第96話退避命令
人族の兵士を床に叩きつけ、ミシリと骨が潰れる感触を手のひらに感じながら
立ち上がろうとした時、耳をつんざく音がした。
連絡係の蟻兵は、慌てて翻訳機を取り落としそうになっているが
これは撤退命令だ。
だが人族はまだ滝から落ちてきている。
姉ぇさんが叫んでいるが聞こえない。すると腕を掴まれた。
「爺ぃ」
何を言っているかは解らねぇが、引かれた方に一緒に走る。
爺ぃのクセに走りながら話そうとするから
あっという間にヘバってペースダウンする。
「この騒ぎの中じゃ聞こえねぇよ、爺ぃ!」
仕方がないから担ごうとすると、今度は暴れだす。しかもまだ騒いでやがる。
「黙ってねぇと舌噛むぞ!爺ぃ」
爺ぃを担ぎながら走ると、知り合いの爺さん達が、あちこちで行き倒れているのが
見えた。
「いざって時に走れなくなるくれぇなら、ちったぁ酒減らせよ爺ぃども!」
間もなく若いドアーフ達が、レバーを必死に回しているのが見えた。
「ゲートを開けろ!奈落に落ちるぞ!」
サイレンの音から遠ざかり、やっと爺ぃと会話が出来る距離まで離れた。
「わめく元気があるんなら、テメェで走りやがれ!」
叫んだら勢い余って爺ぃが落ちた。
「あっ…」
頭から逆さに落ちた爺ぃは、人を地面にめり込ませた時と同じ音をたてた。
若いドアーフがこちらに来ようとした瞬間、逆さになっていた爺ぃが飛び起きた。
「てんめぇ、何しやがる!」
「はっはっはっ…流石は黒鉄のドゥーリン。お前さんの石頭には誰も勝てねぇよ…」
バーリンをはじめ、爺さん達がやってきて勢いよく笑ったが、
そろってフラフラじゃねぇか。
「急ぎやがれ!じきに天井が落ちるぞ!」
爺ぃに言われて見ると、姉ぇさん達が天井を殴りつけるたびに水の量が増えている。
いくつものロックを外すと徐々に床が下がり空間が現れた。
斜めなった床で近くに居た爺さんが滑って、そのまま溝に挟まってしまった。
「あっ、おい!」
「大丈夫だ。あそこは脱出口だ。あんだけ開けばお前ぇなら通れるだろ。
さっさと逃げやがれ」
「あれじゃぁ、アタシしか通れねぇだろうが!」
爺ぃは舌打ちをした。喋ってる暇があるなら、手を動かしやがれ。
その時、再びけたたましいサイレンが響いた。
「まずい!来るぞ!早く………」
だが床が開くより、天井が落ちる方が早かった。
天井と水と人と…あれは白い蜘蛛?
何だかいろいろ落ちてきて、床がしなって落ちかける。
「嘘だろ?また詰まりやがった!」
爺ぃが血相を変えている。さっきも見たような光景だ。
ただでさえ狭い脱出口に人や瓦礫が詰まってしまい、水まで溜まりだしている。
水量は減ったが相変わらず水は落ちてきていて
「これは溺死か?」と振り仰ぐと、天井にはたくさんのキナコが生えていた。
いや、土の妖精か?でも…
「…………なんかアイツら苦しそうじゃねぇか?」
「ん?なんだ?」
「どーした、キナコ?」
近くにいた者がみんなして天井を見上げると、
突然キナコ達は滝のように液肥を吐きだした。
「えっ!うわぁぁぁ!」
濡れた斜面を滑り落ちて、そのまま落水する。
このままじゃ本当に溺死じゃねぇか!ゾッとした瞬間、急に重さが消えた?
「うわぁぁぁぁぁあ!」
床が割れ、数えきれない叫び声は暗い穴へと吸い込まれていった。
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