわめく。
「くれぐれも安全は確保してくださいね」
「心配には及ばん。それで魔王、お主何時ここに着くのだ?」
「間もなく南の王都に到着すると思いますが……」
「今から直接ここに来い。
なにせ全く見たことがない物なのでな。どう手を出して良いものか……」
「手を出す前に連絡をくださって良かったですよ」顔を上げて、皆の方に向き直る。
「今、聞いた通り。ちょっと将軍の所に行ってくる」
「危険では!」途端にアロレーラが血相を変える。
「私ひとりじゃアイデアくらいしか出せないって将軍だって知ってるし
第一、誰よりも好戦的な将軍が、おいしいバトルシーンを私に譲る訳がないでしょ?
危険がないから呼ぶんですよね?」
確認すると将軍は、ドアーフ以上に豪快に笑い「そうだ」と言った。
「だからって、ひとりで行く気じゃねぇよなぁ」
「もちろん、シルフとキラメラ。あとラノドには乗せてもらわないと……」
「では我が同行しよう」とフィン。
「ワタクシもお供いたします」
「残った方が楽しいよ」そうタワシに言ったけど、軽く鼻を鳴らされてしまった。
「気付かれちまったら、閣下には言うからな」
「出来たら南の待機場所に着いた後にして。なるべく早く帰ってくるから」と
言いながら立ち上がる。
妖精に先回りをしてもらい、キラメラが地上に出る穴を開ける間に、
ラノドの鞍をフィンに乗せ替える。
「ほぉ、案外しっくりくるな」
「でしょ。バーキンのお手製だからね」
乗り込み口のテラスで軽く翼を動かしたフィンは、それだけで浮き上がり
天井出口が近づくタイミングで、一度後方に飛び、一気に舞い上がった。
暗いトンネルから急に明るい所に出たため、目がチカチカする。
フィンを追って飛ぶ妖精は、キラキラ光って虹でもかかりそうな光景だ。
虹の麓には宝物が埋まってるっていうけど、この先にあるものを考えると憂鬱……
「存外、お主は嘘をつくのだな」
「ほとんどの人にはバレてたけどね。
せめてその嘘が少しで済むように善処しましょう」
「夫君の苦労が偲ばれるな」
「それをお互いさまと言える間柄だから、一緒に居られるのよ」
フィンは呆れた表情をしていたけど、地上を見てすぐに引き締める。
「面妖だな……」
上空からは、王都の中心にそびえる城がよく見えた。
いくつもの尖塔がならぶ石造りの城は、歴史を感じさせる作りだが
広場には建物の雰囲気とまるで合わない物体が鎮座していた。
それこそがトラックの荷台に積まれた発射台。
その周りに数えきれないほどの光が集まっている。
確かに枝の先に柘榴の粒が光っているようにも見えなくはない。
思ったより王都近くに出てしまったようで、将軍の部隊は随分後方に居た。
そして大胆にも、南の王都から砂漠に抜ける一本道に陣を敷いていた。
上空からゆっくり降下すると、将軍は大きく手を振った。
「すまんな。だが本当に来るとは思わなんだ」
「例え何もできなくても、自分だけ安全な場所にいるのは性に合いませんし、
私が売った喧嘩ですから」笑って言うと、さっそく本題に入る。
悠長な挨拶をかわす時間はない。
「陣を敷いてから、変化はありましたか?」
「光は徐々に増えておる。
凄まじいエネルギーなのは解るが、一向に向かってくる気配がない。
ヤツに戦う意思はあるのか?」
「あれは意思を持たぬ道具なのです。詳しくは後ほど説明しますが、
早々に無効化せねばなりません」
連れてきたキラメラに、早急にマグマ溜まりを探すようにお願いしていたら
何だか騒がしくなってきた。
見上げると空に大勢のシルフがいて「ずるいのー!」と口々に叫んでいる。
どうやら魔族国でミサイルが飛んでくるのを待っていたものの、
一向に飛んでこないので、痺れを切らして見に来たそうだ。
「だったら魔族国のマグマウォールからマグマを持ってこれる?
ミサイルを固めちゃえば、あとは好きにしていいから。
ただし花火はマグマで完全に包んだ後だよ!」
歓喜の声を上げたシルフは急いで飛び帰り、
マグマのシチューを被ったような、グツグツ煮えたぎるメラを連れてきた。
急ぎ過ぎてこぼしたマグマが街道や森で燃えてるんだけど、妖精はおかまいなし。
蟻軍が慌てて消火作業をしている間に、運ばれたメラは王都の門の前に並ぶ。
「あの位置からか?」
「えぇ、あの場所が良いのです」
次々と運び込まれるメラ達は、手を繋ぐとマグマの壁を作りだす。
というか、魔族国にこんなにメラ居たの?えっ?マグマとお仕事があれば増えるの⁈
熱で息苦しくなってきたので、隊列を下げようと提案したのだけど
「屈強な我が軍は大丈夫」と将軍。
わかりました。ですが私たちは後退します。
そして将軍はお気づきではないようなので、恐れながら忠告をさせていただきます。
「将軍から胡麻が焦げるような香ばしい香りがしておりますよ!」
結局、隊列ごと二百メートル下がりました。
熱で森が燃えないように、延焼対策でシルフに木を伐採してもらっている間にも
マグマの壁は大津波のように立ち上がり、扇状に広がっていく。
メラ達ばかりでなくキラ達も現場に到着し、今までで一番悪い顔で笑っている。
そして波が崩れ、王都全体を飲み込むようにマグマが覆いかぶさると、
そのまま見えないドームに阻まれているかのように広がっていく。
「おい!直接ヤツを攻撃しないのか⁈」
「はい。あれこそが兵器が一向に攻撃してこない理由なのです」
「どういう事だ⁈」
「現在女王国および魔族連合国は南の王都以外の領域を席巻しております。
そして戦争準備の時間稼ぎのために、女神の力で領土内は時間の流れを速めている。
つまり領土外である門から向こうは、こちら側より時間の流れが遅いのです」
「……話には聞いていたが…」
「本来あの兵器は、一発で世界を破壊する程の威力を持つもので、
発射から数十分程度で、連合国に襲い掛かると予想しておりました。
そのため急ぎ避難をしましたが、
正直ここまで時間に阻まれるとは思っておりませんでした」
実際、とんでもない数のミサイルが発射されていて、徐々には進んではいるようだが門の外からでは、砲台の周りにミサイルが多数浮いているようにしか見えない。
近くに避難したジャンの話では音と振動が続いてるって言ってたから、
もしかしたら連射するつもりだったのかもしれないけど
これが全部着弾したら、間違いなく世界は終わり。まさに
「この後あれは、どうなるのだ?」
「有害物質を乗せているのは確実なので、あまり楽観的な事は言いたくないのですがマグマで包み込んで溶かすことが出来れば、鉄屑も同然と踏んでいます」
「貴殿の機転は恐ろしい限りだな」
「こんな非常識な方法は、この世界限定ですよ。それに妖精の力を借りる事が出来たからです。
妖精は昔から側にいて力を貸してくれていた。
なのに人族は、誰かに支えられている日常を当たり前のものだと思い込んで
胡坐をかいてしまったのです」
「まるで見てきたように言うのだな」
「前世でも似たような事はありましたから」
「それで、そこではどうなったのだ?」
「どうなったのでしょうね?私の知っている事など僅かですので……」
……地面が小さく揺れている気がする。
「門の向こうと、こちら側とでは時間の流れが違います。
そしてその狭間を通る時に、何が起こるのかは解りません。
妖精は毒や熱などの影響を受けないので任せていますが、我々は撤退すべきかと思いますよ」
「しかし…ここまできて、手柄の一つも挙げられぬのは釈然とせぬな……」
「実は魔族国にも同じような事を言う者が多数おりまして
このまま暴れもせずに終戦したら暴動が起きそうな雰囲気なのですよ」
「我々には人族に対する長年の鬱積がある。ここで晴らせねば怨恨が残るぞ」
「ですので鬱憤晴らしを企画しているのですが……」
全身から怒りのオーラを噴き上げていた将軍が、はたと振り向いた。
昆虫系の方の表情は解りずらいけど、きっと拍子抜けした顔をしているのだろう。
「将軍はイタズラを仕掛ける側と仕掛けられる側、どちらがお好みですか?」
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