第94話地獄の底
<男神軍兵卒の男>
神のご意思の元、我々は出撃したのだ。
悪は倒され、我々の勝利は確定事項。なのに……
「あんなのに人が叶う訳がないじゃないか…」
次々に現れる、山と見紛うような化け物。
「どうして勝てると思ったんだ…」
逃げよう。
幸い、今いる場所は化け物から遠い。
この混乱では、歩兵の数が多少減っても気づかれない。
立ち上がり踵を返す。
走ろうと足に力を込めた途端、沈み込む感覚がした。
次の足を出そうとしたが、それすら叶わず、真っ暗な空間に引き込まれた。
砂と一緒に滑り落ち落とされた先は闇。
明るい所から真っ暗な所に落とされて、何も見えない。
慌てて立ち上がろうとすると、背後から突然声をかけられた。
「どこを見ている。こっちだ」
振り返るよりも早く殴られた。
叩きつけられる感覚で初めて自分が倒れた事に気付いた。
でもそれ以上は闇の中に消えた。何も聞こえなくなった………
<捕虜回収部隊サイド>
「爺ぃ…怪我させるなって言われたろ?」
「できれば、って言われただけじゃねぇか」
その時、また砂の落ちる音がした。
「よしっ、獲物だ!」
「おめぇだって殴る気じゃねぇか」
走るアトラを見送りながら、ドゥリンは呆れていた。
アトラはとんだ跳ねっ返りだ。娘は大人しかったのに……
でも大人しかったら出て行かねぇのか?
岩が落ちるような音がして行ってみると
アトラが騎士の背中に馬乗りになっており、その騎士の頭は床にめり込んでいた。
「あー、怪我させるなって言われたろうが」
「爺ぃも殴ってたろ!」
「人族だぞ!手加減しねぇと死ぬぞ!」
「そうならねぇように兜かぶってんじゃねぇか!」
「ったく、おめぇは誰に似たんだ!」
「死んだ爺ぃに似てるって、かぁちゃんに言われた」
「それは俺じゃねぇよなぁ?」
遠くから
「ドゥリン、おめぇさんだ!」と仲間の声がした。
「俺は死んでねーよ!」
その時、溶岩トンネルの固い床を引っ掻くような音を立てながら、
ワーウルフがやって来た。
「そろそろ地獄の蓋が開くってよー!」
「おぉ、いよいよか……」皆が緊張した面持ちで、配置に下がる。
地下ではちっとも聞こえねぇが、
ここの真上の砂漠では、囮部隊が人族の兵士を引き付けている。
砂漠は一見平坦に見えるが、すり鉢状に傾斜していて
罠に踏み込んだ奴は、流砂に誘導されて落とし穴へと流される。
すり鉢は二重底になっていて、砂の下はデカいロート型になっている。
だからどこにハマってもこのデカいロートに落とされて、決まった場所に落ちてくる
しかもこのロートが急坂で、作ったヤツしか入れねぇらしい。
どんな奴だか見てぇもんだが、シャイなんだと。
なんだそりゃ、解る言葉を使いやがれ。
けったいな話だが、そういう奴の集まりがこの国なんだからしょうがねぇ。
いつもの迷い人なら、そこで捕まって村に戻されるんだが、今回は人数が多い。
一国の軍隊を丸ごと飲み込もうってんだから、正気の沙汰じゃねぇ。
だから砂漠の下に網を敷いた。
素材はかつて神に献上したっていうドアーフ族の傑作のひとつグレイプニルだ。
話には聞いていた。確か爺さんから。
でもそんな古臭ぇ物の作り方なんて、誰も知らねぇって言ったら、
バーリンの爺さんが書き残していたらしい。あの家は代々、マメなんだ。
それでグレイプニルで網を作って砂漠に敷いた。
囮部隊が気を引いているうちに、軍隊蟻が取り囲み
網を持ち上げて、中央に集めて落とし穴に誘導……って魚じゃねぇんだ。
上手くいく訳がねぇって思ってたんだが、どうやら上手くいって落ちてくるらしい。
偉っそうにしてやがるけど、あいつら案外馬鹿なんだな。
魚の罠にはかかんねぇだろ、普通。
そうこうするうちに、騒がしくなってきた。
「どうした?」
「キナコが出口に詰まったんだとよ」
「はぁ?」
落とし穴の真下に向かうと、バーリンが声を張り上げていた。
「キナコぉー、おめぇ小さくなれねぇかぁー。後がつかえてんだよぉー」
「どーしたんだよ」
「キナコが腹が痛ぇって泣いてんだぁ」しかもミミズとこんがらがったらしい。
仕方がないので、みんなしてミミズを引っ張るが出てこない。
「まだ落ちてはこないのか?」
フェンリルの姉ぇさんと、デカい獣人達がやってきた。
「キナコが糞詰まりだとよ」
「………なるほど」
ルーヴは振り返り連絡係のデカい蟻に聞いた。
「ところで上蓋は閉じたのか?」デカい蟻は両手で〇を作る。
「なら天井を落とすしかないな」
「穴ぁデカくしたら、人族まで一緒に落ちてくんじゃねぇかぁ?」
「だから俺らがここに居るんじゃねぇか。なぁ?」
バーリンは慌てているが、ルーヴはニヤリとする。
迷宮を作ったのはドアーフだから、ウチの奴等は別として
それ以外の村の者は、戦闘を希望して村長に直談判した奴までいるらしい。
「でも、どうやって落とすんだぁ?」
人族はあくまで捕虜にするからと、加減の難しいハンマーは回収されちまっている。
「任せておけ」ルーヴが穴の下に立つ。
「離れていろ」と言われたが、もとより暴れる気でここに居る。
ルーヴは力強いモーションで飛び上がると、そのまま天井を殴りつけた。
フェンリルってのはバネの作りが違うんだろうが、
パワーだってハンマー並みじゃねぇか……
ガラス質の溶岩トンネルは大きくヒビが入り、
天井に開けられた穴の周りからは、欠片がパラパラ落ちている。
バーリンが近寄り、ミミズを引きながらキナコに話しかける。
「キナコぉ、大丈ぶっ……」
その瞬間、天井と大量の水が落ちてきて、バーリンが押し流されてしまった。
「お、おい!」慌てて追うと、
少し流されたバーリンは「臭っせぇ」と困った顔で笑った。
振り返ると四つん這いで吐くキナコと、介抱するルーヴ。
こんがらがって暴れるミミズと解こうとする獣人達。
落ちてきた水と一緒に流れてくる、甲冑を着た人族。
網に引っかかってる奴までいるじゃねぇか!
「なんだこりゃぁ⁇」
暴れられるかと思ったら、これじゃあ打ち上がった魚の回収じゃねぇか!
こんな事なら無理にでも、ガルムルについて行くんだった……
困り果てるバーリンにボヤきながら、捕虜を運ぶ荷車を取りに走った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます