第95話ドアーフの性

滝のように落ちる水を見ながら、思ったより兵は少なかったのかと

アトラはガッカリした。

でも生き残りの人数を考えれば、そんなもんじゃねぇかとも思った。


あの日、恐怖を貼り付けていた人々の顔が浮かぶ。

あれじゃぁ戦う事なんて出来ねぇだろう。


人里で聞いた話じゃぁ、

魔族の国は砂漠の真ん中に文明を持たねぇ魔族が住み着いているだけの場所だと

聞いてたけど、あまりに聞いた話とかけ離れていて面食らった。


まさか砂漠の真ん中で、人よりいい暮らしをしてるとは思わねぇじゃねぇか。

人の村じゃぁ奴隷だったってぇのに。


村での奴隷の扱いは思うところがあった。

でも混血がバレれば自分だって同じ目に遭う。そう言われて育ってきた。

解っていたからこそ、胸クソ悪かった。


でもそれだけだ。

誰だって自分が一番だ。

自分を守るために出来る事をするしかねぇ。

みんな必死に生きてんだ。誰かを助ける余裕なんてある訳ねぇじゃねぇか。


アタシは人より力があるし、それを妬まれる事もあった。

『ドアーフなんじゃねぇか?』と言われて

『そうだ!』と言い返せねぇ悔しさで、奥歯が割れた事もあった。


そのたびに母ちゃんに言われた。

「自分を守れねぇ奴は、誰も守れねぇ」って。


助かりてぇなら自分で足掻け。

誰だって自分の為に生きてんだ。


母ちゃんが死んでから、ひとりで生きてくつもりだった。

アタシは人より力があるし、それが出来ると思ってたんだ。



………人の声が聞こえた気がした。

顔を上げるとフェンリルの姉ぇさんが同じ方を見ていた。


来るか?空気が急にヒリつく。

周りにいるのは獣人とトカゲと半魚人。

みんなガタイがデカくて強そうで、単独で人族に負かされる事はなさそうだ。

でも人に紛れて生きてこれたヤツなんて、多分いねぇんだろうな……


規則正しく落ちていた滝が激しく乱れる。

アタシより先に動いたトカゲが、落ちてきた奴を掴んでぶん殴って投げ飛ばす。


投げ落とした先では爺ぃ共が騒いでる。

「荷物運びじゃねぇか!」ってアレ、爺ぃの声だな?さては出遅れやがったな。

思わず笑みが浮かぶ。楽しくなってきやがった。


「次はオレだ!」と宣言して狼獣人が勢いよく突っ込んで行ったが

濡れそぼって別の生き物になって帰ってきた。


これは人を選ぶな…

そう思ってたら、滝の下に入ったトカゲが落ちてきた奴を掴んで投げてよこした。


掴みかかって殴るがトカゲや姉ぇさんみてぇに一撃とはいかない。

結局馬乗りになって、床に頭を叩きつけるのが良さそうだ。


立ち上がると、滝からまとめて人が落ちるところだった。

落ちてきた人をトカゲと半魚人が掴んで投げて、それを姉ぇさんと獣人が殴って投げて、ドアーフが回収。

アタシも負けずに床に叩きつけて投げ飛ばす。


「やるじゃないか。チビのくせに」

「ドアーフ舐めんな!」

でも姉ぇさんは揶揄ったワケじゃない。そういうのは爺ぃ達で慣れた。


それで爺さん達は何やってんだ?

キナコを運ぼうとして泥まみれになってやがる。

「はっ、きったねー」


倒した相手をワザと爺さん達が集まってる所に投げ込むと

大騒ぎした後で口汚く罵って来た。

でも汚ねぇのはナリだけで、中身はそうじゃねぇのは知っている。


人の殴り放題なんて、とんでもねぇ話だが、何だか妙にスッキリする。

人族も嫌な奴ばかりじゃなかったし、アタシだって人族の血の方が濃いんだけどな。

でもこれが楽しいんだからドアーフの血ってぇのは、なかなかに厄介なんだろう。


殴り合って酒飲んで、明日には忘れているような、単純なのが性に合ってる。

コイツらの中にもそういう奴がいるといいなと思いつつ

受け取った相手を床にめり込ませた。




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